全国展開を目指す前に地元市場での地盤を固めるべきだという明確な方針のもと、J社は「蛇口作戦」を開始した。この戦略の第一歩として、J社が本社を構えるK市限定で、地元市場に全力を注ぐ体制を整えた。「蛇口作戦」とは、まるで蛇口を開けるように、地元での販売の流れを強力に押し出すことを狙いとしたものである。
当初、J社のリソースには限りがあり、営業活動に充てられるセールスマンの数も十分ではなかった。そのため、全国を視野に入れる余裕はなく、まずは地元での圧倒的な市場占有率の確立を目標とした。
「弱者の戦略」とターゲティングの工夫
J社が置かれていたのは、業界第4位という立場。市場での競争力を考慮した場合、無差別に攻めるのではなく、ターゲットを絞る必要があった。そこで、あえて一流のデパートや有力納入業者を外し、競合の手が十分に届いていない「二流どころ」の業者をターゲットとする方針が採用された。競争が激化していない分野で信頼を築き、徐々に地元市場での存在感を高める狙いだった。
定期的な巡回訪問を通じてこれらの「蛇口」に接点を持つことで、販売ルートを着実に開拓する作戦が始動した。
社長自ら動く──現状の課題を直視
最初に巡回訪問を始めたのは、J社の社長自身だった。その活動を通じて浮き彫りになったのは、既存の流通ネットワークが十分に機能していないという現実だった。メーンディーラーのセールスマンは、J社のターゲットである二流業者をほとんど訪問しておらず、実質的に見過ごされている状態だった。これにより、J社の商品が適切に流通していない原因が明確になった。
この状況を目の当たりにした社長は、腹を括った。「自社の商品は自分たちで売らなければならない」という信念のもと、専任セールスマンを配置し、二流業者を対象とした定期訪問を即座に開始する決断を下した。
「定期訪問」を巡る葛藤と社長の覚悟
セールスマンを専任させる際、社長は「売上は二の次だ。まずは定期訪問を徹底し、信頼関係を築くことが大切だ」と説明した。しかし、これに対しセールスマンから反発が起きた。「セールスマンの役割は販売です。それを二の次だと言われては納得できません」との声が上がり、説得には困難が伴った。
それでも社長は諦めなかった。連日、夜遅くまでセールスマンを自宅に招き、「売上が上がらない責任は私が取る。君には責任を負わせない」と繰り返し語り続けた。こうした熱意と覚悟が、最終的にセールスマンの心を動かし、定期訪問の実行へとつながった。
意外な成果──信頼が生む販売の流れ
こうして始まった地道な巡回活動は、当初こそ目立つ成果を上げることはなかった。しかし、次第に状況が変わり始めた。理由はシンプルだった。他社のセールスマンがほとんど訪問していない市場に、J社のセールスマンが継続的に顔を出したことで、業者との信頼関係が深まったのだ。この差別化が、競合他社にはないJ社の強みとなり、やがて売上にもつながる結果を生んだ。
J社の「蛇口作戦」は、地元市場でのシェア拡大を実現し、さらに地元から全国へ展開する足がかりを築く重要な成功例となった。競合が手を抜いている分野で地道な努力を続けることの価値を、同社の取り組みが証明したのである。
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