一、原文と現代語訳(逐語)
原文抄(聞書第七)
「権左衛門、成るまじき」と御申し候へば、
「さらば一槍仕るべし」と申し、竹刀おつ取り、山城殿を、馬より、さかさまに突落し申し候。
…
「正月初に、馬上武者の首二つ取りたり。気味よし気味よし」と申して帰り候由。
現代語訳(逐語)
正月十一日、大木権左衛門が山城殿のもとを訪れたところ、殿は馬上にて家臣と竹刀で仕合い中であった。
「権左衛門、相手になれるか?」と問われると、
「では一突き、参りましょう」と即答し、竹刀を手に取り、殿を馬から見事に突き落とした。
さらに弟君である左京殿も名乗りを上げたが、これも突き落とし、
「正月早々、騎馬武者の首二つ取りたり。気味よし気味よし」と言い放って退出したという。
二、用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
一槍(いっそう) | 一度の勝負、一撃。ここでは「一突き」の意。 |
気味よし気味よし | 「痛快だ」「気分がいい」という意味。 |
具足 | 鎧兜などの武装。山城殿が完全武装していたことを示す。 |
仕懸り | 武士同士の模擬戦・竹刀勝負において攻めかかること。 |
三、全体の現代語訳(まとめ)
大木権左衛門は、藩主の子である山城殿・左京殿を相手に、躊躇なく竹刀勝負を受けて立ち、いずれも一撃で打ち倒した。
彼はそのまま、「首を二つ取ったぞ」と武士としての自負を見せて引き上げた。
このような気風が許されたのは、上下の格式よりも実力と潔さが重んじられていた時代ならではである。
四、解釈と現代的意義
この章句は単なる「乱暴者の武勇伝」ではありません。
**“地位や身分におもねらず、実力と矜持をもって接する姿勢”**こそが、山本常朝が称える“あるべき武士の姿”なのです。
- 山城殿や左京殿は「試す」つもりで声をかけたかもしれませんが、権左衛門は一切の遠慮なく全力で挑みました。
- それは、相手を軽んじるのでもなく、また媚びへつらうのでもなく、**真正面から向き合う「侍の道」**でありました。
現代の私たちにとっても、
**「上司や権威ある者に対して、礼を失わずに率直に挑む」**という姿勢は、大きな教訓を与えてくれます。
五、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)
項目 | 解釈・適用例 |
---|---|
組織での上下関係 | 上司や経営陣といえども、正々堂々と議論・提案・挑戦することが真の信頼関係を築く。 |
実力主義の姿勢 | 肩書きや経歴に惑わされず、自分の実力で勝負する姿勢が、周囲の評価を得る。 |
自尊と誇り | へつらわず、また卑屈にもならず、「相手と対等に向き合う覚悟」が個人の品格を形成する。 |
若手・新参者の挑戦 | 年功や経験に圧されるのではなく、自分のスキル・視点をぶつけてこそ組織に新風を巻き起こせる。 |
六、補足:これはただの痛快譚ではない
常朝はこの話を、「昔はこんなことが許された」というノスタルジー的に語っているようで、実は武士のあるべき姿を浮き彫りにしているのです。
ここに描かれているのは、礼節を忘れず、しかし媚びず、実力をもって礼を尽くすという矛盾なき行動規範です。
七、まとめ:この章句が伝えるメッセージ
- 地位や威光に惑わされず、対等に挑む者にこそ、真の敬意が払われる。
- 自らの技と信念をもって、実力で語るべし。
- 反骨とは、単なる反抗ではない。礼に背かず、信に従う姿勢のことである。
- 時代や組織の空気に流されず、己の矜持を貫いた者こそが、強さと風格を兼ね備える。
目次
🔚現代への置き換え:
「相手が誰であれ、礼をもって挑め」――その姿勢が、信頼と実力を証明する道となる。
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