「社員が残業している時、いつも社長室に明かりが灯っている。」 これは、ある社長を称える記事に記された一文だ。しかし、こうした姿勢が本当に名経営者の条件と言えるのだろうか。確かに、社長の人間味や美徳が感じられる一面ではある。
しかし、こうした社長に対しては、あえて苦言を呈さざるを得ない。社員ばかりに目を向けていると、順調な時はそれでも事足りるかもしれないが、一旦状況が変化すると、その変化を迅速に捉え、適切に対応する力が鈍る危険性がある。その結果、会社全体を危機的な状況に追い込むリスクが高まるのだ。
社長という職業は、日々精を出し、社員に的確な指導を行い、さらに感動を与えるような配慮を示すだけで務まるほど甘いものではない。
移り変わりの激しい情勢の中で、熾烈な競争に打ち勝ちながら、会社を存続させ、さらに発展させるためには、社長は全力を尽くさなければならない。その役割とは、会社の未来を正しい方向へ導く道筋を決定することに他ならない。
社長が社員ばかりに目を向けていては、将来の方向を決めることなど到底できるはずがない。会社の未来を正しい方向へ導くには、客観的な情勢の変化を見極めることが不可欠だからだ。
会社の正しい方向を決定する難しさは、まさに言葉では言い尽くせないほどだ。どれだけ時間があっても足りないという状況にもかかわらず、実際には限られたわずかな時間で判断を下さなければならない。そして、その判断の拠り所となる情報は、たいてい不完全であることがほとんどだ。
そんな状況下でも、事態を判断し、決断を下す責任を負うのが社長という存在だ。社員の心情を思いやりたい気持ちがあったとしても、実際にはそれに時間を割く余裕などあるはずがない。
心の中で社員に対して申し訳なさを抱えつつも、それを一時的に無視しなければならない場面もある。それは、本当に社員の幸福を実現するためには、会社の将来の発展を最優先に考えることが社長の使命だからだ。
常に社員の目先の立場や状況ばかりを考える社長は、人間としては立派であるかもしれない。しかし、そうした姿勢は社長としての最も重要な役割を見失っていると言わざるを得ない。
ある大企業の社長は、「人間尊重の経営」を掲げ、全力で経営に取り組んだ。しかし、業績は改善するどころか徐々に低下し、最終的には自らの限界を悟って退陣を決断するに至った。その潔い退陣の姿勢は、まさに立派であり、経営者としての責任を全うしたものといえる。
後を継いだ若い社長は、まさに死にもの狂いで経営に臨んでいる。その結果、業績は着実に向上しつつあるという。その社長は、自社の部長とさえゆっくり話す時間もほとんどない状況にあるようだ。彼こそ、私が尊敬する名社長の一人である。
これこそが、真の社長のあるべき姿である。社長とは何を成すべき存在なのかを深く理解し、その使命に心血を注いだ結果、自社の内部に目を向けたくても、その余裕さえ持てなくなるのだ。
それはまさに、台風の真っ只中で荒れ狂う波に翻弄される船のブリッジに立ち、船の安全を守るために全力を尽くす船長の姿に似ている。
その船長の指令は、風や波の状況を的確に見極めた上で発せられるものだ。そんな船長が、各部署で懸命に働く船員たちに声をかけるためにブリッジを離れる余裕などあるはずがない。
それどころか、疲労困憊している船員たちに対しても、心を鬼にして叱咤激励しなければならない場面すらある。それこそが、船の安全を最優先に考えなければならない船長の使命というものだ。
社長の視線は常に外部に向けられ、その変化の兆しや方向性を的確に捉え、自社の進むべき道を正しく導き出さなければならない。「部下にできるだけ仕事を任せなさい」という主張は一見もっともらしく聞こえるが、実際には曖昧さが伴い、多くの混乱を引き起こしているのが現実だ。
この主張が意味するところは、「部下にやる気を起こさせ、思う存分その能力を発揮させるため」ということだ。確かに、仕事を任せることにはそのような重要な効用があるのは間違いない。しかし、それはあくまで副次的な効果であり、最終的な目的ではない。
さらに、「仕事を任せる」という際の「仕事」の定義が曖昧であるため、社長自身が責任を持って行うべき仕事まで部下に任せてしまうという誤りを、多くの社長が犯しているのが現状だ。
社長が自ら行い、決して部下に任せてはならない仕事が三つある。一つ目は、自社の将来の方向性を決定し、それを明確な経営計画として文書化することだ。二つ目は、その経営計画を実現するための基盤となる「人事」に関する決定である。そして三つ目が、経営計画と実際の業績を継続的にチェックし、必要な修正を加えることである。これらは、社長としての責務の中核を成すものであり、他者に委ねることは許されない。
つまり、社長の仕事とは何度も繰り返しているように、会社の未来を築くことであり、そのために全力を尽くすべきだ。そして、その極めて困難な使命を果たすために必要な時間こそ、社長にとって最も貴重な資源なのである。
その貴重な時間を確保するためには、社長は「今日の仕事」を部下に委ねる必要がある。これこそが正しい考え方だ。日々の業務を部下に任せることで、社長は未来を築くための時間とエネルギーを集中して確保できるのだ。
しかし、現実問題として、社長が「今日の仕事」をまったく手を付けないわけにはいかないのも事実だ。これは、やむを得ず手掛けるものであり、社長としての本来の役割からすれば、それほど重要ではない仕事に過ぎない。
だからこそ、そうした仕事は最小限にとどめるよう、自ら努めて心掛ける必要がある。そして、確保した時間の大部分を、自社の将来の方向性を決定するための活動に充てなければならない。それが、社長の本質的な役割を果たすための正しい時間の使い方である。
社長は、自らの意志と責任において、自社が将来どのような事業を展開するのか、その事業の規模をどの程度に設定するのか、さらには社員の処遇を将来的にどのようにしていくのかを明確に決定しなければならない。それこそが、社長に課された最も重要な使命である。
この決定こそが、会社の将来を左右する運命の分かれ道となる。優れた決定は会社を繁栄に導き、誤った決定は破綻への道を開く。どんな時であれ、会社を繁栄させることこそ、社長が果たすべき最大の社会的責任であり、それによって社員の生活を安定させ、さらに向上させることができる。そして、この安定と向上こそが、最も良好な人間関係を築くための揺るぎない基盤となるのだ。
この章では、「社長とは何をする人か」という問いに対し、社長が担うべき本質的な役割が示されています。以下の点が要旨となります。
- 社長の役割は「会社の将来の方向を決めること」
社長は、日々の業務に奔走するだけでなく、会社の長期的な方向性を決め、経営計画を立て、それに基づいて組織を運営する責任があります。この決定こそが、会社の存続と繁栄を左右し、社員の生活や会社の発展にも直接影響を与えるため、極めて重要なものです。 - 客観情勢の変化に対応する重要性
経営環境は絶えず変化しており、社長は外部環境を把握し、それに対応する準備を怠らない必要があります。社員に寄り添うことは素晴らしいが、過度に内部に目を向けていると外部情勢に疎くなり、会社の未来を見失う危険性があると警告しています。 - 社長が自ら行うべき二つの仕事
社長が自ら行うべき最も重要な仕事は、会社の将来の方向を決めることと、会社の根幹を支える人事です。日々の業務は部下に任せるべきであり、社長自身は長期的な視点で会社を導くことに集中しなければなりません。 - 「部下に仕事を任せる」本当の意味
「部下に仕事を任せる」とは、社長が本質的に取り組むべき仕事に集中するために、日常の業務を任せることであり、それによって社長は会社の将来を築くことに専念できます。 - 社長の社会的責任
社長の最も重要な社会的責任は、会社を繁栄に導くことです。これにより、社員の生活を安定させ、将来を築くための安心を提供し、優れた人間関係を構築する土台を作ることができます。
本章は、社長の本来の職務を再認識させ、社長自身が時間の使い方を見直し、未来を見据えた意思決定を行う重要性を強調しています。
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