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断るべきときには、はっきりと断る――覚悟が人を動かす

魯の有力貴族である季氏(きし)は、孔子の弟子・閔子騫(びんしけん)を領地・費(ひ)の長官に任命しようと考え、使者を送った。

ところが、閔子騫はこの申し出に対し毅然とこう言い放った。

「私のために、どうかうまくお断りください。
もし、またこのような話があれば、私はこの国を離れて、汶川(ぶんせん)を越えてしまうでしょう」

これは、単なる辞退の言葉ではない。自らの志や信念に反する立場は、たとえ名誉や地位を伴っていても受け入れないという、強い意志の表明である。

閔子騫は、清貧を旨とし、物質的な報酬や権力よりも、自分の内なる倫理と調和を大切にした人物だった。
彼は政治的野心ではなく、「己の道を守ること」に価値を見出していた。

そして時には、あいまいな拒否ではなく、はっきりと断る覚悟が、相手にこちらの本気を伝える最も誠実な方法となる。
譲れぬ信念があるなら、それを貫く姿勢もまた「仁」のあらわれである。


ふりがな付き原文

季氏(きし)、閔子騫(びんしけん)をして費(ひ)の宰(さい)と為(な)らしめんとす。
閔子騫(びんしけん)曰(いわ)く、善(よ)く我(わ)が為(ため)に辞(じ)せよ。
如(も)し我(われ)を復(ふたた)びする者有(あ)らば、則(すなわ)ち吾(われ)は必(かなら)ず汶(ぶん)の上(ほとり)に在(あ)らん。


注釈

  • 季氏(きし):魯の権力ある大夫。孔子とも関わりのあった家系。
  • 閔子騫(びんしけん):孔子の高弟の一人。質素で道徳的な生き方を重んじた人物。
  • 費の宰(ひのさい):魯国の領地「費」の長官。権限と責任のある地位。
  • 汶の上(ぶんのほとり):汶水の向こう。斉の地。ここでは「国を離れる」「仕官しない覚悟」の象徴的表現。

1. 原文

季氏使閔子騫爲費宰。閔子騫曰、善爲我辭焉。如有復我者、則吾必在汶上矣。


2. 書き下し文

季氏(きし)、閔子騫(びんしけん)をして費(ひ)の宰(さい)と為(な)らしめんとす。
閔子騫、曰(いわ)く、「善(よ)く我(われ)が為(ため)に辞(じ)せよ。如(も)し我を復(また)びする者有(あ)らば、則(すなわ)ち吾(われ)は必(かなら)ず汶(ぶん)の上(ほとり)に在(あ)らん。」


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

  • 季氏、閔子騫をして費の宰と為らしめんとす。
     → 季氏(魯国の実力者一族)は、閔子騫に費の町の長官(宰)をやらせようとした。
  • 閔子騫曰く、善く我が為に辞せよ。
     → 閔子騫は言った。「私の代わりに、丁寧に断っておいてくれ。」
  • 如し我を復びする者有らば、則ち吾は必ず汶の上に在らん。
     → 「もしまた私を任命しようとする者がいれば、私は汶水のほとりに隠れてしまうだろう。」

4. 用語解説

  • 季氏(きし):魯国の大臣家で実権を握っていた有力氏族。
  • 閔子騫(びんしけん):孔子の高弟。品行方正、謙虚で清廉な人物。
  • 費(ひ):魯国に属する町の名。政治的な職務(宰=町長)を担う場所。
  • 宰(さい):地方長官。町や地域を統治・管理する役職。
  • 辞する:辞退すること。ここでは職務を固辞するという意味。
  • 汶(ぶん)の上:汶水(ぶんすい)の川辺。隠棲・隠遁の象徴として用いられる。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

魯国の権力者である季氏が、孔子の弟子・閔子騫に地方官として費の町の長官職を任せようとした。
それに対して閔子騫はこう言った。
「私の代わりに、丁寧にお断りしておいてください。
もしまた誰かが私にその役職を与えようとするなら、私は汶水のほとりに引きこもって、もう人前には出ません。」


6. 解釈と現代的意義

この章句は、閔子騫の高潔な人格と政治的慎み、あるいは信念に基づいた職務辞退の決意を表したものです。

  • 彼は権力欲や私利私欲に動かされることなく、「自らが望まぬ職には就かない」信念を貫いています。
  • また、当時の季氏の政治的在り方に不信や違和感があったと読み取ることも可能です。
  • 職位よりも生き方の美学を重視する姿勢は、現代にも強い示唆を与えます。

7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

● 「役職・肩書きよりも、“自分の信念”に従って生きる」

  • 昇進や役職が必ずしも「成功」ではない。信頼できぬ体制や理念に合わぬ組織であれば、受けるべきでない選択もある。

● 「本質的に貢献できないポジションは、あえて断る勇気を」

  • 自分の能力・志にそぐわない役割を断ることも、キャリア戦略の一環
  • 「損な役回り」や「名ばかりの地位」を避ける判断もまた、成熟したビジネス判断。

● 「心の逃げ場=“汶の上”を持つという発想」

  • 追い詰められたときのために、物理的・心理的に退ける場所(趣味・自然・学び)を持つことの大切さ

8. ビジネス用の心得タイトル付き

「地位より信念──断る勇気が、真の人格を育てる」


この章句は、**“権力に対する態度”や“自律したキャリア選択”**を考えるうえで示唆に富むものです。
リーダー研修や「断る力を鍛える自己主張トレーニング」などにも応用可能です。

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