一、原文の引用と現代語訳(逐語)
原文(抄)
奉公人に疵の付く事一つあり。富貴になりたがる事なり。逼迫にさへあれば疵は付かぬなり。
また何某は利口者なるが、人の仕事の非が目にかかる生付なり。この位にては立ちかぬるものなり。
世間は非だらけと、始めに思ひこまねば、多分顔付が悪しくして人が請取らぬものなり。
人が請取らねば、如何様のよき人にても、本義にあらず。これも一つの疵と覚えたるがよし。
現代語訳(逐語)
奉公人(仕える者・働く者)が失敗する原因のひとつは、「富や地位を得たい」と望む心にある。
逆に、貧しさに甘んじる気持ちがあれば、失敗にはならない。
また、賢く見える人でも、他人の仕事の欠点ばかりに目がいく性質の者は、うまくやっていけない。
初めから「世間は欠点だらけ」と思って取り組めば、かえってうまくいくものだ。
完璧を求めすぎれば、表情が険しくなり、人はその人を避ける。
人に避けられれば、どんなに立派でも、奉公人として本分を果たせない。
これもまた、失敗の一因と心得よ。
二、用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
奉公人 | 主に仕える者。現代では「会社員」や「組織人」と読み替えられる。 |
疵(きず) | 欠点、傷、過ち。人格的な瑕疵を指す。 |
富貴 | 富や名誉、高い地位のこと。 |
請取らぬ | 相手にされない、信頼されないという意味。 |
三、全体の現代語訳(まとめ)
仕事で失敗する最大の原因は、「見返りを求める心」にある。
人より抜きん出よう、金持ちになろう、有名になろうとする気持ちが、心の隙になる。
また、人の粗ばかりが気になる性格も失敗を招く。
世の中は完璧でないと受け入れ、柔らかく構えることで、人は自然と周囲から受け入れられる。
大切なのは、人に好かれ、信頼され、役に立つことである。それを忘れてはならない。
四、解釈と現代的意義
この章句は、老荘思想に通じる「無為自然」や「無私」の姿勢をベースにしています。
常朝が言う「捨ててかかれ」とは、無欲であれ、完全を求めすぎるなというメッセージです。
背景にある思想
- 当時の武士社会でも、出世競争や建前に走る風潮が広まり、信義や本分がないがしろにされていた。
- その風潮に対し、常朝は「初めから期待しなければ、落胆も焦りもない」と説く。
- 他人の粗探しをする前に、まず己を正し、受け入れられる人間であれという戒めでもある。
五、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)
項目 | 解釈・適用例 |
---|---|
キャリア志向 | 昇進や報酬にとらわれすぎると、本来の役割を見失いやすい。「今ここ」で何が求められているかに集中せよ。 |
チームワーク | 他人のミスを指摘するばかりでは孤立する。「良いところを認める」「欠点もある前提で関わる」姿勢が大事。 |
顧客対応 | 完璧なサービスを求めるよりも、柔軟さや共感力をもって接する方が信頼される。 |
リーダーシップ | 「完璧主義者」は部下から恐れられやすい。あえて余白を持つことで、人がついてくる。 |
六、補足:「無」から始めるという戦略
この章句が伝えるのは、ある意味での「心理的ミニマリズム」です。
最初から完璧も成功も富も求めない。失敗してもいい。
そんなスタンスでいることで、むしろ自由に力を発揮でき、信頼も得られるのです。
老子の言葉を借りれば、「無を以って有を為す(無であることが、有を生む)」という逆説に通じます。
七、まとめ:この章句が伝える心得
「成功とは、何も望まずにただ人に尽くすことから生まれる。」
欠点に満ちた世間と、完璧ではない自分自身を受け入れる。
見返りを求めず、評価に執着せず、ただ誠実に生きる。
それが人に信頼され、長く愛される奉公人=働く人の道である。
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