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都は滅び、命は尽きるのに、人は争いと欲望をやめない

――それでもなお剣を握り、金に執着する人の心の浅さ

かつて栄えた西晋の都は、今や草木が生い茂るだけの廃墟となっている。
それを目の前にしても、人はなお剣(武力)を誇り、戦いをやめようとはしない。

自分の体は、いずれ洛陽北邙の墓地に埋められ、
狐や兎の餌となって消えていく存在だというのに――
それでも黄金(財物)を惜しみ、財欲を手放そうとしない。

昔からの言葉がある。

「猛獣は飼いならすことができるが、人の心はなかなか屈しない。
谷は埋めることができても、人の欲は満たすことができない。」

これこそまさに、人の愚かさと欲望の深さを表す言葉である。


引用(ふりがな付き)

眼(め)に西晋(せいしん)の荊榛(けいしん)を看(み)て、猶(なお)白刃(はくじん)に矜(ほこ)る。
身(み)は北邙(ほくぼう)の狐兎(こと)に属(ぞく)して、尚(なお)黄金(おうごん)を惜(お)しむ。
語(ご)に云(い)う、「猛獣(もうじゅう)は伏(ふ)し易(やす)く、人心(じんしん)は降(くだ)し難(がた)し。
谿壑(けいがく)は満(み)たし易く、人心は満たし難し」。信(しん)なるかな。


注釈

  • 西晋の荊榛:三国時代の終焉後に中国を統一した西晋(265–316年)。その都の跡は草木が生い茂る廃墟に。
  • 白刃に矜る:白刃=鋭く光る剣を誇ること。戦いや武力を誇示するさま。
  • 北邙(ほくぼう):洛陽の北にあった王侯貴族の墓地。人の最期の行き着く場所。
  • 狐兎に属す:埋葬された後、動物の餌となる。人の肉体が儚いことの象徴。
  • 猛獣は伏し易く、人心は降し難し:動物の本能は制御できても、人間の欲望や執着は制御しにくい。
  • 谿壑(けいがく):谷や崖。どんなに大きくても埋め尽くせるが、人の心の欲望は埋まらない。

関連思想と補足

  • 本項には、仏教の「貪(とん)」=むさぼりの心に対する警鐘が色濃く含まれています。
  • また、『老子』でも「足るを知る」「無欲」を理想の生き方とし、
     >「知足者は富む。自ら足れりと知る者こそ、真に豊かな者である」と繰り返し説いています。
  • 欲望と戦争――どちらも人の心から起こり、やがて人の命や社会を滅ぼしていく。
     それを歴史に学ばず、同じことを繰り返す人間の愚かさを静かに諫めているのが本項です。

原文

眼看西晉之荊榛、猶矜白刃。
身屬北邙之狐兎、尙惜黃金。
語云、猛獸易伏、人心難降。
谿壑易滿、人心難滿。信哉。


書き下し文

眼(まなこ)に西晋(せいしん)の荊榛(けいしん)を看て、なお白刃(はくじん)に矜(ほこ)る。
身は北邙(ほくぼう)の狐兎(こと)に属して、なお黄金(おうごん)を惜しむ。
語に云(い)う、「猛獣は伏し易く、人心は降し難し。谿壑(けいがく)は満たし易く、人心は満たし難し」と。
信(まこと)なるかな。


現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

「西晋の地が今や茨や雑草(=荒廃)に覆われているのを目の当たりにしても、なお剣の力を誇る」
→ 歴史の栄枯盛衰を見ても、武力や権力に固執し続ける愚かさを嘆いている。

「自らの身はすでに北邙の山(=墓場)に埋まる狐や兎と同じであるのに、なおも黄金(財)に執着する」
→ 人は死に近づいてなお、富を手放そうとしない。

「昔の言葉に曰く、『猛獣は飼い馴らすことができるが、人の心は従わせ難い。谷や谷底は満たすことができるが、人の欲望は満ちることがない』と」
→ 人間の欲心の根深さと、それを制することの難しさを警告している。

「本当にその通りだ」
→ 深い同意と嘆きを込めて締めている。


用語解説

  • 西晋(せいしん):古代中国の王朝。短命で終焉し、その地は後に荒廃(=荊榛)した。
  • 荊榛(けいしん):いばらや草木。荒れ果てた土地の象徴。
  • 白刃(はくじん):剣の刃。武力・戦の象徴。
  • 北邙(ほくぼう):洛陽近郊の墓地のある山。死者の眠る地。
  • 狐兎(こと):荒れ地に住む動物。人の死後の姿を暗示。
  • 黄金(おうごん):財産・富の象徴。死しても手放したくない執着の対象。
  • 猛獣(もうじゅう):獰猛な動物。ここでは人の“外なる力”の象徴。
  • 人心(じんしん):人間の内なる欲・心の動き。制御困難なもの。
  • 谿壑(けいがく):谷底・渓谷。深く満たしにくいが、それでも人心よりは満たしやすい。

全体の現代語訳(まとめ)

西晋が荒廃しているのを目の当たりにしても、なお剣の力を誇っている。
すでに自分が墓場の住人のような存在であっても、なお財産への執着を手放せない。
昔からこう言われている──「猛獣を手懐けることはできても、人の心は服従させることが難しい。谷を満たすことはできても、人の欲望を満たすことはできない」と。
本当にその通りだ。


解釈と現代的意義

この章句は、人間の**「執着」「欲望」「自己誇示」**がいかに愚かで制御困難かを、歴史的な事実と比喩によって厳しく指摘しています。

  • 過去の失敗を目の当たりにしても、自分は例外と思い込む愚かさ
  • 死が近づいても、名誉・財産を手放せない執着
  • 自然界の猛獣や谷よりも、制御しにくい人間の内面

この章句は、**「人間の心こそが、最大の敵である」**という禅や儒の教えにも通じます。


ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

1. 「前例から学ばず、誇り続ける組織の危うさ」

過去の失敗や崩壊(=西晋の例)を見てもなお、同じ権威・仕組み・戦略を誇り続ける企業や組織は、歴史から学ばない愚を繰り返す可能性が高いです。

2. 「地位や資産への執着が、身を滅ぼす」

引退や老境に差し掛かっても、なお名誉・金銭・地位に固執することで、後継者育成や組織の若返りを妨げるケースが多くあります。

3. 「人の欲望は際限がない──制度と対話で制御を」

ボーナス・昇進・権限などによって一時的に人の欲を満たしても、次なる欲求が必ず現れます
だからこそ、組織内には評価制度と心理的安全性の両輪が必要です。


ビジネス用の心得タイトル

「人心こそ最大の猛獣──欲に溺れず、歴史に学べ」


この章句は、**「目の前の現実を直視しない人間の弱さ」と「欲望を制御することの難しさ」**を、強い警句として伝えています。

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