孟子は、君子が人を教育・指導するときの方法には、五つのやり方があると説いている。それは、人の違い、状況の違いに応じて、柔軟かつ深い配慮をもって導く方法である。
一、時雨のごとく教える
ちょうど良い時に降る雨が、自然に草木を潤すように、時機を見て穏やかに教え、人の心に染み渡るように導く教え方。
二、徳を育てて完成させる
各人が持っている善の素質(徳性)を見抜き、それを丁寧に育てて、立派な人格へと導く教え方。
三、才能を見出し、伸ばして成就させる
人それぞれの能力・個性に応じて適切に鍛え、活かしていく教え方。教育とは「同じにする」ことではなく、「違いを見抜き、引き出す」ことである。
四、問いに応じて答える
質問に対して適切に答え、理解を深める機会を与える教え方。これは対話による指導である。
五、私淑(ししゅく)と艾(がい)による教え
直接教えられないときには、立ち居振る舞いや人柄を通して教え、相手が見習いながら自らを修めるよう促す方法。これは間接的な、しかし深い影響を与える教え方である。
「孟子曰く、君子の教うる所以の者五あり。時雨の之を化するが如き者有り。徳を成さしむる者有り。財(=材)を達せしむる者有り。問に答える者有り。私淑艾せしむる者有り。此の五者は、君子の教うる所以なり」
君子とは、ただ知識を与える者ではなく、人の心・品格・能力・時機を見極め、その人が自ら成長できるように支える存在である。教育とは、心に寄り添い、その人の中にある“芽”を見つけて育てる営みである。
※注:
- 「時雨」…ちょうど良いときに降る恵みの雨。教えが自然に沁み込むたとえ。
- 「徳を成さしむる」…善性を育て、完成させる。
- 「財(材)を達せしむる」…その人の才能・能力を伸ばして成功に導く。
- 「私淑艾(ししゅくがい)」…直接教えずとも、人格や言行を通して人を感化し、内面から変えていく。
『孟子』尽心章句下より
1. 原文
孟子曰、君子之所以教者五:
如時雨化之者、成其德者、達其財者、答問者、私淑艾者、此五者、君子之所以教也。
2. 書き下し文
孟子曰く、君子の教うる所以の者、五つあり。
時雨の之を化するが如き者あり、其の徳を成さしむる者あり、其の財を達せしむる者あり、問に答うる者あり、私淑艾(ししゅくがい)せしむる者あり。
此の五者は、君子の教うる所以なり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「君子の教え方には五つの種類がある」
- 「時雨のように静かに人を感化する者」
→ 恵みの雨のように、自然と心に染み入り、人を導く教え方。 - 「徳を完成させるように助ける者」
→ 相手の内にある善を育て、徳として完成させる指導。 - 「財を通じて人を助ける者」
→ 物質面(経済的支援など)から教育を支える者。 - 「問いに答えて導く者」
→ 相手の疑問に応えながら、思考を助ける知的な対話型教育。 - 「私淑艾(ししゅくがい)する者」
→ 面と向かって教えなくとも、姿や言動を見て私的に感化され、影響を与える者。
4. 用語解説
- 時雨(じう):穏やかに降り、草木を潤す春の雨のこと。象徴的に「柔らかく人を感化する教育」を表す。
- 成其徳(その徳を成す):相手の中にある善性を伸ばし、人格的完成へと導くこと。
- 達其財(その財を達す):教育や生活を助けるために経済的援助をすること。
- 答問(とうもん):教えを乞う質問に丁寧に答える行為。学び合いの基本。
- 私淑艾(ししゅくがい):直接の師弟関係でなくとも、立派な人物に私淑し(慕い)、その姿勢を見習うことで自己修養すること。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子は言った:
「徳のある人物(君子)が人を教えるには、五つの方法がある。
まるで恵みの雨がしっとりと人の心を潤すように感化する者、
その人の徳を完成へと導く者、
経済的な支援を通じて成長を助ける者、
質問に答えて知を育てる者、
面と向かわずとも私的に感化する者、
この五つこそが、君子が人を教える方法である。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、「教育とは一方通行の押し付けではなく、人の性格・状況に応じた多様な接し方を用いるべきである」という孟子の教育観を示しています。
- 教育の手段は一つではない
知識伝達だけでなく、人格形成・経済的配慮・モデルとしての姿勢がすべて教育になる。 - 最も優れた教育は“感化”である
言葉ではなく、自然に変化を促すような“時雨の教育”が理想。 - 「私淑」こそ現代型ロールモデル教育
直接教わらずとも、「あの人のようになりたい」と思わせる存在が人を育てる。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「教え方は相手によって変えよ──“五つのリーダーシップ”」
- 時雨型:叱らず導く、背中で語るリーダー。
- 徳育型:人間的な成長を支えるコーチング型。
- 経済支援型:教育投資・研修支援・生活支援を惜しまない上司。
- 対話型:質問や対話を通じて学びを促すマネジメント。
- 私淑型:存在そのものが学びになる“模範的人材”。
✅ 「“教える”とは、感化・支援・対話の連動」
ビジネス教育も同様に、単なる制度や研修ではなく、日常の行動・価値観・文化が人を育てる。
✅ 「人は“見られて育つ”」
全社員が“見られている意識”を持つことで、無言の教育力が組織全体を強くする。
8. ビジネス用の心得タイトル
「教える力は五通り──語らずして人を動かす者、真の君子なり」
この章句は、教育者やリーダーとしての姿勢を深く問い直すものであり、**人を育てる者の“方法”と“あり方”**のバランスを説いています。
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