物事を表面的に捉えず、根本から考えて行動せよ
宋牼(そうこう)は平和を訴える遊説家で、戦争を止めるために楚王と秦王に会うつもりで出発していた。
彼は戦争が国に不利をもたらすことを説いて、両国の王を説得しようとしていた。
孟子は彼に言う。
「先生の志は立派ですが、戦争が自国に不利をもたらすという点を理由にして説得しようとするのは、良い方法ではない」と。
孟子が指摘したのは、表面的な利益や不利益を理由にすることが、根本的な問題解決にはならないという点だ。
利益や不利益は一時的な観点に過ぎず、物事の根本的な価値や道理に基づいて説くべきだと孟子は強調している。
戦争を止めたいのであれば、**「戦争そのものの非道」や「人間らしい生き方を尊重すること」**を根本的に説くべきであり、短期的な利益や不利益にとらわれてはいけないという孟子の教えがここに表れている。
原文と読み下し
宋牼将に楚に之かんとす。孟子石丘に遇う。曰く、先生将に何くに之かんとする。
曰く、吾れ秦・楚兵を構うと聞く。我将に楚王に見えて、説いて之を罷めしめんとす。
楚王悦ばずんば、我将に秦王に見えて、説いて之を罷めしめんとす。二王のうち我将に遇う所有らんとす。
曰く、軻や請う。其の詳を問うこと無く、願わくは其の指を聞かん。
之を説くこと将に如何せんとする。曰く、我将に其の不利を言わんとす。
曰く、先生の志は則ち大なり。先生の号は則ち不可なり。
※注:
- 宋牼(そうこう):平和を訴える遊説家。孟子より年長とされる。
- 兵を構う(へいをかまう):戦争を始めようとする。ここでは「戦争の準備をする」という意味。
- 指(し):要旨。主題や要点を指す。
- 号(ごう):理由や名目。ここでは「戦争の不利益」という理由を指している。
『孟子』公孫丑章句下より
1. 原文
宋牼將之楚、孟子遇於石丘。曰、先生將何之。曰、吾聞秦楚構兵、我將見楚王、說而罷之。楚王不悅、我將見秦王、說而罷之。二王我將得見焉。
曰、軻也請、無問其詳、願聞其指。說之將何如。曰、我將言其不利也。
曰、先生之志則大矣、先生之號則不可。
2. 書き下し文
宋牼(そうこう)、将(まさ)に楚(そ)に之(ゆ)かんとす。孟子(もうし)、石丘(せっきゅう)に遇(あ)う。
曰(い)わく、「先生将に何くに之かんとするや。」
曰く、「吾(われ)、秦(しん)・楚(そ)兵を構(かま)うと聞く。我れ将に楚王に見(まみ)えて、説(と)きて之を罷(や)めしめんとす。楚王悦(よろこ)ばずんば、我れ将に秦王に見えて、説きて之を罷めしめんとす。二王のうち、我れ将に遇う所有(ところ)あらんとす。」
曰く、「軻(か)や請う。其の詳(しょう)を問うこと無く、願わくは其の指(し)を聞かん。之を説くに将に如何(いかん)せんとする。」
曰く、「我れ将に其の不利を言わんとす。」
曰く、「先生の志(こころざし)は則(すなわ)ち大なり。先生の号(ごう)は則ち不可なり。」
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 宋牼が楚に向かおうとしていた。孟子は石丘で彼に出会った。
→ 宋牼が楚の国に向かう途中、孟子と出会った。 - 孟子が尋ねる:「先生はどこへ向かわれるのですか?」
→ 旅の目的を問う。 - 宋牼が答える:「秦と楚が戦争をしようとしていると聞きました。私はまず楚王に会って説得し、戦争をやめさせたい。もし楚王が聞き入れなければ、今度は秦王に会って同様に説得するつもりです。どちらかの王には会えるでしょう。」
→ 戦争の回避を目指し、外交活動を試みようとしている。 - 孟子が言う:「細かい戦略は聞きません。その核心(指針)を聞きたい。どうやって説得するつもりですか?」
- 宋牼が答える:「私は彼らにとって戦争が“不利”であると説くつもりです。」
- 孟子が評する:「先生の志は非常に立派だが、その“主張の仕方(号)”はふさわしくない。」
4. 用語解説
- 宋牼(そうこう):儒者。理想主義的な外交を志す人物。
- 石丘(せっきゅう):地名。孟子と宋牼が出会った場所。
- 構兵(こうへい):戦争の準備を始めること。交戦。
- 説く(とく):言葉によって説得する。
- 罷む(やむ):中止させる、やめさせる。
- 詳(しょう):詳細。具体的な内容。
- 指(し):方針、要点、核心。
- 号(ごう):呼び名、評判、または主張の論点・名目を指すこともある(ここでは後者の意味)。
- 不利を言う:損得勘定に訴えるやり方。
- 志は大なり、号は不可:志は立派だが、訴え方(手段)が正しくない。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
宋牼が楚に向かおうとしているところで、孟子と出会う。
宋牼は「秦と楚が戦争を始めようとしている。それを止めるために、まず楚王を説得し、聞かなければ秦王を説得するつもりだ」と語る。
孟子は「細かい計画ではなく、その説得の核心を聞かせてほしい」と言うと、宋牼は「戦争は損だということを説く」と答える。
これに対して孟子は、「その志は立派だが、損得で説くのはよくない」と批評する。
6. 解釈と現代的意義
孟子はこの対話を通じて、「志と手段の一致の重要性」を強調しています。
宋牼の「戦争を止めたい」という志は確かに尊く、公益性がある。
しかし、「不利だからやめましょう」という損得勘定に訴えるのは、道徳的な説得とは言えず、根本的な“徳に基づく行動”ではないと孟子は考えます。
孟子の理想は、相手の心や道義に訴えることであり、功利的・利己的な動機付けでは、真の平和や倫理的な社会は築けないという哲学です。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
❖「志ある交渉にこそ、“理念”を語れ」
プロジェクト推進や提案の場で、「コスト削減になるから」「得をするから」という理由で動くと、相手にとっての納得は一時的になる。
本質的な価値や理念に訴えることが、長期的な信頼と協働につながる。
❖「戦略と理念のズレは、説得力を失う」
たとえば、「持続可能な社会を目指す」としながら、コスト削減のために環境負荷の高い手段を選ぶ――これは理念と手段の不一致。
孟子が批判したのは、このズレである。
❖「志が大きくとも、手段が誤れば評価されない」
熱意や理想は重要だが、それを表現する“言葉”や“方法”を誤れば、その価値は伝わらない。
伝え方・説得の仕方は、志と同じくらい大事である。
8. ビジネス用心得タイトル:
「理念を語れ、損得に逃げるな──“志と手段”の一致が信頼を生む」
この章句は、倫理的リーダーシップや交渉論、コミュニケーション研修にも非常に有効な題材です。
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