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草創と守成、いずれが難しいか

太宗は、帝王の業について「国を建てる草創と、国を維持する守成のどちらが難しいか」と尋ねました。
房玄齢は、「草創は、混乱した世の中で群雄が競い合い、戦い抜いて勝利を得るため、難しい」と答えました。
しかし、魏徴は、「帝王が現れるのは、必ず衰退と混乱を受けてのことであり、悪賢い者を倒すこと自体は難しくない。民衆はその人を歓迎し、天下はその人に従う。しかし、一度権力を手にした後、君主が驕り、贅沢を重ねるようになると、民は疲れ、国は衰退する。守成は、その後の心がけが難しく、油断すれば国は滅びる」と述べました。
太宗は、「房玄齢は草創の難しさをよく知っている。魏徴は守成の難しさをよく理解している。今や草創の困難は過ぎ去った。守成の難しさこそ、今後共に慎重に行動すべきだ」と述べました。


目次

原文とふりがな付き引用

「貞觀十年、太宗謂(い)侍臣(じしん)曰(いわ)く、『帝王(ていおう)之(の)業(わざ)、草創(そうそう)與(と)守成(しゅせい)孰(いず)が難(かた)し』」

「尚書(しょうしょ)左僕射(さほくや)房玄齢(ぼうげんれい)對(こた)え曰(いわ)く、『天地(てんち)草昧(そうまい)、羣雄(ぐんゆう)競(きょう)起(お)き、攻(せ)め破(やぶ)り乃(すなわ)ち降(くだ)り、戦(たたか)い乃(すなわ)ち克(かつ)。由(これ)より言(い)えば、草創(そうそう)は難(かた)し』」

「魏徵(ぎちょう)對(こた)え曰(いわ)く、『帝王(ていおう)の起(おこ)るは、必(かなら)ず衰乱(すいらん)を承(う)けてのことなり。彼(あ)れ昏(くら)く狡(こう)なり、百姓(ひゃくせい)は楽(たの)しみて推(お)す、四海(しかい)帰命(きめい)す、天授(てんじゅ)人(ひと)に与(あた)え、乃(すなわ)ち難(かた)からず。然(しか)るに得(え)たる後(のち)、志(こころざし)趣(おもむ)き驕(おご)り逸(ほう)して、百姓(ひゃくせい)静(しず)かに欲(ほ)して徭役(ようえき)休(や)まらず、百姓(ひゃくせい)凋(しお)れて侈務(しむ)止(や)まらず、国(くに)の衰(おとろ)え、恒(つね)にこれより起(おこ)る。以(これ)を斯(ここ)より言(い)えば、守成(しゅせい)は難(かた)し』」

「太宗(たいそう)は曰(いわ)く、『玄齢(げんれい)は昔(むかし)我(われ)と共(とも)に天下(てんか)を定(さだ)め、備(そな)えて艱苦(かんく)を嘗(な)め、万死(ばんし)に一生(いっしょう)を得(え)たる経験(けいけん)をし、故(ゆえ)に草創(そうそう)の難(かた)さを見(み)たるなり。魏徵(ぎちょう)は我(われ)と共(とも)に天下(てんか)を安(おさ)め、驕逸(きょういつ)之端(はし)を慮(おもんばか)り、必(かなら)ず危(あぶ)ない地(ち)を踐(ふ)むことを心配(しんぱい)し、故(ゆえ)に守成(しゅせい)の難(かた)さを見(み)たるなり。今(いま)や草創(そうそう)の難(かた)さは往(い)き、守成(しゅせい)の難(かた)さは、当(まさ)に汝(なんじ)らと共(とも)に慎(つつし)まねばならぬ』」


注釈

  • 草創(そうそう)…新しい国や体制を立ち上げること。困難を乗り越えて権力を獲得する過程。
  • 守成(しゅせい)…一度手にした権力を維持し、発展させること。油断や驕りがもたらす問題に対処することの難しさ。
  • 衰乱(すいらん)…社会が衰退し、混乱が広がる状態。帝王が登場する背景としての状況。
  • 徭役(ようえき)…人民が国家のために働かされる労働、重税などに関連する。
  • 侈務(しむ)…贅沢な暮らし。君主の贅沢が国民の疲弊を招く原因となる。

『貞観政要』巻一「創業と守成」篇より

―創業(国家の建設)と守成(国家の維持)のどちらが難しいか―


1. 原文

貞觀十年、太宗謂侍臣曰:「帝王之業、草創與守、孰難?」

尚書左僕射房玄齡對曰:「天地草昧、羣雄競起、攻破乃降、戰鬪乃克。由此言之、草創為難。」

魏徵對曰:「帝王之起、必承衰亂。彼昏狡、百姓樂推、四海歸命、天授人與、乃不為難。然得之後、志趣驕逸、百姓欲靜而徭役不休、百姓凋殘而侈務不息、國之衰敗、恆由此起。以斯而言、守成則難。」

太宗曰:「玄齡、昔從我定天下、備嘗艱苦、出萬死而得一生、是以見草創之難也。魏徵、與我安天下、慮生驕逸之端、必踐危亡之地、是以見守成之難也。今草創之難、已往矣、守成之難者、當思與公等愼之。」


2. 書き下し文

貞観十年、太宗、侍臣に謂(い)いて曰く、「帝王の業(わざ)、草創(そうそう)と守成(しゅせい)、いずれか難きや?」

尚書左僕射・房玄齡、対えて曰く、「天地草昧(そうまい)にして、群雄競(きそ)い起こり、攻め破って乃(すなわ)ち降し、戦いて乃ち克つ。ここを以て言えば、草創こそ難し。」

魏徵、対えて曰く、「帝王の起こるは、必ず衰乱を承く。彼の昏(くら)く狡(ずる)きにして、百姓は推されるを楽しみ、四海は命を帰し、天、之を授け人、之に与う。これ難しからざるなり。

然るに得たる後、志趣は驕逸を生じ、百姓は静まるを欲すれども、徭役休まず、百姓は凋残(ちょうざん)し、しかも奢侈の務(つと)め止まず。国の衰敗は、恒にこれより起こる。これを以て言えば、守成こそ難し。」

太宗曰く、「玄齡は昔、我に従い天下を定め、備えし苦を嘗め、万死を出でて一生を得たり。これによりて草創の難しきを見る。

魏徵は我と共に天下を安んじ、驕逸を生ずる端(たん)を慮り、必ず危亡の地を践まんとす。これによりて守成の難しきを見る。

今や草創の難しきは既に往(す)ぎたり。守成の難しきを思う者は、公らと共に慎まざるべからず。」


3. 現代語訳(逐語)

  • 「帝王之業、草創與守、孰難?」
     → 天子の仕事において、国家の創設と維持、どちらが難しいか?
  • 房玄齡曰:「草創為難」
     → 房玄齡:「戦国混乱の中で群雄が争う時代、戦って勝ち抜く創業こそ難しい。」
  • 魏徵曰:「守成則難」
     → 魏徵:「国を得るときは民心が自ずと寄り、天意も味方するが、得た後は奢りや怠りが生じやすく、国の衰退の多くはそこから始まる。だから守成のほうが難しい。」
  • 「萬死而得一生」
     → 何度も死線を越え、かろうじて生き延びて天下を得た(=創業の苦労)。
  • 「驕逸之端、踐危亡之地」
     → 奢りと怠けの兆しが生じれば、滅亡への道に足を踏み入れるという危機感。

4. 用語解説

用語意味
草創(そうそう)国家や組織を新たに興すこと。創業。
守成(しゅせい)既に築かれた国家や組織を維持し続けること。守りの経営。
草昧(そうまい)世の中がまだ混乱している状態。
徭役(ようえき)民に課せられる労役や税の義務。
凋残(ちょうざん)疲弊して滅びかけること。
驕逸(きょういつ)奢りと怠け。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

貞観10年、太宗は侍臣たちに尋ねた。「帝王の仕事で、国家を興すことと維持すること、どちらが難しいだろうか?」

房玄齡は答えた。「天地が混乱し群雄が割拠する中で、戦って勝ち抜き、ようやく天下を手にするのですから、創業が難しいのです。」

しかし魏徵はこう答えた。「帝王が立ち上がる時というのは、多くが乱世を受け継ぐものであり、民は暗君に苦しみ、救世主を求めている状態です。だから、四海が王に従い、天命もそれを後押しするので、実はそれほど難しくないのです。問題は、天下を取った後。王が驕り怠り、民は安らぎを求めるのに休まらず、税や労役に苦しみ、国家は次第に衰えていく。多くの衰亡はここから始まります。ですから、国家を守ることの方が難しいのです。」

太宗はそれを受けて語った。「玄齡は私とともに戦乱を戦い抜き、まさに命がけで創業の苦労を体験したゆえに、創業の難しさを語る。魏徵は平時において天下を守ることの危うさを見ており、守成の難しさを語る。今や創業の苦しみは過ぎた。これからは、国家をどう守るかを公たちと共に慎重に考えたい。」


6. 解釈と現代的意義

この章句は、「創業(スタートアップ期)」と「守成(成熟・安定期)」における経営課題の違いを鮮やかに描き出しています。

創業時は目的が明確で、組織全体が一体となって前進できる。しかし、成功後には「油断」「慢心」「無駄な施策」「従業員疲弊」など、見えにくい内部崩壊の兆候が生まれます。

魏徵の指摘は、“盛者必衰”を防ぐには、継続的な自律と構造改革が必要であることを教えています。


7. ビジネスにおける解釈と適用

  • 「創業の熱狂に続く“惰性の罠”に気づけ」
     成功後の油断や、惰性による判断停止は、組織を内側から蝕む。守成には継続的改善とリーダーの自己統制が不可欠。
  • 「事業の成長よりも、組織の持続性を重視せよ」
     売上の拡大よりも、従業員の健全性、顧客との信頼、社会的価値の維持といった“目に見えにくい資産”こそが守成の鍵。
  • 「成功体験に溺れるな。慢心が組織の寿命を縮める」
     創業者や上層部が「自分たちは成功した」という幻想を抱き続ければ、新しい問題に鈍感になる。慢心は衰退の予兆。

8. ビジネス用の心得タイトル

「創業は勢い、守成は覚悟──勝って兜の緒を締めよ」

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