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忠義の仮面をかぶった讒言は、国を腐らせる

—正しさを装う者にこそ、真の害あり

人を誣告し、謗(そし)っては正義を語る者がいた。太宗の御前に何度も召される御史、権万紀と李仁発。彼らは忠誠の名のもとに、根拠なき糾弾を繰り返し、太宗の怒りを煽り、多くの有能な官僚がその冤罪に怯えた。

魏徴はこれを諫め、「小人に大事を任せてはなりません」と進言した。真の忠臣は正道を歩む者であり、悪を告げる者の声が大きくなれば、善良な者は身を潜め、政道は乱れる。太宗はこれを受け入れ、二人を処分し、朝廷に安堵が戻った。


原文(ふりがな付き引用)

「權萬紀(けんばんき)・李仁發(りじんぱつ)は並(なら)びに小人(しょうじん)にして、大体(たいたい)を識(し)らず。
譖毀(しんき)を以(もっ)て是(ぜ)と為(な)し、訐(あば)くを以(もっ)て直(ちょく)と為(な)す。

陛下(へいか)、姦(かん)を狎(な)れて信(しん)ずれば、以(もっ)て小(しょう)を謀(はか)りて大(だい)を為(な)すべからず。
羣臣(ぐんしん)は素(もと)より矯僞(きょうぎ)無し。空(むな)しく臣下(しんか)をして心(こころ)を離(はな)れしむ。

玄齡(げんれい)・亮(りょう)といえども、其(そ)の枉直(おうちょく)を伸(の)ぶるを得(え)ず。
況(いわ)んや其(そ)の餘(あま)りの疎賤(そせん)なる者(もの)をや。孰(たれ)か其(そ)の欺罔(ぎもう)を免(まぬが)れん」


注釈

  • 譖毀(しんき):根拠のない誹謗や中傷。
  • 訐(あば)く:他者の悪事を暴くふりをして、虚偽を告げること。
  • 矯僞(きょうぎ):うわべを飾り、偽りの姿で忠誠を装うこと。
  • 枉直(おうちょく):曲げられた真実と正しさ。
  • 疎賤(そせん):身分が低く、皇帝に近づきにくい者。

教訓の核心

  • 声の大きさや過激さを「忠」と勘違いすれば、正しき者は沈黙する。
  • 小人の進言は、民を欺き、主君の徳を損なう。
  • 為政者は、忠義の仮面をかぶった讒言に惑わされてはならない。
  • 真の諫言とは、正義と理に基づくもの。正しさを装う言葉には、見極めが要る。

以下に『貞観政要』より、貞観五年──譖言を行った御史に対する魏徴の諫言について、指定の構成に基づいて丁寧に整理いたします。


目次

『貞観政要』より

貞観五年──小人の譖言を斥け、諫臣の正義が貫かれた事例


1. 原文:

貞觀五年、治書侍御史の權萬紀および侍御史の李仁發は、共に人を訐(あば)き、讒(そし)ることを常とし、
たびたび引見を賜り、皇帝の信任を受けて、任意に人を糾弾した。
そのため、上(皇帝)はしばしば怒り、臣下は不安を抱いていたが、誰もこれを諫める者がいなかった。

給事中・魏徴、正色して奏した:

「權萬紀・李仁發は共に小人であり、大義を弁えず、誹謗中傷を正義とし、訐(あば)くことを忠直と勘違いしております。
これまでの糾弾は、すべて正当な罪に基づいたものではありません。

陛下が彼らの短を覆い、全てを受け入れてしまったため、彼らは奸計を巡らし、下には取り入り、上を欺き、
礼儀を失って強直の名を得ようとしているのです。

房玄齡を誣(し)え、張亮を排斥し、礼も義も無視し、ただ帝の明察を損なうばかり。
路傍の人々までがその行いを非難しております。

臣は陛下の御心を推し量るに、深謀遠慮からではなく、彼らの“遠慮なき直言”をもって群臣を律するためと存じます。
しかし、奸邪を用いては大事を図れません。

群臣はみな矯飾せずに仕えてきましたが、今や心を離れんとしています。
玄齡・張亮のような重臣がその訴えを伸べることもできぬ状況にあっては、下位の者がどうして欺罔から逃れ得ましょうか。

願わくは陛下、どうか熟慮を重ねられますよう。
もしこの二人に徳政の一端でもあるなら、臣は斧鉞に伏して不忠の罪を甘受いたします。

陛下が善を挙げて徳を崇められぬとしても、奸邪を用いて自らを損ねることだけはなさらぬよう願います。」

太宗はこの諫言を喜んで受け入れ、魏徴に絹五百匹を賜った。
その後、權萬紀の悪事が明るみに出て、李仁發も解任され、權萬紀は流罪となった。
朝廷は皆これを慶賀した。


2. 書き下し文:

貞観五年、治書侍御史・權萬紀と侍御史・李仁發は共に、訐譖(けつしん)・誹謗を常とし、
たびたび上奏を許されて、思うがままに人を彈劾した。これにより、皇帝はたびたび怒りを顕し、
臣下は不安に包まれたが、誰も諫言する者はいなかった。

給事中・魏徴、正色して奏す:

「萬紀・仁發は共に小人にして、大体を知らず。譖毀を是とし、訐直を真と為す。
彈射のごときは、いずれも罪なき者を責むるなり。

陛下は彼らの短を覆い、すべてを容れられた。よって奸計をめぐらし、下に附(つ)きて上を欺き、
多くの無礼を行い、強直の名を取らんとす。

玄齡を誣え、張亮を排し、礼を失い、義を忘れ、ただ陛下の明を損ずるのみ。
道行く者までも謗りを興すなり。

臣、恐らくは、陛下が深慮遠謀にして任じられたに非ず。
無遠慮の直言をもって、群臣を警厲せんとするおつもりかと。

されど、回邪を信じては大謀を成さず。
群臣は矯飾なく仕えしも、これにより心を離れん。

玄齡・亮の如き重臣が理を申せぬとすれば、下の者などいかにして欺きを逃れん。

伏して願わくは、陛下熟思を加え給わらんことを。
もしこの二人に少しの徳あるを見いださば、臣、斧鉞に伏し、不忠の罪を負い申す。

善を挙げて徳を崇むること能わずとも、奸を用いて自ら損なうことは慎み給え。」


3. 現代語訳(逐語・一文ずつ)

  • 「權萬紀・李仁發は誹謗中傷を常とし、正義の仮面を被って人を貶めていた」
  • 「皇帝がこれを信任したことで、他の臣下は安心できず、誰も諫言できなかった」
  • 「魏徴は、彼らの行為が民心を失わせ、帝徳を損なうと痛烈に批判した」
  • 「直言に見せかけた奸計であり、忠臣が言葉を失うような状況は国家の損失である」と訴えた
  • 「太宗はその意見を聞き入れ、絹五百匹を与え、二人を処分した」

4. 用語解説:

  • 譖(しん):他人を陥れるための中傷。
  • 訐(けつ):告発・暴露すること。正義を装う形で使われることが多い。
  • 彈射(だんしゃ):糾弾、非難の意。
  • 奸計(かんけい):悪巧み、謀略。
  • 附下罔上(ふかぼうじょう):下に取り入って上を欺くこと。
  • 正色(せいしょく):厳粛な態度で真剣に諫言すること。
  • 斧鉞(ふえつ):死刑を意味する象徴語。重罪を受ける覚悟を表す。

5. 全体の現代語訳(まとめ):

貞観五年、誹謗中傷を職責と履き違えた御史二人が、正義の仮面をかぶって重臣を次々と攻撃していた。
誰もが皇帝の怒りを恐れて沈黙する中、魏徴は毅然と立ち上がり、「このような人物に政を委ねることは国家の損失だ」と直言した。

太宗はその言葉に心を打たれ、彼らを処罰し、魏徴に重く褒賞を与えた。


6. 解釈と現代的意義:

この章句は、「正義を装った誹謗と粛清が組織を腐らせる」ことを、非常に鋭く描いています。

魏徴は、「権威を得るための“見せかけの直言”」が本当の害悪であると見抜きました。
リーダーに求められるのは、声の大きな“忠義者”に見せかけた小人ではなく、誠実さと判断力です。


7. ビジネスにおける解釈と適用:

✅「“批判のための批判”は組織を壊す」

情報を持たず、他者を蹴落とすことが目的の批判は、誠実なチームメンバーを沈黙させる。

✅「耳ざわりのよい報告者を信じすぎるな」

リーダーは、遠慮なく“本音”を伝えてくれる存在こそ重んじるべき。

✅「風通しを良くするためには、“正しい反論”を歓迎する文化が必要」

魏徴のような“リスクを冒してでも伝える姿勢”を受け止められるリーダーシップが、組織を健全に保つ。


8. ビジネス用心得タイトル:

「偽りの直言が組織を腐らせる──見せかけの忠より誠の反論を」



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