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目標は社長自身をもかえる:目標の不思議な力

昭和46年、低迷する業績に苦しむU工業との出会いは、一人の経営者とその会社の大きな変革の始まりでした。

場当たり的な経営方針や模索状態に陥る中で、私はU社長に経営計画の重要性を直言し、無謀とも思える「経常利益1億円」という目標を掲げるよう促しました。

この挑戦は、単なる数字の達成にとどまらず、経営者自身の変化と会社全体の意識改革を促すきっかけとなったのです。

目次

迷走する経営

業績は芳しくなく、数年間続けて低迷した状態が続いていた。

経営に熱心なU社長は、新技術や新商品の開発に次々と取り組んだものの、いずれも目立った成果を上げることはできなかった。

また、販売方法についても工夫を重ねていた。従来の問屋を通じた間接販売では不十分だと判断し、小売店への直接販売にも挑戦したが、これも思うような成果には至らず、結局、再び間接販売に戻ることとなった。

社長の話を聞いていて私が強く感じたのは、経営に一貫した方針が見られず、全てが場当たり的で手探りの状態にあるということだった。

その迷いや焦りが、言葉や態度からもはっきりと伝わってきた。

目標設定の必要性と経営者の覚悟

そこで私は、思い切って社長に直言した。

事業経営とは、社長自身が明確な方針と目標を持たなければ成り立たないものです。今、社長に必要なのは、自らの事業を冷静に分析し、会社の進むべき方向をしっかりと定めることです。それを実行すれば、必ず新しい道が開けるはずです。

その言葉には、会社が抱える状況を打破するための覚悟を促したいという思いが込められていた。

私の言葉に、社長は何か心当たりがあったようだった。それは、直言の前に私が投げかけた「経営計画はありますか?」という質問が影響していたのかもしれない。

そして社長は早速、「経営計画を立てたい」と決意を口にした。

こうして、私たちは経営計画の策定に取り組むこととなった。この一歩が、会社の方向性を明確にし、将来への基盤を築くきっかけとなるはずだった。

まず手をつけたのは、昭和47年度の利益計画だった。その場で、U社長はいきなり「経常利益の目標を1億円に設定したい」と言い出したのである。これには驚かざるを得なかった。

なぜなら、これまでの実績を見ても、最高で経常利益が500万円を超えたことは一度もなく、ここ数年は赤字を回避できる程度の業績が続いていたからだ。

それにもかかわらず、1億円という目標は、まさに無謀ともいえる大胆なものだった。

もちろん、いきなりそんな大目標を達成できるはずがない。しかし、社長は本気で真剣だった。その姿勢を目の当たりにし、私は批判することを控えることにした。

むしろ、この大きな目標がどのように現実に近づけられるかを考え、支援する方が建設的だと感じたからである。

無論、いきなりそんなことが実現できるはずがない。しかし、社長の表情や言葉からは真剣さがひしひしと伝わってきた。

私は、その意気込みを批判するのは得策ではないと判断した。むしろ、この大きな目標をどう現実的な形に落とし込んでいくかを一緒に考えるべきだと思ったのである。

燃え上がるような社長の意欲に水をかけて冷やすよりも、その情熱をうまく誘導する方がはるかに効果的だと感じた。そこで私は、次のように切り出した。

「社長、一億円の経常利益を達成することが、どれほど困難な挑戦かは、これまでの経験から十分お分かりだと思います。その困難にあえて挑むからには、社長としての不退転の決意があるはずです。そして、その決意がある以上、どんな苦しい状況にも耐え抜く覚悟が必要です。私も遠慮は一切抜きに、全力でお手伝いします。その代わり、ハッパをかけることになりますが、それを覚悟してください。」

社長の熱意を尊重しながら、同時に冷静な覚悟を促す言葉を投げかけたのだった。

挑戦がもたらした変化と成果

私も必死だった。あるとき、社長があまりにも要領を得ないことを言い出したため、思わず心の中で沸き立つ怒りを抑えきれず、「こんな社長の相手なんて、馬鹿らしくてやっていられない!今日限りで縁を切らせてもらいます!」と声を荒げ、机上の書類をパタンと閉じて立ち上がった。

そのまま帰ろうとする私を、慌てたU社長が引き留め、私の提案を受け入れることを約束したことで、なんとか席に戻った。

そのとき私が主張したのは、経営の混乱を防ぎ、計画を実現するための具体的な方針を打ち立て、すぐに実行に移すということだった。

感情の爆発ではあったが、この出来事がきっかけで、社長と私の間に少しずつ信頼と協力の土台が築かれていった。

社長、まずは外に出て、市場や顧客が何を求めているのか、自分の目でしっかり確かめてきてください。」私が主張したのは、この一点だった。

こんな当たり前のことがきっかけで、大喧嘩のような騒ぎになったのだから、当時の状況がいかに緊迫していたかを物語っている。

もっとも、こうした話はU社長だけに限ったことではない。私がこれまで関わってきた多くの経営者も、なぜか外に出ることを嫌がる傾向があった。

「社長」という立場がそうさせるのか、それとも、内側から見た数字や報告だけで全てを把握できると思い込んでいるのか、理由は分からないが、私はいつも不思議に感じていた。

市場の声に耳を傾けることこそが、経営の第一歩だというのに。

高い目標が経営者を変える力

U社長は、自ら掲げた経常利益目標を達成するため、私の勧告に耳を傾け、必死に取り組んだ。その熱意と努力には、見ていて頭が下がる思いがした。

しかし、結果はというと……経常利益はわずか3,000万円。目標に対して達成率はたったの30%にとどまった。

この数字だけを見れば大きく目標を下回ったように思えるが、それでも、これまでの実績を考えれば大きな前進だったのも事実だ。

何より、目標に向かって全力で挑む姿勢が社内に広まりつつあることが、今後の大きな可能性を感じさせた。

「常識」に従って立てた目標は企業のキャップをはめることになる

しかしながら、達成した3,000万円という絶対額は、U社の歴史上かつてない、飛び抜けた超高額だった。これまでの常識的な経常利益目標といえば、高く見積もってもせいぜい1,000万円が限界だっただろう。

もし今回もその「常識」に従って目標を設定していたなら、1,000万円すら達成できなかったに違いない。

その理由は明確だ。目標が1,000万円であれば、その範囲内でしか努力が行われなかっただろう。しかし、今回は一億円という大胆な目標が掲げられたことで、社長の気構えが根本から変わり、私も容赦なく猛烈なハッパをかけた。その結果として、これまでの限界をはるかに超えた成果が得られたのだ。ここに、挑戦することの意義と目標の設定が持つ力の本質がある。

達成率ではなく絶対額

大切なのは「達成率」ではなく、達成された「絶対額」だ。

この点を見落としてしまい、多くの人や企業がいわゆる「達成率病」に陥っている。達成率を良く見せることにこだわるあまり、目標と実績の乖離が生じると、実績に合わせて目標を引き下げるという本末転倒な行動を取ってしまう。

この誤りは単なる計画の問題ではなく、挑戦の姿勢そのものを損なう重大な欠陥だ。

しかし、そのことに気づかないまま、「達成率」を至上の評価基準としている現状が、いかに多くの成長の機会を失わせているかを考えると、もどかしさを禁じ得ない。

目標は高く掲げ、それに挑戦する過程こそが、組織や個人を成長させる本質なのだ。

実績に合わせて目標を修正したところで、実績そのものの絶対額は何も変わらない。ただ達成率がよく見えるだけの話だ。それにもかかわらず、達成率が高いことに安心し、自分を正当化している人がいる。

こういう人は、挑戦することの本質を見失っているのだろう。

もっとも、そんな人はストレスも少なく、長生きするかもしれない。しかし、長生きしても成長や進歩のない人生を送るだけでは、果たしてそれが本当に幸せなのだろうか。

挑戦しない安全な道を選ぶことは簡単だが、その先に得られるものが何かを考えたとき、達成率に一喜一憂するだけの姿勢がいかに空虚であるかを改めて感じる。

外部環境の試練と新たな可能性

話をU社に戻そう。昭和48年度のU社の経常利益目標は、前年度の経験を踏まえてやや控えめな8,000万円に設定された。

しかし、驚くべきことに、この目標が見事に達成されたのだ。これは、前年度に必死で講じた施策が徐々に効果を現し始めた結果である。

二年連続での大きな飛躍は、U社にとって大きな自信となった。

大胆な挑戦を掲げた前年度の取り組みが、次の成果につながる基盤を築いていたことは明らかであり、これが会社の成長の連鎖を生むきっかけとなったのである。

大胆な目標を立て、その目標を達成するために動くと、その効果がじわじわと成果を表すようになる。

U社の体質は、まるで別の会社のように変わってしまった。昭和47年の目標は、もはや「高い」と言うよりも、「無謀」とすら言えるものだった。

しかし、この挑戦が社長自身の考え方を根本から変えたのだ。それが、会社全体の意識と行動に波及した。目標は無謀でいい。

ここにこそ、目標が持つ不思議な力がある。目標は単なる数値や指針ではなく、人間を意欲的にし、挑戦の原動力を生み出す力を秘めているのだ。

たとえその目標が実現不可能に見えるものであっても、それに向かって全力で挑む過程が、個人や組織の成長を促し、新たな可能性を切り開く鍵となるのである。

昭和49年度の経常利益目標は、なんと2億円余りという、これまた常識外れの大胆なものだった。しかし、いくら会社の体質が変わったとはいえ、外部の客観的な情勢には抗えない。

石油ショックによる深刻な不況の影響を受け、業績は目標をはるかに下回る結果となった。

それでも、6,000万円の経常利益を確保したのは大きな成果である。達成率こそ低かったが、この年もU社長は意欲を衰えさせるどころか、ますます挑戦心を燃やし、次々と革新策を打ち出していった。

その中心にあったのは、新商品の開発だ。この革新策は、短期的には目立った効果を発揮しなかったものの、将来のU社の業績を飛躍的に向上させる礎となる可能性を秘めていた。

困難な時期にも挑戦を続ける姿勢が、次の成長の種を撒いていたのである。

目標の力

このように、目標というものは、社長その人を大きく変えてしまう力を持っている。U社の例がその象徴的な一例だが、他にも同様のケースが存在する。

目標の設定とそれに向かう挑戦が、どのように経営者や組織に影響を及ぼすかをさらに深く理解していただけるだろう。

くどいようだが、目標というものには本当に不思議な力がある。

特に経営計画においては、単に目標を掲げるだけではなく、その目標をいかにして達成するかを徹底的に考え抜かなければならない仕組みになっている。

だからこそ、目標が持つ力が一層際立つのだ。

ただの数値やスローガンにとどまらず、目標が現実的な行動計画や具体的な戦略へと転換されるプロセスこそが、人を動かし、組織を変革し、結果として成功へとつなげる。

目標の設定とその達成に向けた仕組み作りは、経営の根幹とも言える。これこそが、目標の持つ力の本質だ。

目標を設定せず、「どうなるか分からないから」と現状に流されていると、社長自身が将来に対して漠然とした不安を抱えることになる。

その結果、いざ重要な局面に直面したときに、どう判断し、どのように行動すべきかが分からず、迷いが生じてしまうのだ。

目標がない状態では、会社全体の方向性が曖昧になり、意思決定もぶれがちになる。目標とは、たとえそれが現時点では達成が困難に見えるものであっても、未来に向けた羅針盤であり、困難な状況でも進むべき道筋を示す力を持つ。それを持たないままでは、不安と迷いが増幅するばかりである。

しかし、一度目標が設定されると、それまでの漠然とした不安や迷いは消え去る。その代わりに、これまで気づかなかった事態の重大さが、驚くほど鮮明に浮かび上がってくる。

目標があることで、自分たちが直面している課題や不足しているものが具体的な形を取り始めるのだ。

同時に、「何をどう進めるべきか」「どこに最も大きな困難が潜んでいるのか」といったことも明確になる。目標とは、ただの理想や願望ではなく、具体的な行動を導く指針となり、問題を直視させる力を持っている。それゆえに、人や組織を成長へと導く大きな原動力となるのである。

その結果、危機感が一層強まり、自然と闘志が湧き上がる。「やらなければならない。絶対にやり抜くぞ」という強い決意が生まれるのだ。そうなると、もはや漠然とした不安や迷いにとらわれて、「困った、どうしよう」などと言っている暇などなくなる。社長の頭はフル回転し、次々とアイデアや解決策を模索し始める。

これこそが、目標が社長の考え方と行動を劇的に変える力の本質である。そして、このような変化は、経営計画に真剣に取り組んだ社長に例外なく起こるものである。計画を掲げ、それに挑むというプロセスそのものが、社長自身を成長させ、企業を前進させる大きな原動力となるのだ。

「我が社の事業」を常に前向きに

Z社長は、緻密な頭脳と几帳面な性格の持ち主であり、自社の数字には常に細かく目を通していた。事態を正確に把握し、徹底的に分析することを怠ることは一切なかった。その姿勢には真摯さと努力が感じられた。

しかし、そうした懸命な取り組みにもかかわらず、業績は期待するような形で表れてこなかった。何かが明らかに欠けている。

しかし、その「何か」が何なのかが分からず、Z社長は悩み続けていた。努力が報われない状況に直面した彼の姿には、課題の本質にたどり着けないもどかしさがにじみ出ていた。

ある時、Z社長は私のセミナーに参加し、何か感じるところがあったのだろう。その後、私に協力を依頼してきた。私はその申し出を快く受け入れることにした。

すると間を置くことなく、Z社の財務資料を常務に託して私の自宅まで届けてきた。その行動の早さには感心させられた。そして、その資料を拝見した私は、常務に対して率直にこう述べた。

「前向きの数字が全くありませんね。」

その一言には、会社の現状に対する私の第一印象と、課題の根本を指摘した意図が込められていた。資料には、守りの姿勢ばかりが目立ち、成長や挑戦を示す兆しが欠けていたのである。

私の感想が常務を通じてZ社長の耳に届いたとき、彼は全く虚を突かれたように感じたと、後に私に述懐した。これまでの自分の考えや取り組みの盲点を突かれたような思いだったのだろう。

その後、Z社長に対する私の経営計画作成のサポートは、予想以上にスムーズに進んだ。彼の理解力は非常に高く、数字や計画についての複雑なくどくどした説明は全く必要なかった。

要点を一口で説明すれば即座に理解し、逆に不明点があれば鋭い質問を返してきた。どの質問もポイントを押さえており、その姿勢からZ社長の真剣さと頭の回転の速さが伝わってきた。

こうしたやりとりは、サポートを進める上で非常にやりやすく、信頼関係をさらに深めるものとなった。

私の設問や勧告にも、Z社長は素早く反応した。その対応の早さと積極性には感心させられるものがあった。そして、やり取りを重ねていく中で、Z社の体質や強み、弱みといった会社の本質が徐々に明確に浮かび上がってきた。

これに伴い、Z社長の態度も大きく変わっていった。最初は迷いや悩みが見え隠れしていたが、次第に自信と明確な方向性を持つようになり、その姿勢にはリーダーシップの進化を感じさせるものがあった。

会社を変えるための第一歩は、まず経営者自身が変わることだという原則を、Z社長の変化が如実に示していた。

Z社にお伺いする際、いつも社長の自宅に泊めていただき、夜遅くまで社長と様々な話をすることになった。Z社長は、「一倉さんをホテルに泊めるのはもったいない。私の家に泊まっていただければ、夜遅くまで話ができる。同じ報酬ならば、こうしなければウソだ」とおっしゃっていた。正直なところ、かなりガメツイ社長だが、その姿勢に私はとても魅力を感じた。

物事を損得で考え、全力で取り組む姿勢が、何よりも実直であり、信念を感じさせるからだ。こうした社長の本音や覚悟に触れることで、私もより一層やりがいを感じ、仕事に対する意欲が湧いてくる。

確かに彼の言うことには一理あり、仕事をより深く、濃密に進めていこうという姿勢が伝わってくるのだ。

経営計画の実施により、「我が社の事業」を常に前向きに捉えるようになった結果、細かいことに気を取られる時間がなくなった。

Z社長自身も自覚している変化がいくつかある。その一つが、以前は大の釣り好きで毎週日曜日には必ず釣りに出かけていたものの、最近ではすっかり釣りをやめてしまったことだ。

さらに、自宅の居間に飾ってあった魚拓も片付けてしまったという。Y社の社長であるF氏はこう語る。「経営計画の樹立は、実に大変なことだった。」

経営計画が進行すると、それを達成するために非常に忙しくなる。以前は、事業が思うように進まず、焦りや悩みから夜ごと酒を飲みに街へ出ていた。

しかし、最近は仕事が忙しすぎて飲みに出る時間もない。その結果、まるで品行方正な生活を送っている。おかげで妻や娘からの評価が急上昇し、娘には「パパ、最近悪友たちはどうしているの?」と冷やかされるほどだ。そのおかげで家庭は円満となり、会社の業績も急上昇している。

まとめ

目標の設定とそれに向けた挑戦が、経営者や組織に与える影響は計り知れない。たとえ高すぎる目標であっても、その挑戦が人や組織をどのように変え、未来を切り開くかを示している。

特に経営計画は、単なる数字ではなく、進むべき方向を明確にし、全員が一丸となって取り組む原動力となる。

この経験から得た教訓は、目標の高さが成長の可能性を大きく広げるということ。挑戦することの本質を忘れずに進む姿勢こそが、企業の未来を切り拓く鍵となる。

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