悪平等は人のやる気を削ぎ、偽りを招く
陳相は孟子の激しい批判に対して、話題をそらすようにこう言い出す:
「許行の考えにも良い点があります。たとえば、すべての物の価格を等しくする制度はどうでしょう。
それが実現すれば、子どもですら市場で騙されることがなくなります」
この「物価斉一論」では、こう主張される:
- 布や絹は長さが同じなら価格も同じ
- 麻糸や絹糸、綿も重さが同じなら価格も同じ
- 穀物も量が同じなら価格も同じ
- 靴もサイズが同じなら価格も同じ
孟子の反論:物の違いを無視するのは道理に反する
孟子はこの考えを一蹴する:
「物にはそれぞれ質の違いがあるのが自然である」
- ある物は2倍、5倍、10倍、100倍、さらには1,000倍、1万倍の価値がつくこともある
- それを「同じにしよう」とするのは、無理な理想であり、社会秩序を壊す行為だ
そしてたとえを出す:
「大きな靴と小さな靴の値段が同じなら、誰が大きな靴を作るだろうか?」
同様に:
「良質の品も粗悪品も同じ価格なら、誰が良い品を作るだろうか?」
結論:悪平等は怠惰と偽りを生む
孟子は断じて言う:
「許行の主張に従えば、人々は皆そろって手抜きをし、偽りを働くようになる」
「そんな制度で国家を治められるわけがない」
この一節に、孟子の現実主義的倫理観と、健全な競争・報酬への信念が表れている。
引用(ふりがな付き)
子(し)、比(くら)べて之(これ)を同(おな)じうせんとす。是(こ)れ天下(てんか)を乱(みだ)すなり。
巨屨(きょく)・小屨(しょうく)賈(か)を同(おな)じうせば、人(ひと)豈(あ)に之(これ)を為(つく)らんや。
従(したが)って偽(いつわ)りを為(な)す者なり。悪(いず)くんぞ能(よ)く国家(こっか)を治(おさ)めん。
簡単な注釈
- 物価斉一論:商品ごとに同一の物量で価格を統一する政策構想。公平に見えるが、品質の違いを無視しており、現実に合わない。
- 悪平等:一見「平等」だが、実態は不公平を生む仕組みのこと。
- 比して同じうす:見た目だけの平等を押し付けること。
- 偽を為す:偽りの労働、形式的な仕事、ごまかしの増加。
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- quality-deserves-difference(質には差があって当然)
- equality-is-not-uniformity(平等は一様ではない)
この章は、「平等」という言葉の誤用がもたらす危険性に警鐘を鳴らす重要な箇所です。
孟子は、一見公平に見える制度が、実は社会のやる気や誠実さを損ねていることを見抜き、それを明確に批判しています
1. 原文
從許子之道、則市賈不貳、國中無僞、雖使五尺之童適市、莫之或欺。
布帛長短同、則賈相若;縷絲絮輕重同、則賈相若;五穀多寡同、則賈相若;屨大小同、則賈相若。
曰:夫物之不齊、物之情也。或相倍蓰、或相什百、或相千萬。子比而同之、是亂天下也。
使巨屨小屨同賈、人豈爲之哉?從許子之道、相率而爲僞者也、惡能治國家。
2. 書き下し文
許子の道に従わば、市の賈(あたい)二ならず、国中に偽り無し。
五尺の童をして市に往かしむと雖も、之を欺く者無し。
布帛の長短同じければ、賈相若し。縷絲・絮の軽重同じければ、賈相若し。
五穀の多少同じければ、賈相若し。屨の大小同じければ、賈相若し。
曰く、夫れ物の斉しからざるは、物の情なり。或いは相倍蓰し、或いは相什百し、或いは相千万す。
子、比して之を同じくせんとす。是れ天下を乱すなり。
巨屨小屨、賈を同じくせば、人豈に之を為さんや。
許子の道に従うは、相率いて偽りを為す者なり。
悪(いずく)んぞ能く国家を治めんや。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 許行のような思想に従えば、商売の値段は二重にならず(=一物一価)、国内には偽りがなくなる。
- たとえ五尺の子供が市場に行ったとしても、誰も彼を騙すことはないだろう。
- 布や帛(織物)の長さが同じなら値段も同じ、
糸や綿の重さが同じなら値段も同じ、
穀物の量が同じなら値段も同じ、
履物のサイズが同じなら値段も同じ、という具合である。 - しかし、孟子はこう反論する:「物の違いがあるのは、自然の理である。
中には2倍、5倍、10倍、100倍、1000倍もの価値の差があるものもある。
それを全て同じにしてしまえば、それこそが天下の秩序を乱すことになる。」 - 大きな履物と小さな履物が同じ値段なら、誰がそれを作ろうとするだろうか?
許子の道に従えば、人々は皆、嘘やごまかしの道に進んでしまう。
どうしてそんな思想で国家を治めることができようか。
4. 用語解説
- 市賈(しか):市場の価格。
- 布帛(ふはく):布と絹織物。
- 縷絲(るし)・絮(じょ):糸や綿。
- 屨(くつ):履物。大きさが異なると素材や手間が異なる。
- 倍蓰(ばいし)・什百(じゅっぴゃく)・千萬:何倍・何十倍・何千倍と価値の違いを指す。
- 比而同之:すべてを“平均化”・“画一化”すること。
- 亂天下(らんてんか):社会秩序の混乱。
- 偽(いつわり):ごまかし、真実でないこと。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
許行の唱える「全てを同じにせよ」という思想に従えば、すべての価格が統一され、誰も騙されることのない理想的な市場ができるという。
しかし孟子はそれに対し、「物にはそれぞれ自然な違いがあり、その違いに基づいて価値や価格が生じるのが当たり前だ」と反論する。
もし全ての物の値段を無理に統一すれば、価値あるものとそうでないものの区別がつかなくなり、人々はやる気を失い、市場は崩壊する。
このような平均化思想はかえって「偽り」を増やし、国家を治めるどころか混乱をもたらすだけであると、孟子は断じている。
6. 解釈と現代的意義
「画一化の危険性と多様性の尊重」
この章句は、社会や経済における「多様性」「個別性」の尊重と、「一律的な平等思想」への警鐘を鳴らしています。
- “平等”と“公平”は違う
一律にすれば不満はなくなるというのは幻想。努力や能力に応じた報酬こそが健全な秩序を保つ。 - 自然の差異を否定してはいけない
人や物には本質的な違いがあり、それぞれの違いに応じて評価・対応すべきである。 - 理想主義の過剰は、現実社会を乱す
実態や個別事情を無視した制度設計は、かえって不正や偽善を助長する。
7. ビジネスにおける解釈と適用
「画一的評価制度は、組織を弱体化させる」
- 全社員一律の給与体系・評価指標は、成果主義や成長意欲を削ぐ可能性あり。
- 成果・貢献度・ポテンシャルに応じた「多様な評価軸」の導入が必要。
「“フェア”とは“同一”ではない」
- 「全員同じ」ではなく、「全員に納得感がある」ことが重要。
- 個別対応=えこひいきではなく、正当な差別化は組織の活力を生む。
「制度設計には現場感覚を」
- 理想論ではなく、現場の実態や人々の意欲・動機付けを踏まえて制度を構築することが求められる。
8. ビジネス用心得タイトル
「一律主義は破綻への道──多様性こそ組織と市場の健全性」
この章句は、現代における制度設計や組織マネジメント、さらには市場経済の本質にも鋭く通じる哲学です。特に「善意の画一化」がかえって悪を生むという孟子の主張は、現代のリーダーにとって強い示唆を与えます。
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