――民を育む真の政治とは
孔子が衛(えい)の国を訪れたとき、弟子の冉有(ぜんゆう)が馬車を御して供をした。
町の様子を見た孔子は、「人が多いな」と感想を漏らす。
冉有が「はい、人口は多いようですが、さらに何をすべきでしょうか」と尋ねると、孔子は答える――「民を富ませることだ」と。
さらに「富んだら次は?」と問われて、孔子は明確に言う。
「教えることだ」、すなわち教育によって信義と道徳を根づかせ、民の心を高めることが必要だと。
人口の多さだけでは、よい国にはならない。
生活が安定し、さらに人としての品格と信義が育まれてこそ、真の理想社会に近づくのだ。
孔子の政治観は、数量や経済にとどまらず、人間性の成熟を最終目的としていた。
原文とふりがな付き引用:
「子(し)、衛(えい)に適(ゆ)く。冉有(ぜんゆう)、僕(ぼく)たり。
子曰(いわ)く、『庶(おお)いかな』。
冉有曰く、『既(すで)に庶し。又(また)何(なに)をか加(くわ)えん』。
曰く、『之(これ)を富(と)まさん』。
曰く、『既に富めば、又何をか加えん』。
曰く、『之を教(おし)えん』。」
注釈:
- 僕(ぼく) … ここでは馬車を操る従者、御者の意味。
- 庶(しょ)いかな … 人が多い、人口が豊かだという意味での感嘆。
- 富まさん(とまさん) … 国民を経済的に豊かにすること。生活の安定。
- 教えん(おしえん) … 単なる知識の教育ではなく、道徳・信義を教える人間形成。
1. 原文
子適衞。冉有僕。子曰、庶矣哉。冉有曰、既庶矣、又何加焉。
曰、富之。曰、既富矣、又何加焉。曰、教之。
2. 書き下し文
子(し)、衛(えい)に適(ゆ)く。冉有(ぜんゆう)、僕(ぼく)たり。
子曰く、庶(おお)し、かな。冉有曰く、既(すで)に庶し。又(また)何(なに)をか加えん。
曰く、之(これ)を富(と)まさん。曰く、既に富めり。又何をか加えん。
曰く、之を教(おし)えん。
3. 現代語訳(逐語訳/一文ずつ)
- 「子、衛に適く。冉有、僕たり」
→ 孔子が衛の国に向かう途中、弟子の冉有が車を御していた。 - 「子曰く、庶いかな」
→ 孔子が言った。「(この国は)人が多くてにぎやかだな。」 - 「冉有曰く、既に庶し。又何をか加えん」
→ 冉有は答えた。「すでに人口が多いなら、それで十分では? これ以上何を加えるのですか?」 - 「曰く、之を富まさん」
→ 孔子は言った。「それならまず、彼らを豊かにしよう。」 - 「曰く、既に富めば、又何をか加えん」
→ 冉有はさらに尋ねた。「すでに豊かになったなら、他に何が必要ですか?」 - 「曰く、之を教えん」
→ 孔子は答えた。「そして彼らを教育するのだ。」
4. 用語解説
- 適く(ゆく):向かう、赴く。衛の国に旅すること。
- 僕(ぼく):ここでは「御者」、車を操る役。冉有が孔子の随行役を担っていた。
- 庶(しょ):人口が多いこと。民衆のことを指す。
- 富む(とむ):経済的に豊かであること。暮らしに余裕がある状態。
- 教える(おしえる):ここでは「道徳教育・教養教育」を意味し、秩序ある社会の基盤を指す。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子が衛の国に向かう途中、車を御していた弟子・冉有と会話を交わした。
孔子:「人が多くて活気があるな。」
冉有:「すでに民が多いなら、それで十分では?」
孔子:「まずは彼らを富ませねばならぬ。」
冉有:「すでに富んでいたら、他に何が必要ですか?」
孔子:「教育を施すことが必要だ。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、理想的な社会発展の段階論を示したものとして有名です。孔子は次の3段階で国家・社会を語ります:
- 庶(民を集める):人口や労働力の充実。社会の量的拡充。
- 富(豊かにする):経済力の向上。生活基盤の安定。
- 教(教育する):文化・倫理・規範の共有。社会秩序と人間性の成熟。
この順序は、単なる経済成長主義ではなく、物心両面の成熟を目指す社会哲学です。
孔子は、「人が多いこと」「富むこと」よりも、「教化(教養と倫理)があること」を最終目標に据えている点が重要です。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
- 「数(組織規模)ではなく質(文化)を育てよ」
従業員数や売上が伸びても、理念やマナー、共通の価値観が伴わなければ組織はバラバラになる。 - 「利益の先に教育あり」
収益が上がったら、次にすべきは“社員教育”。人材育成に投資しなければ、持続可能性は育たない。 - 「三段階の成長戦略:集める→満たす→育てる」
①まず採用し、②待遇で満足を与え、③理念と教養で人を磨く。このプロセスを意識した経営が、強く長く続く会社を作る。 - 「人が多くても、教育なき組織は脆い」
人数・拠点・売上などの拡大に偏ると、組織文化やルールが乱れやすい。成長に比例した“教育と共育”の制度が不可欠。
8. ビジネス用の心得タイトル付き
「集め、富ませ、育てる──“成長の順序”が組織の未来を決める」
この章句は、人口増加や経済成長にとどまらず、教育こそが社会の根幹であるという深い洞察を示しています。
人事制度の見直しや、企業ビジョンの構築、人材開発戦略の立案にも活用できる教えです。
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