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正しい政治は、先人の道を実践してこそ成り立つ

孟子は、たとえ人並み外れた才能を持っていても、正しい道具がなければ成果は得られないと説いた。視力の優れた離婁(りろう)でも、道具がなければ形は測れず、聴力に秀でた師曠(しかん)でも調子笛がなければ音階を正せないように、聖人堯舜(ぎょうしゅん)のような徳を備えていても、仁政という実践がなければ天下を治めることはできない。

心が良いだけでは意味がなく、形ばかりの法では実効もない。だからこそ、先王の遺法に倣い、民に恩沢が届くようにせねばならない。過ちなく正しく治める道は、すでに歴史の中に示されている。心と制度のいずれか一方ではなく、どちらも備わり、しかもそれが実行されて初めて政治は真に民を救うものとなる。


目次

原文(ふりがな付き)

孟子(もうし)曰(いわ)く、
離婁(りろう)の明(めい)、公輸子(こうじゅし)の巧(こう)も、規(き)を以(も)てせざれば、方員(ほういん)を成(な)すこと能(あた)わず。
師曠(しかん)の聡(そう)も、六律(りくりつ)を以てせざれば、五音(ごおん)を正(ただ)すこと能わず。
堯舜(ぎょうしゅん)の道(みち)も、仁政(じんせい)を以てせざれば、天下(てんか)を平治(へいち)すること能わず。
今(いま)、仁心仁聞(じんしんじんぶん)有(あ)りて、而(しか)も民(たみ)其(そ)の沢(たく)を被(こうむ)らず、後世(こうせい)に法(のり)るべからざる者(もの)は、先王(せんのう)の道(みち)を行(おこな)わざればなり。
故(ゆえ)に曰(い)わく、徒善(とぜん)は以(もっ)て政(まつりごと)を為(な)すに足(た)らず。徒法(とほう)は以て自(みずか)ら行(おこな)わるること能わず、と。
詩(し)に云(い)う、「愆(あやま)らず忘(わす)れず、旧章(きゅうしょう)に率(したが)い由(よ)る」と。先王の法(のり)に遵(したが)いて過(あやま)つ者は、未(いま)だ之(これ)有(あ)らざるなり。


注釈

  • 離婁(りろう):黄帝時代の伝説上の人物。極めて視力が優れていたとされる。
  • 公輸子(こうじゅし):名匠・魯班の別名。手先の技術に長けていた。
  • 規(き):コンパスや定規。ものを測る基準。
  • 方員(ほういん):「方」は四角、「員(円)」は丸。物の形の正しさを指す。
  • 師曠(しかん):春秋時代の晋の音楽師。聴覚の優れた人物とされた。
  • 六律(りくりつ):古代中国の音階の基準となる調子笛。
  • 仁政(じんせい):人に対する思いやりに満ちた政治。
  • 徒善(とぜん):心が善くとも、それだけで終わっていること。
  • 徒法(とほう):制度だけあって、実行力や中身が伴っていないこと。
  • 旧章(きゅうしょう):先王から伝わる法や制度。

原文

孟子曰、離婁之明、公輸子之巧、不以規矩、不能成方圓。師曠之聰、不以六律、不能正五音。堯舜之道、不以仁政、不能平治天下。今有仁心仁聞、而民不被其澤、不可法於後世者、不行先王之道也。故曰、徒善不足以為政、徒法不能以自行。詩云、不愆不忘、率由舊章。遵先王之法而過者、未之有也。


書き下し文

孟子曰(いわ)く、離婁(りろう)の明(めい)、公輸子(こうしゅし)の巧(たくみ)、規矩(きく)を以(も)ってせざれば、方圓(ほうえん)を成(な)すこと能(あた)わず。
師曠(しかう)の聰(そう)、六律(りくりつ)を以てせざれば、五音(ごおん)を正(ただ)すこと能わず。
堯舜(ぎょうしゅん)の道も、仁政(じんせい)を以てせざれば、天下を平治(へいち)すること能わず。
今、仁心(じんしん)・仁聞(じんぶん)有(あ)りて、而(しか)も民(たみ)其(そ)の澤(たく)を被(こうむ)らず、後世(こうせい)に法(のり)るべからざる者(もの)は、先王(せんのう)の道(みち)を行(おこな)わざればなり。
故(ゆえ)に曰く、徒(いたず)らに善(ぜん)なるは以て政(まつりごと)を為(な)すに足(た)らず。徒(いたず)らに法(のり)あるも以て自(おの)ずから行(おこな)わるること能(あた)わず、と。
詩に云(い)う、「愆(あやま)らず、忘れず、旧章(きゅうしょう)に率(したが)い由(よ)る」と。先王の法に遵(したが)いて過(あやま)つ者は、未(いま)だ之(これ)有(あ)らざるなり。


現代語訳(逐語/一文ずつ)

  • 離婁のような視力が優れた人も、定規やコンパスを使わなければ正確な四角や円を描くことはできない。
  • 公輸子(名工)ほどの技巧をもってしても、基準具なしでは正しい形を作れない。
  • 師曠のような聴覚を持つ音楽家でも、音律の基準がなければ正しい音を奏でられない。
  • 堯や舜のような聖王でも、仁政を施さなければ天下を治めることはできない。
  • 今、どんなに仁愛の心を持ち、美徳を謳われても、民衆がその恩恵を受けられず、後世に模範とされないのは、先王の道を実行していないからである。
  • だから、「ただ善意だけでは政治はできず、法(制度)だけでも自然に行われることはない」というのだ。
  • 『詩経』にも「過ちなく、忘れず、古の制度に則る」とあり、先王の法を守って過った者など、いまだかつていない。

用語解説

  • 離婁(りろう):伝説上の視力の非常に優れた人物。
  • 公輸子(こうしゅし):名匠「公輸盤」のこと。精緻な道具を作ったとされる。
  • 規矩(きく):コンパス(規)と定規(矩)。測定の基本道具。
  • 方圓(ほうえん):四角と円、つまり正確な形。
  • 師曠(しかう):春秋時代晋の盲目の音楽家、聴覚の象徴。
  • 六律(りくりつ):音楽の音律、音の基準。
  • 五音(ごおん):中国古代音楽の基本五音(宮・商・角・徴・羽)。
  • 仁心仁聞(じんしん・じんぶん):慈しみの心とそれにまつわる評判。
  • 徒善(とぜん):善意だけで行動すること。
  • 徒法(とほう):法や制度だけに頼ること。
  • 舊章(きゅうしょう):昔の制度、前例。

全体の現代語訳(まとめ)

孟子は言った:

「どんなに優れた才能を持っていても、基準がなければ成果は出せない。
視力がどれほど鋭くても、定規やコンパスがなければ形を整えることはできず、
耳がどれほど良くても、音律の基準がなければ正しい音は奏でられない。
堯や舜といった聖人でも、仁政を行わなければ天下を治めることはできない。

今、仁愛の心や立派な名声があっても、民が恩恵を受けられず、後の時代に模範とされないのは、
先王の道を実行していないからである。

だから、善意だけでは政治は成り立たず、制度だけでは自然には機能しないのだ。
『詩経』も言う──過ちをせず忘れることなく、古の制度に倣うべし。
先王の法を守って過ちを犯した者など、かつていないのだ。」


解釈と現代的意義

この章句は、以下のような大切な原則を説いています:

  1. 「基準なき能力は無力である」
     どれほど個人の能力が優れていても、社会的基準や規範がなければ活かせない。
  2. 「政治は“心”と“制度”の両輪」
     善意だけでは成果が出ないし、制度だけでは機械的になる。実践的な政治には両方が必要。
  3. 「過去の知恵と制度に学ぶことの重要性」
     先人の知恵や成功した制度を軽視せず、それを尊重することで誤りを避けられる。

ビジネスにおける解釈と適用

1. 能力主義の限界──ルールなき才能は危うい

  • どんなに優秀な人材でも、共通の評価基準や業務フローがなければ、組織として成果を出せない。
  • 「自由にやらせているから良い」ではなく、「基準に沿った自由」が生産性を高める。

2. “善意”だけのマネジメントでは成果は出ない

  • 「部下思い」や「優しさ」だけで組織は運営できない。
  • 明文化された規則・責任・仕組みといった制度と、マネージャー自身の人格が融合して初めて機能する。

3. 過去の成功モデルを踏襲しつつ、現代に合う形に再構築する

  • 歴史ある仕組みや先輩たちの経験則を活かす姿勢が、安定と信頼を生む。
  • 「革新は大切だが、先例無視の改革は危うい」──これは組織運営の鉄則。

ビジネス用心得タイトル

「善意だけでは成果は出ない──“心と制度”の両輪で動かす組織」



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