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見せかけの善を憎み、真の常道に立ち返れ

本章は、「郷原(偽善者)」批判の完結篇であり、孔子・孟子の徳に対する厳格な姿勢と、人間観の深さが存分に表れた一節です。
特に、世間で“良き人”と称される者こそ、実は徳を損なう最も危険な存在であるという逆説的な指摘は、現代人にも痛烈な警告を与えます。


「原人」とは何者か?

公孫丑(=万章)は問います:

「町中の誰もが“あの人は原人(げんじん)だ、慎み深く、立派な人だ”と称賛する者を、
なぜ孔子は“徳の賊”とまで言うのですか?」

孟子の答えは明快です:

「それは、彼が“非(ひ)=非難される点がなく”、“刺(さ)=攻撃される隙もない”ように装っているからだ」

つまり、原人とは:

  • 流行に同調し、俗世にうまく合わせる。
  • 表面は忠信や清廉に見えるが、中身には道への真剣な志がない。
  • 人々はその表面だけを見て安心し、原人自身もそれで満足している。

「だが、こうした者は、到底、堯・舜の道――真に人倫を貫く“聖王の道”には入ることができない」

だからこそ孔子は、「郷原(原人)は**徳を乱す“賊”である」と断言するのです。


「似て非なるもの」を憎む、孔子の目

孔子が最も憎んだのは、「善を装い、真の徳を損なう者たち」でした。
孟子は、孔子の名言を引きながら、「似て非なるもの」の例を挙げます:

似ているが異なるもの実害の内容
莠(はぐさ)穀物の苗に似て、農を乱す
佞(ねい)義に似て、義を乱す
利口信に似て、信を乱す
鄭声(ていせい)正楽に似て、楽を乱す
紫(むらさき)正色である朱を乱す
郷原徳ある人に似て、徳を乱す最たる者

これらはすべて、「本物に似せた偽物」であり、
一見よく見えるが、実際には本質を損ねる最も危険な存在であるとされます。


解決の道 ― 君子は常道に立ち返る

では、どうすればこうした偽善が社会から消えるのか。
孟子の答えは一つ:

「君子は“経”に反るのみ」

“経”とは、万世不易の常道=倫理の根本、仁義礼智信の実践を意味します。

そして孟子は言います:

「その“経”が正しくなれば、庶民は自ずと興る。
庶民が奮い立ち、まっすぐな道に生きようとすれば、
郷原のような“邪慝”は存在し得なくなる」

これは、真に良い社会とは、上からの圧制でなく、
個々人の徳が育ち、庶民が自らの意思で立ち上がることによって成り立つ
という思想です。


引用(ふりがな付き)

「万子(ばんし/万章)曰(いわ)く、一郷(いっきょう)皆(みな)原人(げんじん)と称(しょう)す。往(ゆ)く所(ところ)として原人たらざる無し。
孔子(こうし)以(もっ)て徳(とく)の賊(ぞく)と為(な)すは、何(なん)ぞや。
曰く、之(これ)を非(ひ)とせんに挙(あ)ぐべき無(な)く、之を刺(さ)さんに刺るべき無し。
流俗(りゅうぞく)に同(おな)じくし、汙世(おせい)に合(がっ)す。居(お)ること忠信(ちゅうしん)に似(に)たり、行(おこな)うこと廉潔(れんけつ)に似たり。
衆(しゅう)皆(みな)之を悦(よろこ)び、自(みずか)ら以(もっ)て是(ぜ)と為(な)すも、而(しか)も与(とも)に堯(ぎょう)・舜(しゅん)の道(みち)に入(い)るべからず。故(ゆえ)に徳の賊と曰うなり」


パーマリンク(英語スラッグ)

false-virtue-corrupts-truth

「偽の徳こそが真の徳を損なう」という孟子・孔子の根本思想を表現したスラッグです。他の案:

  • pretend-goodness-is-evil
  • disguise-of-morality
  • fake-virtue-falls-short

この章は、現代の「偽善」「無責任な善意」「人気取りの道徳」などを痛烈に批判する観点としても非常に重要です。

目次

1. 原文

萬子曰、一鄕皆稱原人焉、無所往而不爲原人、孔子以爲德之賊、何哉。
曰、非之無擧也、刺之無刺也、同乎流俗、合乎汙世、居之似忠信、行之似廉潔、衆皆悅之、自以爲是、而不可與入堯・舜之道、故曰德之賊也。
孔子曰、惡似而非者、惡莠、恐其亂苗也、惡佞、恐其亂義也、惡利口、恐其亂信也、惡鄭聲、恐其亂樂也、惡紫、恐其亂朱也、惡鄕原、恐其亂德也。
君子反經而已矣、經正、則庶民興、庶民興、斯無邪慝矣。


2. 書き下し文

万子(ばんし)曰(いわ)く、一郷(いっきょう)皆(みな)原人(げんじん)と称(しょう)す。
往(ゆ)く所(ところ)として原人たらざる無し。孔子(こうし)以(もっ)て徳(とく)の賊(ぞく)と為(な)すは、何(なん)ぞや。
曰く、之(これ)を非(ひ)とせんに挙(あ)ぐべき無(な)く、之を刺(さ)さんに刺るべき無し。
流俗(りゅうぞく)に同(おな)じくし、汙世(おせい)に合(がっ)す。
之に居(お)ること忠信(ちゅうしん)に似(に)たり、之を行(おこな)うこと廉潔(れんけつ)に似たり。
衆(しゅう)皆(みな)之を悦(よろこ)び、自(みずか)ら以て是(ぜ)と為(な)すも、而(しか)も与(とも)に堯(ぎょう)・舜(しゅん)の道(みち)に入(い)るべからず。
故(ゆえ)に徳の賊と曰うなり。

孔子曰く、似(に)て非(ひ)なる者を悪(にく)む。
莠(ゆう)を悪むは、其(そ)の苗(なえ)を乱(みだ)るるを恐(おそ)るればなり。
佞(ねい)を悪むは、其の義(ぎ)を乱るを恐るればなり。
利口(りこう)を悪むは、其の信(しん)を乱るを恐るればなり。
鄭声(ていせい)を悪むは、其の楽(がく)を乱るを恐るればなり。
紫(むらさき)を悪むは、其の朱(しゅ)を乱るを恐るればなり。
郷原(きょうげん)を悪むは、其の徳を乱るを恐るればなり。

君子(くんし)は経(けい)に反(かえ)るのみ。経正(ただ)しければ、則(すなわ)ち庶民(しょみん)興(おこ)る。庶民興れば、斯(ここ)に邪慝(じゃとく)無し。


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

  • 万子は言った:「ある村では、皆が“あの人は模範的な人物(原人)だ”と称賛している。どこへ行っても、原人と呼ばれないことがない。その人物を孔子が“徳の賊”とまで呼んだのはなぜか?」
  • 孟子は答えた:「非難しようにも、具体的に責めるところがなく、批判しようにも的がない。
     世俗と調和し、汚れた時代に迎合している。
     一見すると忠実で信義に厚く、行いも清廉に見える。
     人々は皆彼を好み、本人も正しいと思っている。
     しかし、そのような人は堯や舜のような道に進むことができない。
     だから孔子は“徳の賊”と呼んだのだ。」
  • 孔子は言った:「私は、“似て非なる者”を嫌う。
     莠(雑草)を嫌うのは、稲苗を乱すから。
     佞(こびへつらい)を嫌うのは、義を乱すから。
     口達者を嫌うのは、信を乱すから。
     鄭声(流行音楽)を嫌うのは、音楽の調和を壊すから。
     紫を嫌うのは、朱(赤)という基準色を曖昧にするから。
     郷原を嫌うのは、徳を乱すからである。」
  • 「君子は、経(道理・根本)に立ち返ることが大切だ。
     その経が正しければ、庶民は自ずと目覚め、
     庶民が目覚めれば、悪は根絶される。」

4. 用語解説

  • 原人(げんじん):郷(村)で「善人」と評判の者。だが本質的な誠実さや徳の深さが欠けている場合もある。
  • 徳の賊(とくのぞく):真の徳を装って、かえって徳の価値を貶める者。
  • 佞(ねい):口が達者で人にこびること。表面的な礼儀の裏に、誠意がない。
  • 利口(りこう):話術に長けているが、信義がない者。
  • 鄭声(ていせい):当時の流行音楽で、感情を刺激し徳を損なうと考えられていた。
  • 莠(ゆう):稲に似ているが有害な雑草。外見は似ているが本質が異なる例え。
  • 経(けい):物事の根本的な道理・原則。
  • 邪慝(じゃとく):不正・邪悪な心や行動。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

万章が問うた。「ある村で皆が“あの人は立派な善人だ”と褒めている。その人物をなぜ孔子は“徳の賊”と断じたのか?」

孟子はこう答えた:

「そのような人は、批判しようにも欠点が見つからず、
 世間と調和し、汚れた時代に迎合して、
 一見、忠実で誠実に見える。
 しかし実際には、真の徳がない。
 そのような人物は、聖王・堯や舜の道を歩むことができない。」

孔子はこう言った。

「私は“似て非なる者”を嫌う。
 それは混乱を引き起こすからだ。
 だから、見た目は善人でも内実のない“郷原”こそ、
 徳の破壊者として最も忌むべき存在である。」

そして、真の君子は、常に根本(=経)に立ち返り、
そこに立脚することで、世の中を良くしていくのだ。


6. 解釈と現代的意義

この章句は、「形式だけの善人・評価されることに特化した人間像」の危険性を明示しています。

  • 一見立派に見えても、**信念や判断基準が曖昧な“良い人”**は、真のリーダーシップや改革を担えません。
  • 「非難されない人」=「優れた人」ではない。むしろ、迎合ばかりで不正に声を上げない人間は、組織や社会を腐らせる。
  • 孔子・孟子が共に警戒する「似て非なる者」は、徳や価値を外見だけで模倣する欺瞞者のことです。

7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

「“欠点のなさ”より“信念の深さ”を見よ」

  • 全方位に無難な人は、意思決定で責任を取らず、リスクを取って変革する力を持たない。
  • 真に信頼すべきは、時に反対されても、自らの価値観に基づいて行動する人物

「“良い人”と“正しい人”は別物」

  • 顧客や上司に“好かれる”ことを最優先にするのではなく、原則に立った対応を貫く人が、長期的に信用を築く。

「組織文化を乱す“似て非なる人”への警戒」

  • モラルや理念を表面的に取り入れて振る舞うが、実際には利己的・責任回避型の人材が増えると、文化が劣化する
  • 形式ではなく、「経=原理原則」に基づいた教育・評価が重要。

8. ビジネス用の心得タイトル

「“非難されない人”が正しいとは限らない──徳を装う賊を見抜け」


この章句は、道徳や信頼の“本質”を問い直す鋭い警句です。

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