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執着を手放せば、どこにいても心は自由である

山林は、もともと隠棲や静かな生活に最適な場所である。
しかし、そこに過剰な憧れやこだわりを抱いて執着してしまえば、
それはもはや町中の喧騒と変わらず、俗世の延長になってしまう。

また、書や絵画といった芸術は、もともと高雅な趣味である。
しかし、それに夢中になりすぎて収集に凝るようになれば、
商売と同じになってしまい、心が欲に支配されることになる。

このように、どんなに理想的な環境や行為であっても、心が執着してしまえば、
それはたちまち「苦しみの世界」に変わってしまう。

逆に、心に染着(しみつく思い)がなく、こだわりや欲を手放せば、
この現世(欲界)でさえも、仙人が住む理想郷のような心地になれる。

「心のあり方」こそが、世界を決める鍵なのである。


引用(ふりがな付き)

山林(さんりん)は是(こ)れ勝地(しょうち)なるも、一(ひと)たび営恋(えいれん)せば、便(すなわ)ち市朝(しちょう)と成(な)る。
書画(しょが)は是れ雅事(がじ)なるも、一たび貪痴(とんち)せば、便ち商賈(しょうこ)と成る。
蓋(けだ)し心(こころ)に染着(せんちゃく)無(な)ければ、欲界(よくかい)も是れ仙都(せんと)なり。
心に係恋(けいれん)有(あ)れば、楽境(らっきょう)も苦海(くかい)と成る。


注釈

  • 営恋(えいれん):特定の場所や物事に強く執着し、こだわる心。とくに理想化しすぎる態度。
  • 市朝(しちょう):都会、俗世。山林にいても心が執着すれば、俗世界と変わらなくなる。
  • 貪痴(とんち):むさぼりと愚かさ。何かに過度にのめり込み、見失うこと。仏教でいう「三毒」の一つ。
  • 商賈(しょうこ):商売人。欲に基づいて物を集め売買することの象徴。
  • 染着(せんちゃく):執着。心にしみつく思い。自由な心の対極。
  • 仙都(せんと):仙人の都。理想郷。
  • 苦海(くかい):仏教でいう人生の苦しみの海。どんなに良い場所も、心次第で苦しみの場となる。

関連思想と補足

  • 『老子』や『荘子』では、「無為自然」「無執着」が理想とされ、
     執着こそが心を乱し、苦しみを生む根源であるとされている。
  • 『仏教』でも「三毒(貪・瞋・痴)」が心の汚れとされ、そのうちの「貪(とん)」=欲への執着は最も警戒すべきもの。
  • 『菜根譚』全体を通しても、「執着を手放せば、どこにいても楽土となる」という思想が繰り返し説かれている。
目次

原文:

山林是勝地、一營戀便成市朝。
書畫是雅事、一貪癡便成商賈。
蓋心無染着、欲界是仙都。
心有係戀、樂境成苦海。


書き下し文:

山林は是れ勝地なるも、一たび営恋すれば、すなわち市朝と成る。
書画は是れ雅事なるも、一たび貪痴すれば、すなわち商賈と成る。
蓋し心に染着無ければ、欲界も是れ仙都なり。
心に係恋有れば、楽境も苦海と成る。


現代語訳(逐語/一文ずつ):

  • 「山林は是れ勝地なるも、一たび営恋すれば、すなわち市朝と成る」
     → 山や森のような理想的な静けさの地も、一度そこに執着が生まれれば、たちまち俗世の喧騒と変わらない。
  • 「書画は是れ雅事なるも、一たび貪痴すれば、すなわち商賈と成る」
     → 書や絵といった風雅な趣味も、欲望や愚かさが加われば、たちまち商売の道具になってしまう。
  • 「蓋し心に染着無ければ、欲界も是れ仙都なり」
     → 心に執着さえなければ、欲にまみれた世界も天界のような清らかな場所となる。
  • 「心に係恋有れば、楽境も苦海と成る」
     → 心に執着があれば、どんなに楽しい場所でも、たちまち苦しみの海へと変わってしまう。

用語解説:

  • 山林(さんりん):自然の静寂や隠遁の地。理想郷。
  • 勝地(しょうち):風光明媚で理想的な場所。
  • 営恋(えいれん):執着して求めすぎること。恋慕や欲望の意。
  • 市朝(しちょう):市場や俗世間の喧騒。現実世界の象徴。
  • 書画(しょが):風雅な芸術活動。知性や教養の象徴。
  • 貪痴(とんち):貪り求める欲と、愚かさ。
  • 商賈(しょうこ):商売、利潤を求める行為。
  • 染着(せんちゃく):心に染みつく執着。
  • 欲界(よくかい):人間の欲望にまみれた世界(仏教用語)。
  • 仙都(せんと):仙人の住む清らかな理想郷。
  • 係恋(けいれん):対象に心を縛られること、執着。

全体の現代語訳(まとめ):

たとえ自然の中に隠れ住んでも、そこに執着の心があれば、都会の喧騒と変わらない。
書や絵のような高尚な趣味も、貪欲と愚かさが入れば、単なる金儲けの手段になる。
心に執着がなければ、どんな欲望に満ちた世界でも清らかな理想郷となり、
逆に執着があれば、どんなに心地よい場所でも苦しみの場所に変わってしまうのだ。


解釈と現代的意義:

この章句は、**「環境や対象の良し悪しは“心の持ちよう”で決まる」**という、極めて現代的で深い教えです。

1. 環境が理想でも、心が乱れていれば無意味

  • 山奥で暮らしていても、名誉や承認を求める心があれば、都会と変わらない。
    → 「場所」ではなく「心の状態」が平安の鍵。

2. 高尚なことも、心がけ一つで俗事になる

  • 芸術も学問も、評価や金のためにするなら、それは単なる取引になる。
    → 動機が「無私」であることが“風雅”を生む。

3. 執着がある限り、どこへ行っても苦しみは終わらない

  • 欲望を手放せば、俗世も天国になる。
    → 心の自由こそが、真の自由である。

ビジネスにおける解釈と適用:

1. 「動機」によって、仕事の品格が決まる

  • 商品開発や顧客対応が、利益“だけ”を目的とした瞬間、信頼や誇りが失われる。
    → 使命感をもって行えば、それは“風雅”な仕事となる。

2. どこにいても“平常心”を保てる人が強い

  • オフィスが騒がしくても、プロジェクトが混乱していても、心が整っていれば、そこは仙都となる。
    → 「自分の心を整えること」が、最強のマネジメントスキル。

3. “やりがい”も“苦しみ”も、自分の心が生み出す

  • キャリアの満足度や幸福感は、待遇や職場環境ではなく、どこに自分が意味を見出すかにかかっている。

ビジネス用心得タイトル:

「環境より心、職業より志──執着なき者にのみ、自由と品格が宿る」


この章句は、**“境遇ではなく、心の持ち方で人生は変わる”**という、普遍の真理を教えています。

「どこにいても、何をしていても、心が澄んでいれば、それが最上の場所となる」──
そんな柔軟で力強い心を育むことが、現代のビジネスパーソンにとって何よりの資産となるのです。

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