未来事業費の本質と活用法
未来の事業に関しては、「新事業・新商品開発篇」を参照することを前提として、ここではいくつか補足を加える。
未来事業は現事業から必ず分離する必要があると繰り返し強調してきた。同様に、未来事業に関わる費用も現事業の費用とは明確に切り離して考えるべきだ。
未来事業費は、現時点では費用として扱われるが、将来の収益を生み出す源泉となるため、いわば収益に対する「先行投資」といえる。この投資には、将来的に大きなメリットが伴う点が特筆される。
未来事業費の本質は「未来への投資」であるにもかかわらず、税法上では「現在の費用」として扱われる。このため、利益がその分だけ少なく計上されることになる。ただし、ごく一部の例外として繰延資産に計上される場合もある。利益が少なく計上されることで、法人税や地方税の負担が軽減される仕組みだ。一般的なケースでは、これらの税金は利益のおよそ50%に相当する。
未来事業費を活用すると、税金がその50%軽減されるということは、実質的に費用の半額が「政府補助金」と同じ役割を果たしていることになる。これほど都合の良い話を見逃す理由はない。まさに「こんなおいしい話に乗らない手はない」と言えるだろう。この仕組みを理解した上で、安心して必要な未来事業費を積極的に投じるべきだ。
未来事業への取り組みの3つの型
ところで、未来事業費の使い方には「二つの型」が存在する。
第一の型は「無関心型」と呼ばれる。「未来事業費は使わない」という消極的な姿勢が特徴だ。もちろん、完全に未来事業に無関心というわけではないが、事業革新の重要性を深く理解しておらず、「新商品があればいいな」という程度の漠然とした認識にとどまる。その結果、経営の大部分の関心が現事業に向けられ、未来事業にはほとんど注力しない。
このような企業は多くの場合、低収益に苦しみ、運が良くても赤字転落を免れる程度にとどまる。将来に対する明るい展望を描くこともできず、そうした希望すら持っていない。結局のところ、「困った、困った」と嘆くだけの社長が率いる企業であると言えるだろう。
第二の型は「放任型」と呼ぶべきだ。この型の特徴は、未来事業の重要性や必要性を理解し、未来部門を設置している点にある。しかし、肝心の方針が明確でなく、すべてを部門長に任せきりにするという姿勢が見られる。表面的には「任せる」と聞こえるが、実態は責任を放棄した「怠慢」に他ならない。
このような社長は、部門長から報告を受けると、それに対して評論家のような態度を取り、「そんなことではダメだ。もっとしっかりやれ」と説教じみた指摘を繰り返す。一体、誰の会社の未来を語っているのかと問いかけたくなるような姿勢だ。これでは部門全体に具体的な指針が示されることもなく、成果が上がるはずもない。結果として、未来事業は形ばかりで中身のない、有名無実の存在に成り果ててしまう。
第二の型は「直接指揮型」と呼ばれる。このタイプの代表例として挙げられるのがF社長だ。F社長は未来事業に対して正しい認識を持ち、未来部門に十分な人員を配置し、必要な予算も惜しみなく投入している。だが、何よりも優れているのは、未来事業に明確な目標と具体的な方針を示している点だ。
その結果、計画的な活動が着実に進められ、進捗状況については定期的なチェックが行われる。こうした徹底した管理と指導のもとで、未来事業は確実に成果を上げており、その取り組みは他の企業にとって模範となるべき姿勢といえる。
このような社長にはもう一つの重要な特色がある。それは、頻繁に開発室を訪れ、社員たちと直接コミュニケーションをとる姿勢だ。F社長もその例外ではなく、未来事業について熱心に語り、私にもその思いを共有してくれる。さらに、自ら開発室を案内しながら、取り組みの詳細や進行状況について丁寧に説明してくれる。このような積極的な関与が、未来事業の成功に向けた大きな推進力となっている。
業界で第一の占有率を誇り、優れた業績を上げているH社長は、その時間の大半を顧客訪問に充てている。さらに、会社にいる際の定位置は社長室ではなく研究室だ。この行動こそ、優れた社長の特徴的なパターンの一例といえる。
一方で、未来事業に熱意を持たない社長たちがよく口にする言い訳は、「やりたくても適切な人材がいない」というものだ。しかし、そうした言い訳をする前に、「E社長を見よ」と言いたい。E社長のように、自ら行動を起こし、未来事業に全力を注ぐ姿勢こそが、真に成果を生むのだ。
未来事業成功の鍵:E社長の事例
E社長が私に「どうしていいか分からない」と相談を持ちかけてきたのは、今から三年前のことだった。当時、会社は赤字続きで八方塞がりの状況にあり、早速現状を確認するために訪問した。社員数は20名にも満たず、年商はわずか2億円足らず。それに対して、累積赤字は5,000万円を超えており、会社の存続は「今日つぶれるか、明日つぶれるか」という瀕死の状態だった。業種は製菓業で、厳しい競争にさらされていた。
私は「全商品を並べてくれ」と要求した。そして、机の上に並べられた商品を一目見た瞬間、「こんなものを誰が買うか」と一喝した。赤字で苦しむ会社に対して、私は文字通り「鬼」になる。容赦なく現実を突きつけるためだ。そのため、陰では「鬼倉」と呼ばれているのだろう。
私はE社長に説いた。事業とは、お客様の要求を満たすことで成り立つものであること。そして、社長のすべての考え方や行動は、お客様に焦点を合わせなければならないことを力強く伝えた。E社長は真剣そのものの表情で私の話に耳を傾けていた。そして、「一倉さんの言う通り、何でもやるから教えてほしい」と力強く答えた。その言葉を聞いて、私はE社長の素直で誠実な人柄を深く理解すると同時に、未来を切り開くための真剣な覚悟を感じ取ったのだ。
E社長はただ、事業経営を知らないだけだった。私は協力を約束したが、その一方で、E社長との真剣勝負が始まった。E社長は、私の言葉を一つひとつ真摯に受け止め、文字通りその通りに行動したからだ。だからこそ、もし私が誤った指示を出せば、瀕死の状態にあるE社は瞬く間に崩壊してしまう。まさに、一つのミスも許されない、緊張感の張り詰めた取り組みだった。
まず取り組むべき課題は、売上高の上位数品目に対するパッケージの変更だった。この重要な改革を迅速に進めるため、私は知人のS社長に事情を説明し、特別価格での最優先対応という条件で協力をお願いした。S社長は快く承諾してくれ、本当にありがたい限りだった。
その成果は驚くほど速やかに現れた。パッケージを刷新した商品の売上が目に見えて伸び始め、中には急激な売上上昇を記録する商品も出てきた。この変化は、未来への希望を抱かせる大きな第一歩となった。
次に取り組むべきは味の改良だった。しかし、この作業を任せられる社員がいるわけではない。そこで、私はE社長に「社長自らやれ」と要求した。しかも、日中は営業活動を行うべきだという条件付きである。つまり、改良に取り組めるのは夜だけだ。
E社長は私の要求に応え、昼は精力的に営業を行い、夜は商品の改良研究に没頭するという生活を始めた。まさに、全身全霊を事業の立て直しに注ぐ姿勢だった。これが事業改革への本気の姿勢を物語っていた。
寝る間もないような死に物狂いの努力が続けられた。試作品が次々と私のもとに持ち込まれ、E社長とともに試食を重ねた。ああでもない、こうでもないと味について議論を繰り返し、改善の方向を模索する日々だった。
そのような必死の取り組みが少しずつ成果を生み出し、改良された商品の売上が上昇し始めた。この結果は、E社長の徹底した努力と執念の賜物であり、会社再生への確かな手応えとなった。
改良を終えた次の段階は、いよいよ新商品の研究だった。私はE社長に「コストを一切気にせず、とにかく『旨いもの』だけを追求せよ」と勧めた。徹底して品質にこだわることが最優先課題だった。
E社長の粘り強さ、執念、そして熱意が次第に形となり、ついにバイヤーが「旨さ」を明確に評価する商品が完成した。この成果により売上は着実に伸び、新商品の魅力が引き金となり、新規の得意先も必死の営業活動によって次々と増えていった。
月々の黒字は多少の増減を繰り返しながらも、徐々にその規模を拡大し、二年が過ぎた頃には安定した黒字基調が確立した。こうなると状況は一変するもので、銀行の態度にも変化が見られた。それまで冷淡だった銀行が、「金利が高くて困っているだろう」と、安い利率で他行の高金利融資を肩代わりする提案をしてくるようになったのである。このような変化は、事業の回復が確かなものになった証拠と言えるだろう。
それだけにとどまらなかった。得意先のバイヤーたちは、E社長の真摯な姿勢と熱意に惹かれ、ついには新商品の企画まで依頼するようになった。「天は自ら助くる者を助く」とはまさにこのことだろう。
そして、驚くべきことに、E社は三年間にわずか二カ月を残して、累積赤字をすべて解消するに至った。その喜びの報せを伝えるために、E社長自ら私のセミナー会場を訪れたのだった。この瞬間、私もまた、努力が報われた達成感に胸を熱くした。
一通り話を終えたそのとき、E社長は突如泣き出した。三年間の死に物狂いの努力がようやく報われたという、感無量の涙だった。その姿に、私も熱いものが胸に込み上げてきた。
そこへ、特別な協力を惜しまなかったS社長も顔を見せた(ちょうどセミナーに参加していた)。私たちは三人でこの成功を分かち合い、努力が実を結んだことを心から喜び合った。まさに、すべてが報われた瞬間だった。
E社長の行動を目の当たりにした私の感想は、少々精神論に寄りすぎて恐縮だが、やはり「成せば成る」という一言に尽きる。E社長の努力を見ていると、力量や能力といったものは二の次、三の次でさえあると感じられる。重要なのは、やり抜く覚悟と行動力だ。
一方で、「こういう理由でこれができない」「ああいう理由であれができない」と言い訳を繰り返し、自らの怠慢を改めない経営者には、いずれ「倒産」という厳しい現実が容赦なく突きつけられるだろう。努力を怠ることがどれほど危険か、E社長の例はその対極を示す強烈な教訓となる。
経営者の覚悟と責任
倒産はたとえ自業自得であったとしても、その結果、職を失う社員たちがいる。この現実を思えば、社長が社会的責任を背負っていることは明白だ。だからこそ、怠慢は決して許されない。社員やその家族の生活を背負う立場である以上、社長には全力で会社を守り、発展させる義務がある。
E社長のように、覚悟を持って死に物狂いで取り組む姿勢こそ、経営者に求められるものだろう。世の中には、E社長の爪の垢でも煎じて飲ませたいような社長が、決して少なくないのが現実だ。
未来事業費は、将来の成長を目指すための「先行投資」であり、現時点では費用として計上されるものの、将来の収益を生むための重要な支出です。この投資は、税制上も現時点の費用とされるため、法人税や地方税の負担を軽減でき、実質的に「政府補助金」のようなメリットが含まれています。
未来事業費の使い方と経営者の姿勢
未来事業費の活用において、企業のトップである社長の意識と行動が鍵を握ります。未来事業の推進には、大きく分けて三つの社長の行動パターンが見られます。
- 無関心型
- 未来事業にほとんど関心を持たず、現事業の維持のみを重視するタイプです。このタイプの企業は成長が停滞し、将来への明るい展望を描くことが難しく、低収益や赤字に陥るリスクが高まります。
- 放任型
- 未来事業の必要性は理解しているものの、明確な方針や具体的な指示を与えず、部門長に任せきりにしてしまうパターンです。これでは、組織が一丸となって成果を追求できず、未来事業が形だけに終わりがちです。
- 直接指揮型
- 未来事業に対して積極的に関わり、明確な方針や目標を掲げて社長自らが指揮を執るタイプです。こうした企業では、未来事業が計画的に進行し、定期的に進捗が確認されており、確実に成果が上がります。
未来事業費の投資成功例:E社の事例
E社の社長は、かつての累積赤字からの脱却を目指し、真剣に事業の改善に取り組みました。自身が事業の基本や顧客の求める品質を理解しない状態でしたが、外部からのアドバイスを真摯に受け入れ、次のように未来事業費を活用しました。
- 商品改善と新商品の開発:
- 最初に既存商品のパッケージや味の改善に取り組み、これにより売上が増加しました。その後、開発に徹底的に取り組み、新商品の品質を高めることで、消費者やバイヤーからの信頼を得ることに成功しました。
- 自らが営業活動を行い、消費者の声を把握:
- 昼間は営業、夜は商品の研究に費やす生活を続け、顧客のニーズを直接理解し、それに応じた商品開発を行いました。
この結果、E社は3年で累積赤字を解消し、黒字基調に転じました。この成功例からも、未来事業費を「今の経営を支えるもの」ではなく「将来の事業の柱をつくるための投資」として捉えることが重要だといえます。
効果的な未来事業費の活用
未来事業費をただ投入するだけでなく、明確な方針のもとで計画的に管理し、持続的に追い続ける姿勢が求められます。具体的には次のような活用法が考えられます:
- 将来の顧客ニーズに応える新商品やサービスの開発
- 市場実験を通じての新規事業の試行と市場の反応確認
- 情報収集を強化し、競争力を高めるための戦略的なリサーチ
将来の収益を視野に入れた未来事業費の活用によって、企業は長期的な成長基盤を築くことができます。
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