MENU

子も財も、すべては預かりもの


目次

■引用原文(日本語訳)

「わたしには子がある。わたしには財がある」と思って愚かな者は悩む。
しかしすでに自己が自分のものではない。
ましてどうして子が自分のものであろうか。どうして財が自分のものであろうか。
——『ダンマパダ』第5章 第62偈


■逐語訳

  • 「わたしには子がある。財がある」と思って:所有の感覚を抱くこと。
  • 愚かな者は悩む:その所有への執着が苦悩の原因となる。
  • 自己が自分のものではない:命すらも、思い通りにはできない無常の存在である。
  • どうして子や財が自分のものだろうか:最も身近に思える存在すら、本来は所有不可能であることへの気づき。

■用語解説

  • 愚かな者(バーラ):真理に目覚めない者。常識や執着に囚われた未熟な心を象徴。
  • 子・財:人間が強く執着しやすい代表的な対象。家族や財産を指す。
  • 自己が自分のものではない:仏教の核心概念「無我(アナッター)」を表す。肉体も心も自分の自由にはならず、支配できない。
  • 悩む(パリデヴァティ):執着によって苦しみや不安を抱くこと。

■全体の現代語訳(まとめ)

「自分には子がいる」「財産がある」と信じることで、愚かな者は悩みと不安にとらわれる。
しかし、そもそも“自分”自身でさえも完全に自分のものではない――命も体も、思い通りにはならない存在である。
そのような不確かな存在に対して、「子」や「財」が自分のものであるはずがないのだ。
すべては一時的に与えられたものであり、執着すれば苦しみが生まれる。


■解釈と現代的意義

この偈は「無常と無我」に対する深い洞察を与えてくれます。
人は、自分の所有物や家族を「自分のもの」と信じ込むことで安心を得ようとしますが、その執着が裏切られたとき、大きな苦しみへと変わります。
しかし、仏教は「すべては変化し、誰のものでもない(アナッター)」と説きます。
この真理を受け入れたとき、人は「守るための恐れ」から自由になり、今あるつながりや恵みをより感謝して受け取ることができるようになります。


■ビジネスにおける解釈と適用

観点適用例
組織とポジション役職・地位に執着すれば、失う恐れや比較に苦しむようになる。役割は一時のものであると知れば、健全な距離感を保てる。
財産と成果「自分の売上」「自分の会社」といった所有意識が強すぎると、不安や他者への独占欲が強まる。成果は因縁による結果であり、一時的な現象にすぎない。
家族や仲間との関係「守るべき存在」として執着すれば、コントロールできない変化に苦しむ。代わりに「共に在る」ことを大切にする態度が必要。
ストレスマネジメント失うことへの不安は「持っている」という思い込みから生じる。何も所有していないという視点を持つことで、軽やかに動けるようになる。

■心得まとめ

「持っている、と思うから苦しみが始まる」
この世の何一つとして、永久に“自分のもの”であるものはない。
だからこそ、執着ではなく感謝で受け取り、コントロールではなく信頼で関係を築くべきである。
所有するよりも、「共にある」ことに価値を見出そう。
それが自由と安心の道である。


よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次