MENU

効率化のための価格政策

次に挙げられるのは価格政策だ。一般的に、日本企業の価格政策には効率性の観点があまり見られない。特に、中小企業、特に下請け企業では、価格政策そのものが存在しないと言っていい。そこにあるのは「原価主義」という迷信と、「適正利益率」という幻想に過ぎない。

製品価格の見積もりは、まず原価を算出し、そこに適正利益率を乗じて価格を決定する、という方法が一般的だ。この「適正利益率」というものは、実際には10%を超えることは稀であり、見積書には3〜5%程度に書き換えるといった操作が行われることもある。そして、この適正価格以上の利益を得ることは「暴利」と見なされるというのだ。なんとも奇妙な発想である。

暴利とは、100円の価値しかない商品を相手の弱みに付け込み、120円で売りつけるような行為を指す。たとえその商品の原価が110円だったとしても、本来の価値を大きく超えている以上、それは暴利と見なされるという考え方だ。

100円の価値がある商品を100円で売ることが適正価格とされる。この商品を90円で売れば、それがたとえ原価10円のものであっても安売りに分類される、というのが一般的な見方だ。

このように、商品の本来の価値(その商品が持つ機能や効用によって決まる)に基づく価格を基準とすれば、それ以上で売るのは暴利であり、それ以下で売るのは安売りとされる。ここには原価の概念は関与せず、したがって「適正利益率」なるものは初めから存在しないと言える。

存在しないはずのものを、あたかも存在しているかのように信じ込むことが混乱の原因となっている。この点は非常に重要だ。そこで、「適正利益率」という考え方がいかに誤りであるかを、具体的な例を挙げて説明してみよう。

「O社はT社の下請けとして〈A〉という製品を製造している。この〈A〉製品の設計はT社が行い、販売価格は30,000円、材料費は20,000円、所要工数は600分であった。最近、O社は自主的な改良研究の成果として、性能は全く同じながら、材料費10,000円、所要工数300分という画期的な改良版を開発した。このとき、O社はこの改良版をT社に売り込む際、価格についてどのような方針を取るべきだろうか?」

補足しておくと、これは「作り話」ではなく、実際に起きた事例を元にしている。

O社はこの改良版を28,000円で売り込むことに成功した。「この価格以下では新製品は提供しない。現在の製品を作り続けるだけだ」との強い姿勢を示した結果だ。これは、O社の社長であるS氏の見事な戦略的勝利と言える。

この考え方は、一見するとO社が暴利を得ているように見える。しかし、「適正価格」とされる材料費10,000円に工賃を従来の半分である5,000円とし、さらにプラスアルファで1,000円程度を加えた16,000円程度という見積もりは根本的に間違っている。この価格設定は、製品の価値を無視し、原価を基準にしてしまっている点で誤りなのだ。

そもそも、材料費を10,000円に削減し、工数を300分節約したのはO社であり、T社ではない。これらの改良はO社の自主的な研究と工夫の成果だ。したがって、その節約分の大部分は、O社が「アイデア料」として正当に受け取るべきであり、何も手を加えていないT社には、わずかなメリットが与えられるに過ぎないのが理にかなっている。

もし価格を16,000円に設定してしまえば、改良のアイデアを出し、それを実現したO社の利益はごくわずかとなり、何の努力もしていないT社が節約分の大部分を享受することになる。これは明らかに不合理であり、努力に対する正当な報酬の原則に反する。O社がその価値を主張し、相応の利益を得ることは当然の権利だ。

N社は、鉄1キログラムを2,000円で販売できるという優れた特許製品を持っている。営業部門は、多量生産によって原価が下がることを見込み、「ここまで値下げしても十分な利益率を確保できる」といった楽観的な計算をしている。しかし、この皮算用には重大な落とし穴が潜んでいる可能性がある。

N社の工場長であり、この製品の発明者でもある人物はこう嘆いている。「営業部門には困ったものだ。せっかく高く売れる製品を、わざわざ非常識な安値で売ろうとしている。高く売ることは暴利ではなく、発明や改良の成果である『アイデア料』なのだ」と。彼の主張は、製品の価値を正当に評価し、その対価を得るべきだという理にかなったものだ。

「高い値段であっても、お客様はその製品が自社の利益に繋がるから購入する。むしろ、良い結果を得られるからこそ喜んで買うのだ。それなのに、なぜ自ら会社の収益を削る必要があるのか?」と工場長は語る。この考え方には全く同意せざるを得ない。価値を正当に評価し、それに見合う価格を設定することこそが、企業の持続的な成長と発展につながるのだ。

日本人には「アイデア料」という考え方が十分に理解されていない。理解の範囲は、材料費や工数といった物理的なものに限定されがちだ。大企業では、下請け企業にVA(価値分析)を実施させ、その成果をすべて吸い上げている。これを「効率的」と称賛することもできるが、見方を変えれば極めて横暴な行為だ。VAのために知恵を絞った下請け企業が、本来報われるべき正当な利益を得られないのは、結局のところ、下請け側もまた「知恵」を正当に評価し、主張できていないという問題があるのだろう。

技術料もまた同様だ。「能率主義の危険」で触れたS社の例を見れば明らかである。S社は、長年の努力と試行錯誤を重ねて技術を積み上げ、その成果として、従来の価格よりも低価格で受注しながらも大きな収益を上げることに成功している。この収益は暴利ではない。むしろ、それは技術革新と経営の知恵による正当な対価だ。努力や工夫の成果を収益として回収することこそが、健全な経営のあり方だと言える。

アイデアや技術だけで勝負をすると、結局は損をすることになる。それは、そこに「経営」の視点が欠けているからだ。経営の力が加われば、これらのアイデアや技術を価格政策と結びつけることができる。その結果、他社が容易に真似できない独自性を生み出し、大きな収益をもたらすことが可能になる。つまり、アイデアや技術を単なる成果で終わらせるのではなく、それをいかに経営戦略に組み込み、収益に結びつけるかが成功の鍵となる。

社長とは「経営をする人」である。単なるアイデアや技術に頼るだけでは、経営者としての役割を果たしているとは言えない。経営者としての視点を持たず、これらを収益に結びつける力が欠けている社長は、結果として会社を衰退させてしまう。真の経営者とは、アイデアや技術を戦略的に活用し、それを価格政策や市場戦略に組み込んで企業の成長を実現する人物を指すのだ。そうでなければ、経営者としては失格である。

効率化と収益性を両立する価格政策の重要性

効率化を図る際、単なる「原価主義」や「適正利益率」に囚われることなく、アイデアや技術力を活かした価格政策が重要です。特に中小企業や下請企業では、単に「原価+適正利益率」を価格と考える習慣が根強く、真の効率化が価格に反映されないケースが多く見られます。

以下、効率的な価格政策における重要なポイントです。

  1. 価値に基づく価格設定
    価格は原価ではなく、製品がもたらす価値によって決まります。価値が高い製品には、それ相応の価格を設定し、アイデアや技術的な革新の成果を「アイデア料」として適正に反映させることが大切です。たとえば、O社の事例では、製品の設計改善によるコストダウンを自社の収益として取り込み、適正な対価を得るために強気の価格設定をしました。
  2. アイデアや技術力の報酬化
    商品に含まれる知恵や工夫を「アイデア料」として価格に組み込む発想が必要です。アイデアに基づく技術料は単なる原価の一部ではなく、価値を創造する経営資源です。この考え方がないと、せっかくの技術革新が他社の収益に吸収されてしまう可能性があります。
  3. 価格政策と経営戦略の一体化
    価格設定は単なるコストや利幅の調整ではなく、競争力の源泉です。O社の社長が見せたような「適正利益率」という神話を超えた価格政策は、経営の知恵と戦略に基づいたものです。単なる安値競争に陥らず、製品の持つ価値を正確に評価し、顧客に提供できることが求められます。
  4. 市場ニーズと価値の共有
    製品の高い価値を理解してもらうことは、営業活動でも重要です。N社の製品が高い付加価値をもつにもかかわらず営業部門が安価で販売しようとした事例は、製品の価値を市場に正しく伝え切れていない状況を示しています。顧客はその価値を理解すれば、価格以上の価値を感じ、喜んで購入するのです。

こうした価格政策は、単なる「能率向上」ではなく、経営者としての「収益最大化のための戦略的視点」が問われます。価格政策は、単なるアイデアや技術の延長ではなく、企業の経営を支える重要な柱であり、適切な価格を設定することが企業の生存と成長を支える鍵です。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次