S社で長期事業構想書を作成した際のことだ。当時、サポートを始めてからすでに2年ほどが経過しており、事業は短期的には順調に進んでいた。その状況を踏まえ、社長は次なるステップとして長期的な構想に着手する決断を下した。それは、5年を見据えた計画だった。
計画を進める中で、S社の主要事業が3年後には成長が頭打ちになる可能性が浮上した。対象となる市場が繊維業界である以上、それは避けがたい現実だった。社長自身も薄々その兆候を感じ取っていたが、具体的な数値を当てはめたことで、その懸念が明確になったのだ。
頭打ちがもたらす当然の結果として、収益の不足が避けられない状況が見えてきた。さらに、その不足分を補う具体的な策も見つかっていない。社長は落ち着かない様子で貧乏ゆすりを始めた。「何か気になりますか」と尋ねると、社長は「この数字を見ていると、一刻もじっとしていられない。今すぐにでも外に出て、新しい事業の種を探しに行きたい気分だ」と答えた。
これが社長というものだ。こんな心情は社員には決して理解できないだろう。「社長、とにかく落ち着いてください。今日はじっくりこの数字を見つめて、明日からの作戦を考えましょう」と提案してみたものの、内心では社長の気持ちが痛いほどわかる。S社長はしみじみと、「長期事業構想というのは、こんなにも重要なものなのか」と感慨深げに口にした。
T社で長期事業構想書を作成した際も、期間はやはり5年だった。しかし、第一年目からすでに収益の不足が明らかになり、その穴を新事業で埋める必要が出てきた。しかも、その不足分は年々急速に拡大し、5年後には売上高の20%にも達する深刻な規模にまで膨らんでしまった。
T社長はこの数字を目の当たりにして思わず唸った。それまで過去の数字にしか目を向けていなかったが、短期経営計画を通じて将来の数字を見据える重要性に気づき、大きく意識が変わったのだ。この転換が、社長自身の考え方や経営スタンスに新たな視点をもたらした。
さらに長期的な数字に目を向けたことで、自社の将来にどのような課題が待ち受けているのかが具体的に見えてきた。不足する売上は、社長が頭の中で漠然と想像していた規模をはるかに上回るものだった。この現実に直面したことで、事業の方向性を改めて見直す必要性が明白になったのだ。
社長は私の提案を受け入れ、早速開発部門の強化に取り組んだ。この部門は、社長自身の強い関心と的確な指導のもと、派手さはないものの、確実に会社の成果に結びつく成果を生み出し始めた。地道な取り組みが徐々に実を結び、会社の未来を支える重要な役割を担うようになった。
長期事業構想とは、現状のまま事業が進んだ場合に、会社がどのような未来を迎えるのかを示し、その結果として、いつ、どれだけの収益不足が発生するのかを明確に知らせてくれるものである。
その不足の主な原因は、鈍化してきたとはいえ増え続ける人件費や経費であることは明白だ。この不足がいつ発生し、どの程度の規模になるのか、さらにその推移を正確に把握することこそが、経営者としての最重要課題だ。これを見極める力が、会社の将来を左右する鍵となる。
もちろん、情勢の変化がある以上、予測した数字がそのまま現実になるわけではない。しかし、だからといって完全にかけ離れた結果が出るわけでもない。大きなズレが生じることがあったとしても、そのズレを分析することで情勢の変化をより正確に読み取るためのヒントが得られる。これについては、「経営計画・資金運用」篇でも触れた通りだ。
だからこそ、たとえ数字が実際と異なる可能性があっても、長期構想書を作成することは不可欠だ。その上で、新たな情勢に合わせて随時書き換えを行い、常に現在から見た将来の会社の姿を注視し続ける必要がある。これが、経営の舵取りを誤らないための基本となる。
新事業が軌道に乗り、会社の収益の柱として機能するようになるまでには、少なくとも3年の時間が必要だと考えるべきだ。つまり、3年後の成果を目指すのであれば、その準備を今日から始めなければ間に合わないということを意味している。時間を先取りして動くことが、経営における先見性と行動力の鍵となる。
私が会社をサポートし、まず短期経営計画を社長と共に作り上げると、たいていの場合、大きな収益不足が浮かび上がる。そして、その不足を売上高に換算すると、その規模に多くの社長が驚愕する。これは、社長がいかに自社の将来、たった1年後のことでさえ正確に把握していないかを物語っている。未来を直視しないまま日常業務に追われている現実が、この反応に表れているのだ。
もし3年前に、完璧ではなくとも中期計画を立てていたならば、そしてその時点で将来に向けた対策を講じていたなら、恐らくこんな収益不足は生じなかったはずだ。土壇場で慌てて動いても、間に合うことはほとんどない。準備の遅れは取り返しのつかない結果を招くことを、経営者は肝に銘じるべきだ。
前向きに考え、前向きに行動する。それが社長の本質的な役割だ。社長とは、企業の将来を見据え、そのための手を打つ責任を負う存在である。そして、それは社長自身が取り組まなければならないことであり、他の誰も代わりにやってはくれない。未来を切り拓くのは、結局のところ社長自身の意志と行動にかかっている。
将来を見据えた新事業の必要性とタイミングを捉えるために
企業が継続的な成長を維持するためには、将来の市場や事業環境の変化を的確に予測し、それに基づいて新事業を計画することが重要です。ここでは、S社やT社の事例を通じて、長期事業構想とその意義について考察します。
未来の予測による新事業の重要性
S社では、事業が順調に見える中でも、5年後の収益構造を見据えた長期事業構想書の作成に取り組みました。その結果、3年後には主力事業が収益面で頭打ちになることが予測され、現行の事業では成長が停滞する懸念が浮き彫りになりました。この予測がS社の社長に緊急性を意識させ、新たな収益源を探し始める契機となりました。
未来予測を行うことで、今後の市場における自社の立ち位置や収益不足の可能性を事前に認識することが可能となります。この認識がなければ、事業の持続的な成長が困難となり、競合に後れを取るリスクが高まるでしょう。
新事業の準備は早めに着手すべき
新事業を開始し収益の柱として確立するまでには、通常3年程度かかります。つまり、今見えている収益不足を解消するためには、少なくとも3年後に成果を出すための準備を今日から始める必要があります。長期計画があることで、どのタイミングで新規事業を導入すべきかが見えてきます。
T社の事例:未来を見据えた開発部門の強化
T社では、5年間の収益計画を立てた結果、初年度から収益不足が生じることが判明し、早急に新事業の必要性が示されました。この不足分は年々拡大し、5年後には売上の20%にも達する規模と予測されました。この数値を見たT社の社長は、すぐに開発部門を強化し、新たな製品やサービスの準備を進めました。ここでの教訓は、未来のリスクを具体的に予測することで、即座に行動へと移す経営判断が可能になる点です。
長期事業構想の意義
長期事業構想は、ただ未来を予測するだけでなく、その不足やリスクを事前に把握し、適切な時期に新事業を展開するための指針となります。市場の変化や人件費の上昇、経費の増加など、避けられない要因が多い中で、このような構想は経営者が必要な一手を打つための羅針盤となるのです。
長期計画を社長自らが構築する意味
長期構想の作成は、社長の視点で行われるべきです。未来の収益の不足を埋めるための新事業の構想や、既存事業の見直しは、企業の命運を握る大切な業務であり、経営者以外には担えない役割です。将来を見据え、適切なタイミングで新たな戦略を打ち出すことで、企業の継続的な成長が実現できるのです。
まとめ
企業の将来を見据えた新事業の必要性とタイミングを的確に捉えるためには、長期的な事業構想の策定が不可欠です。長期計画に基づく新事業の準備は、早ければ早いほど収益面のリスクを回避し、持続的な成長の基盤を築くことが可能となります。未来の不確実性に備えるための前向きな計画と行動が、企業の未来を支える強固な土台となるのです。
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