特別な偉業を成し遂げなくても、名誉や利益といった世俗の欲望を払い除けることができれば、
それだけで一流の人物に数えられる。
学問を深めるにあたり、特別に知識を増やさずとも、
世俗的な執着から自由になれれば、それはすでに聖人の境地である。
人の価値は、何を成したかよりも、何に惑わされなかったかによって測られる。
「人(ひと)と作(つく)りて甚(はなは)だの高遠(こうえん)の事業(じぎょう)無(な)きも、
俗情(ぞくじょう)を擺脱(はいだつ)し得(う)れば、便(すなわ)ち名流(めいりゅう)に入(い)る。
学(がく)を為(な)して甚の増益(ぞうえき)の功夫(こうふ)無きも、
物累(ぶつるい)を減除(げんじょ)し得れば、便ち聖境(せいきょう)に超(こ)ゆ。」
注釈:
- 人と作りて(ひととつくりて)…ごく普通の人として生まれ、特別な立場にいないこと。
- 擺脱(はいだつ)…ふり払う、断ち切る。俗情=名誉欲・物欲・執着などを断ち切ること。
- 名流(めいりゅう)…一流の人、立派な人とされる階層。
- 物累(ぶつるい)…名誉や富といった世俗の煩わしさや束縛。
- 聖境(せいきょう)…聖人の境地。悟りのように澄みきった精神状態。
1. 原文:
作人無甚高遠事業、擺脫得俗情、便入名流。
爲學無甚增益功夫、減除得物累、便超聖境。
2. 書き下し文:
人と作(な)りて甚(はなは)だ高遠の事業無くとも、俗情(ぞくじょう)を擺脱(はいだつ)し得れば、すなわち名流(めいりゅう)に入る。
学を為して甚だ増益の功夫無くとも、物累(ぶつるい)を減除(げんじょ)し得れば、すなわち聖境(せいきょう)に超ゆ。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ):
- 「人と作りて甚の高遠の事業無きも、俗情を擺脱し得れば、便ち名流に入る」
→ 大きな業績や立派な事業を成し遂げなくても、世俗的な欲望や感情を脱することができれば、名のある立派な人物の仲間入りができる。 - 「学を為して甚の増益の功夫無きも、物累を減除し得れば、便ち聖境に超ゆ」
→ 学問において大きな成果や目覚ましい進歩がなくとも、物質的な執着を取り除くことができれば、悟りのような境地に至ることができる。
4. 用語解説:
- 人と作る(ひととなる):人としての生き方、人格の形成。
- 高遠の事業(こうえんのじぎょう):壮大で偉大な仕事、功績。
- 俗情(ぞくじょう):世俗的な欲望・感情。利欲・虚栄心など。
- 擺脱(はいだつ):振り捨てる、抜け出すこと。
- 名流(めいりゅう):名士、名のある人物、高潔な人物たち。
- 増益の功夫(ぞうえきのくふう):努力による進歩や成果のこと。
- 物累(ぶつるい):物への執着・所有による束縛。
- 減除(げんじょ):減らし取り除くこと。
- 聖境(せいきょう):聖人の境地、悟り、精神的に清らかな境界。
5. 全体の現代語訳(まとめ):
人として特に偉大な業績がなくとも、世俗的な欲望から解放されることができれば、高潔な人物として認められる。
学問で特別な成果を挙げられなくとも、物への執着を減らせば、精神的に清らかな境地に到達することができる。
6. 解釈と現代的意義:
この章句は、**「成果よりも精神の純化こそが人格を高める」**という価値観を強く打ち出しています。
現代社会では、「どれだけ成し遂げたか」「どれほど優れているか」が重視されがちですが、
この章句は、**何を“捨てたか”、どれだけ“脱したか”**にこそ、本当の意味での人間的価値があると説いています。
また、「捨てること」が精神的自由と深い理解につながるという、東洋的思想の本質が込められています。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き):
- 「成果に囚われず、“俗心”を脱する生き方を」
目立った結果やポジションだけを追い求めるのではなく、利己的な動機から自由になることで、逆に人から信頼される“名流”となる。 - 「知識やスキルの量より、“捨てる力”を」
情報過多の時代において、本当に重要なのは“何を選び取るか”ではなく、“何を手放せるか”。
これは思考の整理力・決断力・精神的成熟に直結する。 - 「物や肩書きの執着を減らし、“軽やかに生きる”」
財や称号は一時のものであり、それらを過剰に抱えることがストレスや迷いの元となる。
身軽で本質に集中できる人ほど、創造性や判断力に優れる。
8. ビジネス用の心得タイトル:
「捨ててこそ見える高み──成果より“脱俗の力”が人を高める」
この章句は、ビジネスにおいても「過剰な執着から離れ、軽やかに生きる」知恵として極めて有効です。
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