伝統的な組織理論は、内部管理に偏重している。この偏りはどこから生じたのだろうか。欧米では、中世以前に「企業」と呼べるものは存在していなかった。十八世紀から十九世紀にかけて、家業や生業といった形態の事業が徐々に規模を拡大し、やがて工場という形態へと発展していった。
これらの事業は、現在の企業とは異なり、「工場」という側面が強かった。なぜなら、物を作りさえすれば売れた時代だったからだ。現代の日本でも、七十歳以上の職人的経営者の中には「良いものを作れば売れる」という意識を持ち続けている者が少なくない。それは、当時の状況が基本的に供給不足に起因していたためである。
その証拠として、十九世紀までは「物を作る」という労働こそが唯一価値ある労働とされていた。この思想は、いかに供給不足が深刻であり、製造という労働が重視されていたかを物語っている。
決算報告書に「製造原価報告書」という項目が存在するのは、製造活動を重視する思想の名残である。また、江戸時代の「士農工商」という身分制度も、当時の社会において生存のための農業と生活のための工業が、商業よりも優先的に重要視されていたことを示している。
このように、市場や顧客を意識する必要がなかった時代の会社、つまり実態としては工場にすぎなかった組織では、内部のことだけを考えていれば十分だったのである。
さらに、内部管理の手本として参照されたのは、古くから存在していた官僚、軍隊、宗教団体、学校といった組織の管理思想だった。それ以外の選択肢は存在しなかった。これらの組織には「市場」や「顧客」という概念がなく、唯一存在したのは「組織維持」という目的に基づく組織理論だけだったのである。
組織というものは、一度生まれると、「組織自体の存続」だけが最重要課題となってしまう。これは非常に恐ろしい特性と言える。
組織を存続させる上で最も重要な条件は、「変化を阻止する」ことである。変化は常に組織にとって危機をもたらし、指導者の失脚というリスクを伴うからだ。
階層や部門といった形態、責任と権限、手続きという運営理論は、組織の存続にとって不可欠な「枠組み」である。この枠組みは神聖視され、侵してはならないものとして扱われるようになっていた。それだけではない。この組織は税金(企業であれば経費)を消費し続けながら、仕事量に関係なく自己増殖を繰り返すという性質を持つ。この現象は「パーキンソンの法則」として知られている。
いったん「何か」が組織と利害対立を起こすと、組織の利益が必ず優先される。「何か」の利益は無視されるだけでなく、時には完全に抹殺されてしまうのだ。
「行政改革」という官僚組織にとっての危機に対し、官僚たちがどれほど必死の抵抗を示し、それを葬り去ってきたかを見れば、その実態がよくわかる。
それどころの話ではない。あのスターリンですら、ソ連の官僚組織に手をつけることはできなかったのである。(詳しくは、小室直樹著『ソビエト帝国の崩壊』(光文社カッパブックス刊)を参照されたい)。
そして、組織はついには自らの基盤である国家さえも滅ぼしてしまう恐ろしい存在となる。太平洋戦争が日本陸軍による組織防衛の行動、すなわち日華事変から引き起こされたのはその典型的な例である。このような恐るべき組織理論が、企業体にも導入されてしまったのだ。
組織の暴威は、会社の業績を低下させるどころか、会社そのものを潰しかねない極めて危険なものだ。しかし、企業体という組織は、従来の人類が持っていた組織とは本質的に異なる。その違いは、企業体が市場、つまりお客様を持っている点にある。いや、それどころか、お客様がいなければ企業そのものが存在できないという点に根本的な違いがあるのだ。
お客様の要求に応えられなければ、企業はあっという間に倒れてしまう。そして、そのお客様の要求は常に変化し続ける。この変化に対応するためには、企業体そのものも絶えず変化し、適応し続ける必要があるのだ。
社長学シリーズ第一巻「経営戦略」篇で、「変転する市場と顧客の要求を見極め、それに応じて自社を作り変えることこそが経営である」と述べているのは、この点を指している。市場と顧客の要求に適応するという「変化への対応」こそ、企業が生き残るための唯一の道なのである。
ここに問題の本質がある。「変化に対応」しなければ生き残れない企業体に対し、「変化を阻止する」という特性を持つ組織理論を導入してしまったのだ。この根本的な誤りこそが、企業の悲劇の源泉となっているのである。
だからこそ、組織理論に忠実であればあるほど、企業体は混乱を深め、業績低下にさらに拍車がかかり、最終的には倒産へと至る大きな危険が待ち受けているのだ。
私たちは、この危険極まりない組織理論を捨て去らなければならない。そして、真に事業経営に役立つ、全く新しい組織理論を築き上げる必要がある。この課題こそが本篇の根幹を成しており、具体的にどのような理論であるかを説くことを目的としている。
そのためには、まず、「変化を阻止する」という特性を持つ旧来の組織論を批判的に検証することが重要だ。それが理解を深めるための第一歩となる。この課題を次章で詳しく述べることから、本論を進めていきたい。
変化に対応する企業組織:市場の要求に基づく経営戦略
企業が成長を続けるためには、外部の変化に柔軟に対応する必要がある。伝統的な組織理論は内部管理に偏りがちだが、この考え方がいかに誤解に基づいているか、背景を振り返ることで理解できる。
歴史を遡れば、欧米の産業が発展し始めた18~19世紀には、製品を作りさえすれば売れるという供給不足の時代だった。そのため、企業は「工場」という性格が強く、内部管理に焦点を当てるだけで成り立っていた。しかし、現代における企業の存続条件は全く異なり、「市場=顧客」を中心に据えなければならない。顧客の要求は絶えず変化しており、企業はこの変化に合わせて自らも変革する必要があるからだ。
企業における「変化対応型組織」への転換
従来の組織理論は、主に組織の存続に重点を置き、「変化を阻止する」構造を内包している。官僚や軍隊などの管理思想に基づくこの枠組みは、企業が市場変化に対応する上で致命的な妨げとなる。伝統的組織では変化はリスクとされ、そのため組織は変化を避ける性質を持つ。しかし、企業が顧客の期待に応え続けるには、むしろ積極的に変化を受け入れ、柔軟な姿勢で臨むことが必須である。
「組織の存続」を優先し、「変化を阻止」することに固執すれば、企業は顧客のニーズから遠ざかり、業績悪化の危機に直面する。だからこそ、企業経営においては、伝統的組織理論を超え、企業体全体が「市場と顧客の要求」を起点として行動する「変化対応型の組織」が求められるのだ。
顧客中心の変革を支える新しい組織モデル
新たな組織モデルは「お客様の要求に出発し、ここに帰ってくる」という基本理念を持つべきである。変化に対応することで、企業は持続的な成長を実現でき、内部に閉じた古い組織論から脱却して、顧客指向を貫くことができる。この理念に基づいた組織構築は、変化を阻止する特性を完全に否定し、むしろ市場の動向を常に見据えて柔軟に変わり続ける「ダイナミックな組織」へと転換することである。
今後の企業に求められるのは、顧客の変化するニーズを敏感にキャッチし、それに基づいた迅速な行動を組織全体で支援する構造だ。これこそが企業が未来に向けて成長を続ける唯一の道であり、「変化に対応し続ける組織」である。
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