「忙しさに押しつぶされそうだ」「なぜこれほどまでに雑用が多いのか」「問題に追われて身動きが取れない。一つ片付ければ、次の問題がすぐにやってくる」――こうした状態を「問題解決型の社長」と呼ぶ。
納期遅れに右往左往し、生産遅延の対策に奔走し、不良品の原因を探るが、肝心の有効な対策はない。売上不振に気合を入れ、利益率の低下に頭を抱え、在庫増加に的外れな指示を飛ばし、挙句の果てには資金繰りに追い詰められる。
管理職からはくだらない相談を持ちかけられるだけでなく、常に人手不足や人材不足の言い訳を聞かされ、その上、彼らの悩みの尻拭いまで押し付けられている。
その合間には電話応対や来客対応を押し付けられ、山のように積まれた書類に目を通す時間すらない。書類の整理など手が回るはずもなく、必要なときに限って見つからない。名刺の整理など夢のまた夢だ。そして、会議また会議で膨大な時間が消えていく。終日悪戦苦闘の末、気がつけば日が暮れている。そんな毎日を繰り返している。
これでは顧客訪問など到底無理で、クレーム対応はすべて社員任せ。お詫びの電話すら自分でかけられない。メインバンクには何カ月も顔を出さず、すべて経理担当者に丸投げ。ハンコも経理に預けっぱなしで、その結果、いつ会社が崩壊するような事態を招くかもしれない危険を全く意識していない。この無関心さには、背筋が寒くなる思いだ。
それなのに、「うちの役員には経営者としての自覚が足りない」「部課長の中に満足に仕事をこなせるやつはいない」といった具合に、部下への批判や不満だけは人一倍強い。だが、どれだけ部下を批判しても、状況を変えることはできない。そもそも、部下を批判するという行為自体が、社長として誤った態度そのものだ。
こうなれば、会社はもはや「指導者不在の集団」と化し、業績の向上どころか、生き残ることすら危うくなる。
では、どうすれば社長が日常の問題から解放され、真に事業経営に集中できる時間を生み出せるのか。そのためには、次の二つの取り組みが必要になる。
まず第一に、「経営計画書」を作成することだ。この計画書において、社長自身の姿勢と事業経営の方向性を方針書として明確に示す。これを指導理念として掲げ、社員に対して繰り返し繰り返し強調することが不可欠である。
M社の専務(実質的には社長)の言葉によれば、「先生、うちの社員は僕の方針どおりに動いてくれるようになりました。そのおかげで業績も順調です。方針書というのは本当に素晴らしいものですね」とのことだ。方針書が経営計画書の魂となるものであることは、社長学シリーズ第二巻「経営計画・資金運用」篇で述べた通りである。
M社の方針書は、もともとレポート用紙6冊分に及ぶ内容を3冊分に縮めたもので、その総文字数は約3万字にもなる。この膨大な内容を作り上げるまでに、どれほどの努力が注がれたかは想像に難くない。方針書を徹底するための方法は以下の通りである。
M社はスーパーマーケットであり、その弱点は午前中の来客が非常に少ないことにある。この弱点を逆手に取り、午前中の時間を方針書を徹底させるための機会として活用した。M専務は毎日、一店舗ずつ回り、この時間を使って自ら方針書の説明を行ったのだ。
これもまた並大抵の努力ではない。M社の社員たちは、同じ内容を何十回も繰り返し繰り返し聞かされているのだ。だからこそ、M社の社員は専務の方針に従って動くことができるようになったのである。
「うちの社員は、思うように動いてくれない」と嘆く前に、このM専務が注いだような努力を自分がどれだけしているかを振り返ってほしい。
社員が社長の思い通りに動かないのは社員が悪いのではない。社員が方針を理解し、実行に移せるようになるまで、何十回でも繰り返し伝え続けることが求められるのだ。
K社を訪問した際、社長の不満は二人の常務に向けられていた。そこで私はK社長にこう伝えた。「それは両常務が悪いのではありません。あなた自身の考えを方針書として明文化していないからです。両常務を批判する前に、まず社長自身がやるべきことをしなければなりません」と。
私の勧告を受けて、経営計画書が作成され、その中で明示された方針が徹底された。数カ月後、K社長はこう語った。「先生、私は失業してしまいました。両常務が実に素晴らしくやってくれるので」。それに対し私は、「失業中の社長が何をしているか、当ててみましょうか。会社の将来について考えているんですね」と言うと、K社長は「その通りです。こんなに嬉しいことはありません」と返答した。
第二に重要なのは、個々の活動や問題解決に首を突っ込まないことだ。これに手を出すからこそ、全体を見渡す余裕もなくなり、他の重要なことが手つかずになってしまう。社長が一つの問題に深入りしたら、それで終わりだ。それは本来、社員が担うべき仕事なのである。
社員は個々の活動を方針に沿って遂行すればよい。一方で、社長の本分は事業の経営にある。その役割を誤りなく果たすためには、第一に市場を常に見据え、自社全体を市場の要求に応える方向へ導くことが不可欠だ。社長が個別の問題に深入りしないためには、次のことを実行すべきである。
第一は、プロジェクト計画書を作成することだ。方針書に記載された一つ一つの施策に対して、必ずプロジェクト計画書を作成しなければならない。もし、プロジェクト計画書を必要としないような施策があるのなら、それは方針書に記載する価値のない低次元の内容だと言える。
プロジェクト計画書は必ずチェックしなければならない。この作業を怠れば、施策が実行されないという重大なリスクが生じる。このリスクを回避するためのチェックの方法については、次の節「社長は秘書をもて」の部分で詳しく説明する。
何しろ、社長という人種は週に一度しか会社にいないこともある。そのため、下手をするとチェックそのものができなくなる恐れがある。第二のポイントは、「基準」を作ることだ。この基準には、活動の指針となる基準と、活動の実施方法を定める基準の二種類が含まれる。
活動のよりどころとなる基準の中で最も重要なのは、「価格基準」「在庫基準」「品質基準」の三つである。これらの基準が存在しない場合に生じる混乱だけでなく、基準自体が現場の実情に合わなかったり、杜撰なものである場合に引き起こされる混乱が、意外に大きいことを理解しておく必要がある。このような混乱に社長自身が巻き込まれ、大切な「持ち時間」を消耗してしまうのだ。
活動のやり方に関する基準は、どの会社でもほとんど整備されていない。これが原因で、日常業務における終わりのない混乱を引き起こしているにもかかわらず、その事実に気づいていない社長が多いのが現状だ。この点については後で詳しく述べることにする。以上のことを実行すれば、トラブルの大部分は未然に防ぐことができる。
これは、私自身の実務経験を通じて痛感したことだ。私は、数多くの会社を渡り歩いた、いわば不良社員だった。しかし、どの会社でも必ず一番混乱している部門に配属され、その混乱を収める役目を担わされた。その際、私が用いた方法は、いつも「基準」をつくることだった。だからこそ、私は確信をもって言い切ることができる。
とはいえ、問題が完全に発生しなくなるわけではない。基準を守らないことで起こる問題は、基準を徹底して守らせることで解決できる。また、基準の不備が原因で生じるトラブルは、基準そのものを見直し、修正すれば解決する。
解決が難しいのは、基準では律しきれない問題、いわゆる「例外」である。この例外に対処するのが社長の役割だ。これを「例外管理」と呼ぶ。社長(管理職も同様)は、この例外管理に専念すればよい。そうすることで、日常の問題から解放され、本来の意味での社長の仕事に集中し、重要な時間を有効に使えるようになる。
この典型的な例を、私はS社のS社長に見ることができる。もうずいぶん昔のことだが、S社を訪問し、午後1時から5時近くまでS社長の話を伺った。その間に工場長から電話がかかってきたのはたった一度だけであり、しかもそのやり取りは1分以内という非常に短いものだった。
それ以外には、指示を仰ぎに来る社員も、ハンコをもらいに来る社員も、一人も姿を見せなかった。しかも、それはその日だけの特別な状況ではなく、いつもそうだというのだ。S社長曰く、「今年のことは、社長としてやるべきことはすでに済んでおり、社員たちは経営計画に基づいて仕事を進めていますから」とのことだった。
S社長は自らを「ワンマン経営者」だと語った。なんと見事なワンマン経営だろう。会社の将来に専念し、今年のことは社員に完全に任せている。これこそ、理想的なワンマン経営者の姿である。
M社のT社長は、平日にゴルフの付き合いがあれば、月に何回でも気にせず出かける。本社を訪れると、屋上に案内され、T社長自慢の盆栽を披露される。余裕しゃくしゃくの姿だ。しかし、その一方で、私が舌を巻くほど見事な経営を行い、信じられないほどの高収益を安定的に叩き出している。さらに、社員からの信頼も絶大である。
T社長いわく、「ソニーの井深社長は本当に不思議な方です。あれだけの大企業を率いていれば、寸暇もないはずなのに、私が面会をお願いすると、いつも即座に快諾してくださいます。忙しいから後にしてくれと言われたことは一度もありません」とのことだ。
超優良企業の社長というのは、一見すると暇そうに見えるものらしい。ここが重要なポイントだ。社長が次々と発生する問題処理に首を突っ込み、それに振り回されていては、事業経営など到底成り立たない。そうした状況では、実質的に「社長不在」と同じだからである。
社長は、表面的には極めて暇で、余裕に満ちて見える存在でなければならない。それは、日常の問題に振り回されることなく、自社の将来に真剣に取り組んでいる姿勢がそこに表れているからだ。事業経営とは、土壇場になってからでは手の施しようがないものである。この現実を肝に銘じておかなければならない。
自社の強みと弱みを明確に把握し、強みをどう伸ばし、弱みをどう補っていくかを考えることこそ、社長の最も重要な役割だ。そして、この取り組みは、どちらも一朝一夕で達成できるものではない。
この難題に取り組むためには、社長は客観的な情勢の変化とその方向性を的確に見極め、自社の進むべき進路を決定しなければならない。そのためには、社長には十分な時間が不可欠だ。この時間を確保するためには、日常業務や問題解決の雑務から自らを解放する必要がある。
この解放ができるかどうかが、会社の繁栄を実現できるか否かに直結していることを理解してほしい。そして、その具体的な方法を、本書で紹介した優れた社長たちの行動から学び取ってもらいたい。
「問題解決型社長」から脱出するためには、以下のポイントが重要です。
1. 経営計画書の作成
経営計画書を作成し、会社の全体的な方針を明確に示すことが、社長としての最初の仕事です。この計画書に基づいて、社員が何をすべきか、会社がどこへ向かっているのかを具体的に指し示すことが必要です。計画書は単なる形式で終わらせるのではなく、社員一人ひとりに繰り返し説明し、理解させる努力が不可欠です。
2. 日常の細かい問題に深入りしない
問題解決型社長は、日々の細かい問題に頭を突っ込んでしまい、経営本来の業務に集中できなくなります。社長は個別の問題解決ではなく、全体を見渡し、市場の動向や会社の将来の方向性を常に意識しながら判断しなければなりません。各部門の細かい問題は社員に任せ、社長は重要な方向性や例外的な問題の管理に集中すべきです。
3. 基準の設定
会社内での混乱や問題の多くは、基準が不十分であることが原因です。価格、在庫、品質など、会社の活動の基準を明確に定め、それを守らせることがトラブルを減らす一助となります。また、業務の進め方についても基準を設けることで、日々の業務がスムーズに進行しやすくなります。
4. 例外管理
基準や方針で対処できない特別な問題、つまり「例外」にのみ社長が対応するようにすることで、日常の細かい問題に関わらずに済みます。例外管理をすることで、社長は本当に重要な問題に集中することができます。
5. 時間を確保し、将来の戦略に集中する
社長が真に果たすべき役割は、会社の将来に目を向け、強みを活かし、弱みを補うための長期的な戦略を策定することです。そのためには、日常の業務や雑務から解放された時間が必要です。優れた社長は表面的に余裕を持っているように見えることが多く、これは問題解決型社長とは対照的です。
6. 部下への責任移譲と信頼
日常業務を社員に任せ、社員が自分の責任で方針に沿って行動できるようにすることで、社長が問題解決に追われず、自由な時間を確保できます。信頼と適切な教育を通じて社員が自律的に動けるようになると、社長の時間が増え、会社全体の自立性も高まります。
社長が日々の問題解決に追われるのではなく、会社の方向性や市場との関わりを考える時間を持つことが、最終的に企業の繁栄を実現させる要素になります。
コメント