高級品に絞ることで企業イメージを高める
倒産した高級釣竿メーカーF社の教訓を考えてみよう。F社の釣竿は、釣りマニアにとって憧れの的であり、F社の釣竿を持っているだけで釣り仲間に一目置かれる存在だった。
釣りマニアという固定層の顧客を抱え、高収益を誇っていたF社が破綻した原因は、安価な製品を発売したことにあった。
高級品に絞ることで、企業イメージは大きく高まる。F社がかつて釣りマニアに支持されたように、特定層にとっての「憧れ」や「ステータス」として位置づけられることで、ブランドの価値と信頼が向上する。
しかし、F社が安価な製品に手を広げたことでブランドイメージが崩れ、破綻に至った。この事例は、高級路線を貫くことがいかに重要かを示している。
その安物にF社の銘を大量に打って売り出した結果、F社の評価は一気に地に落ちてしまった。それにより、本来の高級品を求める顧客がすべて離れてしまい、高級ラインの売上が急激に止まってしまったのである。
一方で、大量生産や大量販売の経験がなかったF社は、低コストでの生産もできず、安価品市場での激しい競争にも対応できなかった。
結果として、安物の売上も全く伸びず、高級品も売れないという状況に陥った。こうして会社が持ちこたえられるはずもなく、F社は倒産に至ったのである。
T社は家庭雑貨メーカーで、その商品は優れた品質で知られていた。T社長はさらに売上を伸ばそうと、安価な商品を発売する計画を立てたが、それを聞いた代理店の社長が「商品のイメージを壊すからやめたほうがよい」と忠告し、この計画は見送られることになった。
T社長にとって、信頼できる代理店があったのは幸運であった。
Y社は売場面積四百坪の地方都市のスーパーで、赤字が続き「どうしていいかわからないので助けてほしい」という依頼があった。
これは大変だと思い、日程を無理に調整して駆けつけたが、すでに手遅れであった。手遅れとは、資金が尽きかけているということだ。私が赤字の企業に伺う際、まず最初に確認するのは「資金があとどれだけ持つか」という点である。
いくら急いで対策を講じても、翌日からすぐに効果が出るわけではない。少なくとも四か月、理想を言えば六か月は持ちこたえるだけの資金が必要だ。
しかし、Y社の場合、どう工面しても資金はあと二か月分しか残っていなかった。せめて半年前に声をかけてもらえていれば、と悔やんでも後の祭りである。
Y社はもともと売場面積六十坪ほどの洋品店で、高級品に絞って上流社会や富裕層の固定客をしっかりとつかみ、高収益を上げていた。
その地域では、Y社の包装紙がついた贈り物はどこへ出しても誇れるものであり、誰もが安心して贈ることができるほどの信頼を得ていた。
ところが、資金ができたのを機に、Y社は売場を四百坪に拡張し、スーパー業態に乗り出した。それまでの高級洋品店は一転してスーパーに変身し、従来の高級品を求める顧客は完全に離れてしまった。
さらに、スーパーの経営法が分からず、経験のある社員をスカウトして全てを任せたものの、経営は悪化の一途をたどり、ついに倒産寸前に追い込まれてしまった。
Y社はスーパーの建物を売りに出し、どうにか経営を立て直したいと助けを求めてきた。これは大変だと思い、無理に日程を調整して駆けつけたが、すでに手遅れだった。
手遅れというのは、資金が尽きかけており、持ちこたえる余裕がなかったということである。
赤字の会社に伺う際、私がまず確認するのは「資金がどれだけ持ちこたえるか」という点である。どんなに迅速に手を打っても、効果が翌日から現れるわけではない。最低でも四か月、できれば六か月分の資金がなければ、立て直しは非常に難しいものだ。
Y社はスーパーの建物を売却し、どうにか倒産だけは免れた。これがせめてもの救いであった。
以上の二つの例は、企業イメージがいかに重要かを示している。自社の強みである企業イメージを自覚せず、「もっと事業を拡大したい」という安易な発想だけで、十分な検討もなく安物市場に手を出してしまった結果が招いた失敗である。
そして結果的に失敗に至ったのである。「高級品では数が出ない。数多く売れるのは安物だ」という考え方には、私も何度も直面してきた。むしろ、こう考えない人のほうが極めて少数派と言えるほどである。
こうして多くの会社が安物市場に殺到し、百の需要に対して二百の供給という過当競争が生まれる。この結果、さらに価格を下げなければ売れなくなり、「コストダウンこそ企業繁栄の鍵である」といった定説(?)が形作られていくのである。
そして、能率向上や合理化、設備投資といったお決まりのコースをたどった結果、企業は最終的につぶれるか、つぶれはしないまでも、どうにもならない低収益企業に成り下がってしまうのである。
高収益で安定した経営は、安物では実現できない。安物には他と差別化できる特色が持てないからである。
自社の特色を明確にし、これを強みとしてしっかりと守り抜くことこそが、高収益で安定した経営を実現する鍵である。そのための第一の要素は高級品への特化であり、もう一つは一品料理や少量生産のように、限定された分野での差別化である。
御幸毛織、ユニオン製靴、牧野フライスなどの企業は、いずれも最高級品または高級品に特化することで成功を収めている。
「ハンドバッグと靴のアンサンブル」で知られる兼松は、社長自らがオリジナルデザインに心血を注ぎ、店舗全体の雰囲気も徹底したハイセンスで統一している。
これらの企業は、社長が企業イメージの重要性を深く理解しており、高級品に特化するという方針を一切揺るがすことなく貫いている。
S社は軽金属製の門扉メーカーで、価格帯は三万〜五万円と低価格だったため、業績は振るわなかった。
私は、「低価格の量産品をいくら作っても、価格競争に巻き込まれるだけで状況は決して改善しない。それに対し、高価格帯の門扉であれば競争も少なく、高収益も期待できる。まずは10万円〜20万円の門扉を低価格品と並行して生産し、売れ行きを見ながら低価格品を減らし、高価格品を増やしていくべきだ。さらに重要なのは、社長自らが大工や工務店を直接訪問し、販売促進に努めることだ」と勧告した。
社長が直接お客様を訪問して分かったのは、高価格品では既製品よりも圧倒的に注文品の需要が多く、しかもそのような製品を作ってくれるところがほとんどないため、顧客が困っているということだった。これはまさに市場の空白地帯であった。高価格品には多くの分野でこうした特注需要が見られる傾向があるのだ。
S社はたちまち注文品の生産で大忙しとなり、業績は一気に好転した。価格帯も次第に上がり、中には一面100万円を超える製品もあった。この高収益事業を基盤に、S社は外壁部品やその他の建材分野へと事業を拡大することができたのである。
K社は、ステンレス製シンク(流し台)の加工業を営んでおり、一般住宅向けの低価格な規格品を扱っていたため、低収益に悩まされていた。
K社長からの相談に対し、私は次のように返答した。「量産品だけでは高収益を実現するのは難しい。生産性の向上と低価格化の競争が延々と続くだけだからだ。
もし社長が高級化を目指す意志があるのなら、高級な厨房用品セット(今で言うシステムキッチン)に取り組んでみてはどうか。
よく考えて決心がついたなら、社長自ら現在のシンクの取引先を訪ねて、この話を持ちかけてみてください」と伝えた。
K社長が先方にこの提案を持ちかけると、相手の会社では「これまで頼めるところがなくて困っていた」と大喜びし、話は即座にまとまったという。
それから一年後にK社長にお会いした時には、既に一日一セットのペースで売れるようになっていたという。何しろ一セットが100万円以上で、収益性も低価格品に比べてはるかに高く、順調な成果を上げていたのである。
鉄骨メーカーのN社長から「新事業として木造住宅を手掛けたいが……」との相談があった。私は「低価格住宅ではなく、中級住宅を狙うのが良い」とアドバイスした。
N社長は当初、低価格住宅のほうが売れ行きが良いと考えていたが、私の説得で中級住宅へと方針を切り替えた。とはいえ不安があったため、試験的に二棟を建てることにした。もちろん「一倉思想」に基づいた設計を採用した。
結果は上々で、四人のお客様から「気に入った」と申し込みがあったが、建てたのは二棟だけだった。そのため、選に漏れた二人のお客様から「なぜ二棟しか建てなかったのか」と厳しく叱られる事態となってしまった。
N社長はこの成功で大いに自信をつけた。多くの中小企業経営者は「低価格でよく売れる商品が有利だ」と考え、そうした分野に乗り出すことが多いが、実際にはこれが過当競争を招く原因になっているのだ。
必然的に、中級品や高価格品に取り組む企業は少ない。そのため、このような市場に参入した中小企業は非常に有利な立場に立てる。需要はあるうえ、競争らしい競争がない。
さらに、市場規模が小さいことで大手の参入もほとんどなく、安全な市場とも言えるのである。
高級品(中級品を含む)や高価格品こそが、中小企業にとって最適な事業のひとつと言える。安全で競争も少なく、さらに高収益が期待できるうえに、大手の参入もほとんどないという好条件が揃っているのだ。
このような事業は「スキマ産業」とも呼ばれるが、私から言わせれば「盲点産業」である。外食産業でも、多品種展開と単品種特化に分かれるが、成功の確率が高いのは単品種特化のほうである。
単品種に特化することで、徹底的に味を追求できるため、顧客が求める「本物の味」を実現できる可能性が高くなるからである。
単品経営の方がはるかに有利であることを知っておくべきだ。これこそ他業種とは一味違うビジネス形態である。つまり、他の業種と異なり、斜陽化がないのである。
過去何千年もの間、さまざまな時代の変遷を経て生き残ってきたものであり、さらに新規参入もほぼ不可能な分野だからだ。
だから、料理研究家と称する人々が研究した「新商品」は、成功した試しがない。外食産業で生き残る道は、新商品開発の幻想にとらわれるのをやめ、長い年月を経て生き残ってきた料理の中から一品を選び、一意専心で「うまい味」を追求することだ。この道をひたすらに進むことこそ、成功の唯一の秘訣であると心得るべきである。
もちろん、清潔さや衛生管理、店の雰囲気、そして人的サービスへの配慮も忘れてはならない。これらの条件を十分に満たした上での話であることは言うまでもない。
1. ブランドイメージの維持と強化
- 高級品に絞ることで、顧客に対して「品質が高く、信頼できる」というイメージが確立されます。たとえば、倒産したF社の事例では、高級釣竿ブランドとして確立していたのに、安価な商品を発売したことで信頼が失われ、高級志向の顧客層が離れた結果、収益が激減しました。
2. 独自性と競争優位の確保
- 競合が少ない高級市場や隙間市場(ニッチ)に参入することで、競争が激化する低価格市場とは異なる安定収益を実現できます。S社の門扉事業やK社のシステムキッチンの事例では、高価格で高品質な製品に特化することで顧客のニーズに応え、収益性を大幅に向上させました。
3. 競争が少ない市場の選択
- 高級品市場は参入障壁が高く、大手も進出しづらいため、過当競争を避けることができます。中小企業はこれによって、安定した顧客基盤を築き、リピーターや固定顧客を獲得することが可能です。
4. 市場の絞り込みと多様なラインナップ
- 企業は品種を絞り、特定のカテゴリーにおいて多様な選択肢を提供することで、顧客にとって魅力的な選択肢を増やすことができます。たとえば、アクセサリーやスパゲッティなど、単一の商品に特化しながらも豊富なバリエーションを持つことで、顧客は選択肢に満足しやすくなります。
5. 高品質と高価格の追求
- 高級品市場では、高品質が期待されているため、顧客の満足度が高く、単価も高いため利益率が向上します。この方針は、収益の安定をもたらし、ブランドの信頼をさらに強固なものにします。
6. 過当競争の回避
- 安価な商品を大量に販売しようとする競争に巻き込まれず、持続的な収益を見込むことができるため、企業の安定経営を図ることができます。こうした市場では、価格よりも価値や品質を重視する顧客層が存在するため、競争の激しい価格下落圧力から免れやすくなります。
教訓と戦略の要点
- 高級品や特定のニッチ分野に絞り、専門性を発揮することで、企業は持続的な高収益を実現できる可能性が高まります。
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