言い訳よりも行動。
君子たる者は、責任を果たさずに言い訳をすることを恥とする。
国や組織が揺らいでいるときこそ、力を尽くして支える姿勢が求められる。
魯の有力者・季氏が属国の顓臾を攻めようとしたとき、孔子は家臣の冉有と子路に厳しく問うた。「攻め取る理由を並べる前に、君たちは主君を正す努力をしたのか」と。
冉有らが「自分たちは望んでいない」と弁解しても、孔子はそれを認めなかった。危機に直面した国を支えず、戦を仕掛けて内側の不安をごまかす姿勢を厳しく批判したのだ。
本当に国や家を良くしたいなら、戦いや拡張ではなく、まずは内部の公平と安定をはかれ。
欲しいのなら、あれこれ理由をつけずに正直に言え。
「誠実に責任を果たすこと」が、孔子の教える君子のあるべき姿だった。
【原文引用(ふりがな付き)】
「力(ちから)を陳(つら)ねて列(れつ)に就(つ)き、能(あた)わざれば止(や)む。危(あや)うくして持(じ)せず、顚(たお)れて扶(たす)けざれば、将(は)た焉(いず)くんぞ彼(か)の相(しょう)を用(もち)いん」
「虎兕(こし)、柙(かく)より出(い)で、亀玉(きぎょく)、櫝中(とくちゅう)に毀(こぼ)つ。是(こ)れ誰(た)の与(よ)か」
【現代語訳・主旨】
危機に際しても支えず、倒れそうな者を助けようともしないなら、君は一体何のためにその地位にいるのか。
虎や野牛が檻から逃げ、宝物が箱の中で壊れたら――その責任は誰にある?
言い訳で責任を逃れようとする者は、君子ではない。
【注釈】
- 「陳力就列」:力を尽くして役目を果たすこと。つまり職務を全うする姿勢。
- 「不能者止」:それができないなら潔く辞する。
- 「虎兕」:虎や野牛。制御できずに逃げ出す危険の象徴。
- 「櫝中に毀る」:宝物が箱の中で壊れる。守るべきものが内部で壊されるたとえ。
- 「辞を為す」:言い訳をすることを意味し、孔子はこれを「君子の嫌う行為」とした。
- 「蕭牆の内」:家の内、つまり内輪の問題。孔子は「危険の種は外部ではなく内部にある」と見抜いていた。
【パーマリンク(英語スラッグ)】
duty-over-excuses
※直訳的かつ核心を突いたスラッグ。ほかに以下も候補として挙げられます:
no-excuses-just-action
(言い訳無用)true-duty-of-a-minister
(為政者のあるべき姿)danger-is-within
(危機は外ではなく内にある)
原文:
季子將伐顓臾。冉有、季路見於孔子曰、季氏將有事於顓臾。孔子曰、求、無乃爾是與。夫顓臾、昔者先王以爲東蒙主、且在邦域之中矣。是社稷之臣也、何以爲伐。
冉有曰、夫子欲之。吾二臣者、皆不欲也。
孔子曰、求、周任有言曰、「陳力就列、不能者止。」危而不持、顛而不扶、則將焉用彼相矣。
且爾言過矣。虎兕出於柙、龜玉毀於櫝中、是誰之過與。
冉有曰、今夫顓臾固而近於費、今不取、後世必爲子孫憂。
孔子曰、求、君子疾夫舍曰欲之而必爲之辭。丘也聞有國有家者、不患寡而患不均、不患貧而患不安。
蓋均無貧、和無寡、安無傾。夫如是、故遠人不服、則脩文德以來之。既來之、則安之。
今由與求也、相夫子、遠人不服而不能來也、邦分崩離析而不能守也、而謀動干戈於邦內、吾恐季孫之憂、不在顓臾、而在蕭牆之內也。
書き下し文:
季子、将に顓臾を伐たんとす。冉有、季路、孔子に見えて曰く、「季氏、将に顓臾に事あらんとす。」
孔子曰く、「求や、乃ち爾是れに与かるにあらずや。顓臾は、昔の先王、これを東蒙の主となし、かつ邦域の中にあり。是れ社稷の臣なり。何ぞ伐つを為さんや。」
冉有曰く、「夫子これを欲す。吾二臣は皆欲せず。」
孔子曰く、「求や、周任の言に曰く、『力を陳べて列に就き、能わざれば止む』と。危うきに持せず、顛るに扶けざれば、将た焉んぞ彼の相を用いんや。
且つ、爾の言過てり。虎兕柙より出で、亀玉櫝中に毀る、是れ誰の過ちぞや。」
冉有曰く、「今顓臾は固くして費に近し。今取らざれば、後世必ず子孫の憂いとならん。」
孔子曰く、「求や、君子は夫の欲すると曰うを疾むに、必ずこれに辞を為す。丘や聞けり、国有ち家有つ者は、寡を患えずして均しからざるを患え、貧しきを患えずして安からざるを患うと。
蓋し、均しければ貧しきこと無く、和すれば寡きこと無く、安ければ傾くこと無し。
夫れ是の如し。ゆえに、遠人服せざれば、則ち文徳を脩めて以て之を来たす。既に来たせば、則ち之を安んず。
今、由と求とは夫子を相(たす)け、遠人服せずして来たすこと能わず、邦分崩離析して守ること能わずして、干戈を邦内に動かさんとす。
吾恐らくは季孫の憂いは顓臾に在らずして、蕭牆の内に在らん。」
現代語訳(逐語/一文ずつ):
- 季氏が顓臾を討とうとしていた。
- 冉有と季路が孔子にその旨を告げると、孔子は言った。
- 「求よ、お前もこれに加担していないか?」
- 「顓臾は昔の王が東蒙の守りとした町で、しかも魯国の領土内にある。これは国家の重臣に等しいものだ。なぜ討つのか?」
- 冉有は答えた。「主君が望んでいるのです。私たち二人は反対なのですが…」
- 孔子は答えた。「求よ、周任の言葉に『力を尽くして列に就き、できなければ身を引く』とある。」
- 「危険でも支えず、倒れても助けないのでは、どうしてその補佐役を使う意味があろうか?」
- 「それに、お前の言葉は間違っている。猛獣が檻から出たり、宝物が箱の中で壊れたなら、それは誰の責任だ?」
- 冉有は言う。「顓臾は守りが堅く、隣接する費に近い。今のうちに取らねば、将来子孫の禍になります。」
- 孔子は答えた。「君子は“自分が望んでいる”と言いながら、それを正当化する言い訳をするのを忌み嫌う。」
- 「国を治める者は、貧しさではなく、不公平を憂える。数の少なさではなく、不和を恐れる。」
- 「公平なら貧しくならず、和を保てば孤立せず、安定すれば傾かない。」
- 「だからこそ、遠くの民が服さなければ、文徳を修めて彼らを引き寄せ、来たらば安定を与えるのだ。」
- 「今、お前たち由と求は主君を補佐しながら、遠人を従わせられず、国が乱れても守れず、それで国内に戦を起こそうとしている。」
- 「私が恐れるのは、季孫の本当の憂いは顓臾ではなく、身内(蕭牆=家の壁の内側)にあるということだ。」
用語解説:
- 顓臾(せんゆ):魯の属国で小国。領土内にある。
- 社稷の臣:国家の守護神に仕える忠臣・領内の正式な藩属。
- 東蒙の主:東の守りの要とされた地。
- 周任:周の賢人、政治の格言を遺した。
- 干戈(かんか):武力・戦争。
- 蕭牆(しょうしょう)の内:内輪、家庭や政権内部。
全体の現代語訳(まとめ):
季氏が顓臾という小国を討とうとするが、孔子はそれに反対し、補佐する弟子たちに厳しく諭す。
顓臾は歴史的にも国の一部として守るべき存在であり、それを討つのは筋が通らない。
指導者を支える立場の者が、間違いを止められず見過ごすのは職責を果たしていない。
国を治める者は、外の敵ではなく、内部の乱れこそを恐れるべきだと強調している。
解釈と現代的意義:
この章句は、「指導者の暴走を止める責任」と「真の脅威は内部にある」という深い教訓を含んでいます。
- 部下が「命令だから」と思考停止するのではなく、是々非々の判断を持つべきこと。
- 政治や組織運営において、外敵を煽ることで内部の矛盾をごまかすやり方を戒めている。
- 誠実な統治とは、民意を得て、公正で安定した社会を築くこと。
ビジネスにおける解釈と適用:
1. 「イエスマンでは組織を守れない」
部下が上司に唯々諾々と従うだけでは、組織の誤りは是正されない。
リーダーには進言する“忠言の勇気”を持つことが、真の補佐である。
2. 「問題の本質は“外”ではなく“中”にある」
売上減・競合対策など外的要因を責める前に、内部の連携不全・制度疲労を省みよ。
本当の危機は“内部崩壊”である。
3. 「言い訳より信念──目的と手段を混同しない」
「これは上が決めたから」「リスク回避のため」などの建前で、正義を曲げる行動は、信頼を損なう。
目的が正しくとも、手段が不正ならば、それは誤りである。
ビジネス用の心得タイトル:
「止める勇気、見抜く目──“蕭牆の内”にこそ危機あり」
ご希望があれば、この章句を題材とした管理職研修用資料や内部統制マニュアルの作成支援なども可能です。
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