― 国を治める者は、平穏な時こそ慎みを忘れるな ―
孟子は語る。
「今、もし国家が平穏無事であったとしても――その時に、これをよいことにして遊び怠り、享楽にふけるようなことがあれば、それは自ら災いを呼び込むようなものだ」。
人はとかく、「平和な時期」になると、緊張を緩め、慎みを忘れがちである。
しかし孟子は、そうした姿勢こそが災厄の始まりであると断じる。
彼はこう言う:
「禍福(かふく)はすべて、自分の行いによって来るものである」
この考え方は、後世の陽明学や幕末の志士たちにも受け継がれた、儒家の根幹的信念でもある。
孟子はこの思想を、『詩経』と『書経』という二つの古典を引いて裏付ける。
『詩経』のことば:
「永く天命に適(かな)うように努め、
それによって、自ら多くの福を求め得た」。
これは、周の文王の姿勢を描いた句であり、道に適った行いこそが福を招くということを示している。
『書経』太甲篇のことば:
「天がもたらす災いは、
なんとか避けることもできる。
しかし、自らが招いた災いは、生き延びることさえできない」。
孟子はこれらを引きつつ、自らの主張をこう締めくくる――
「これこそ、私が先ほど述べた『自らの行いこそが禍福を決める』ということの根拠である」。
原文(ふりがな付き引用)
「今(いま)、国家(こっか)間暇(かんか)なりとせん。是(こ)の時(とき)に及(およ)んで、般楽(はんらく)し怠敖(たいごう)すれば、是れ自(みずか)ら禍(わざわ)いを求(もと)むるなり。
禍福(かふく)は己(おのれ)より之(これ)を来(きた)らざる者無し。『詩(し)』に云(い)う、
『永(とこし)えに言(こと)を命(めい)に配(く)し、自(みずか)ら多(おお)く福(ふく)を求(もと)む』と。『太甲(たいこう)』に曰(い)わく、
『天(てん)の作(な)せる災(わざわ)いは、猶(なお)違(さ)くべし。
自(みずか)ら作(な)せる災いは、活(い)くべからず』と。此(こ)れ、之(こ)れを謂(い)うなり。」
注釈(簡潔版)
- 般楽(はんらく):思うままに楽しむこと。安逸にふけること。
- 怠敖(たいごう):怠けて遊び呆けること。政治を忘れて快楽に流れる状態。
- 禍福(かふく):災いと幸福。両者とも自らの行為の結果であるとする儒家の信条。
- 太甲篇(たいこうへん):『書経』の一篇。殷の太宗が語ったとされる教訓。
- 活(い)くべからず:逃れることができず、命を落とす。
パーマリンク(英語スラッグ案)
fortune-follows-your-deeds
(運命は行いに従う)peace-invites-ruin-if-idled
(平和は怠りで禍に転ず)disaster-you-make-will-kill-you
(自ら招いた災いは命を奪う)
この章は、孟子の「自己責任論」の代表的な一節です。
環境や運命のせいにするのではなく、日頃の政治姿勢、備え、そして心構えが、国家の命運を決するという厳格な教訓が説かれています。
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