孟子は、舜の姿を通して「大孝」とは何かを語った。
人は成長に応じて、慕う対象が親から恋人、家族、君主、名声や地位へと移ろう。
だが、舜はその生涯を通じて父母を慕い続けた。
帝堯がすべてを授けようとしても、どれほどの富貴や美女を得ても、それは舜の心の憂いを癒すものとはならなかった。
ただ、父母に受け入れられたいという思いだけが、舜の変わらぬ心であった。
原文と読み下し
帝(てい)、其の子九男(きゅうだん)二女(にじょ)をして、百官(ひゃっかん)・牛羊(ぎゅうよう)・倉廩(そうりん)を備(そな)え、以(もっ)て舜(しゅん)に畎畝(けんぼ)の中に事(つか)えしむ。天下の士、之(これ)に就(つ)く者多し。
帝、将(まさ)に天下を胥(あ)げて之を遷(ゆず)さんとす。然(しか)れども父母に順(したが)われざるが為(ため)に、窮人(きゅうじん)の帰(よ)る所無きが如(ごと)し。
天下の士の悦(よろこ)ぶは人の欲(ほっ)する所なり。而(しか)れども以て憂(うれ)いを解(と)くに足(た)らず。
好色(こうしょく)は人の欲する所なり。帝の二女を妻とすれども、以て憂いを解くに足らず。
富(とみ)は人の欲する所なり。天下の富を有(たも)てども、以て憂いを解くに足らず。
貴(たっと)きは人の欲する所なり。天子と為(な)れども、以て憂いを解くに足らず。
人の悦び、好色・富貴あるも、以て憂いを解くに足る者無し。惟(た)だ父母に順わるれば、以て憂いを解くべし。
人、少(わか)ければ則(すなわ)ち父母を慕(した)い、好色を知れば則ち少艾(しょうがい)を慕い、妻子(さいし)有れば則ち妻子を慕い、仕(つか)うれば則ち君(きみ)を慕い、君に得(え)ざれば則ち熱中す。
大孝(たいこう)は終身(しゅうしん)父母を慕う。五十にして慕う者は、予(われ)大舜に於(お)いて之を見る。
解釈と要点
- 舜の徳は、ただ形式的に親に仕えるものではなく、たとえ愛されずとも、真心から父母を慕い続ける「大孝」であった。
- 帝堯が舜にすべてを与えても、舜の心の満足には至らなかった。その唯一の鍵は、父母の承認だった。
- 通常、人は成長により親から関心が移るが、舜は老いても変わらず親を慕い続けた。
- **「五十にしても親を慕う者」**として、孟子は舜を人類の理想的な孝の象徴として讃えている。
注釈
- 帝(てい):帝堯。古代中国の理想的聖王。
- 畎畝(けんぼ):田野、田のあぜや溝のこと。舜が働いていた場所。
- 百官・牛羊・倉廩(ひゃっかん・ぎゅうよう・そうりん):官吏や資源など、あらゆる国家の富と人材。
- 窮人(きゅうじん):帰る場所のない困窮者に自らをなぞらえた表現。
- 少艾(しょうがい):若くて美しい女性。
- 熱中す:強くのめり込むさま。
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