孟子は、民を生活改善のために使役する際、その目的が正当であれば、たとえ苦労が伴っても民は怨むことはないと述べた。また、もし民の生命を守るために、死刑という厳しい決断を下さなければならない場合でも、その行為を怨むことはないと教えた。正しい目的に基づく苦労や厳しい判断は、民の理解と支持を得るものであり、それが本当に民のためになるのであれば、どんな困難も受け入れられるということだ。
「孟子曰(もうし)く、佚道(いっどう)を以て民を使えば、労すと雖(いえど)も怨みず。生道(せいどう)を以て民を殺せば、死すと雖も殺す者を怨みず」
「民の生活を良くしようとする事業に民を使役すれば、どんなに苦労しても民は怨むことはない。また、民の生命を守るために、誰かを死刑にしなければならない場合、民はその判断を下す者を怨むことはない」
正当な目的と道に基づく行動は、たとえ困難を伴っても、民の理解を得るものである。
※注:
「佚道(いっどう)」…民の生活を良くするための事業(例:道路、堤防、架橋、河川修理など)。
「生道(せいどう)」…民の生命を守ることを目的とする道、例えば治安の維持や死刑などの厳しい決断。
『孟子』 梁惠王章句(上)より
1. 原文
孟子曰、以佚道使民、雖勞不怨。以生道殺民、雖死不怨殺者。
2. 書き下し文
孟子曰(いわ)く、佚(いつ)なる道を以(もっ)て民を使(つか)えば、労(ろう)すと雖(いえど)も怨(うら)みず。生(せい)なる道を以て民を殺(ころ)せば、死(し)すと雖も殺(ころ)す者を怨みず。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 「以佚道使民、雖勞不怨」
→ 楽しみのある道理(=仁政の道)に基づいて民を働かせれば、たとえ労苦があっても恨みを抱かない。 - 「以生道殺民、雖死不怨殺者」
→ 命を尊ぶ道理(=正義・礼に適った処断)に基づいて人を罰すれば、たとえ死刑に処せられても、その者は処刑者を恨まない。
4. 用語解説
- 佚道(いつどう):楽しみや安らぎのある統治の道。寛容で仁愛に満ちた政治・人道的な指導。
- 使民(しみん):人民を労働・仕事に従事させること。
- 生道(せいどう):命を生かす、命を重んじる道=道義や法の正しさに基づいた処断。
- 殺民(さつみん):民を殺す。処刑や厳罰に処すること。
- 雖勞/雖死(いえどもろう/いえどもし):「~であっても」という逆接構文。
- 怨(うら)む:恨みや不満を持つこと。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう語った:
「楽しみや安らぎのある人道的な道理に則って人民に仕事をさせれば、たとえ苦労を伴っても彼らは恨まない。
また、命を重んじる道理に基づいて人を裁き処刑するならば、たとえその者が命を落としても、その死刑執行人を恨むことはない。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、孟子が説く「政治や指導の正しさは、“どのように行うか”にある」という深い倫理観を反映しています。
- 行為の“正しさ”より“道理にかなっているか”が重要
たとえ結果が苦しい労働や死に至るものであっても、その“動機と道”が正しければ人は納得する。 - リーダーの姿勢・動機が結果を左右する
民が怨みを抱くかどうかは、その施策が“仁義にかなっているか”にかかっている。 - 人は“善意と敬意”のもとでなら、苦しみにも耐える
苦役や罰も、相手の誠実さや公正さを信じられるかどうかで、受け取り方はまったく変わる。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
「納得して苦労できる」組織が強い
- 苦しいプロジェクトや残業があっても、それが“共通の価値観に基づいている”と納得できれば、人は不満を持たない。
- 正しいビジョンと誠実な説明・配慮があれば、厳しい状況も乗り越えられる。
「処分・評価も“生道”に基づけば、恨まれない」
- 評価や処分で不満が出るのは、基準が不明確・不公正・感情的であるから。
- 一貫した“命を大切にする精神”や、“人格を否定しない説明”があるかどうかが分岐点。
「上司や組織の“動機と姿勢”が問われる時代」
- 「何をやらせるか」ではなく、「どう導くか」「どんな姿勢で伝えるか」が信頼を左右する。
- ルールの運用は、“人間味と誠意”を伴って初めて正義となる。
8. ビジネス用の心得タイトル
「苦役も納得に変わる──“道に適う指導”が人を動かす」
この章句は、「権力の行使における倫理」と「誠実な動機の力」を明確に説いたものです。
現代のマネジメントにおいても、「やらせる」ことより「納得してもらう」ことの重要性を教えてくれます。
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