孟子が斉の領地である平陸を訪れたとき、そこの大夫(長官)にこう尋ねた。
「あなたの部下で、ほこを持って警備にあたる兵士が、一日に三度も隊列を離れて職務を怠ったとしたら、どうしますか?」
大夫は即答した。「三度も繰り返さなくとも、すぐに処分しますよ」と。
これは一見、単なるやり取りに見えるが、孟子はこのあと、より大きな問いを投げかけていく前段階としてこの例を持ち出している。
すなわち、地位の低い者であっても職責を果たさなければ罰せられるのに、上に立つ者が自分の職責を怠っていていいのか?――という問いかけである。
ここで示されるのは、職務への責任感と身分に応じた義務の重要性である。
地位の大小を問わず、自らの役割をまっとうすることが、秩序と信頼の土台をなす。孟子のこの言葉は、現代における「職業倫理」「リーダーシップ責任」にも通じる不変の教訓である。
原文(ふりがな付き引用)
孟子(もうし)平陸(へいりく)に之(ゆ)き、其(そ)の大夫(たいふ)に謂(い)いて曰(い)わく、
子(し)の持戟(じげき)の士(し)、一日(いちじつ)にして三(み)たび伍(ご)を失(うしな)わば、則(すなわ)ち之(これ)を去(す)つるや否(いな)や。
曰(い)わく、三(み)たびするを待(ま)たず。
注釈(簡潔な語句解説)
- 大夫:地方の長官。ここでは孔距心を指す。
- 持戟の士:戟(ほこ)を持つ護衛兵。軍の下級職。
- 伍を失う:隊列から離れること。職務を怠る、統制を乱す行為。
- 之を去る:免職や処分すること。
パーマリンク候補(英語スラッグ)
- duty-before-rank(身分よりも職務)
- no-excuse-for-neglect(怠慢に言い訳なし)
- lead-by-discipline(規律が信頼を生む)
この節は、次の問い――「では、上に立つ者が責任を果たしていないとしたらどうか?」という本質的な批判へとつながる導入部でもあります。孟子は、平等に責任を問う視点をもって統治者に迫ります。
1. 原文
孟子之平陸、謂其大夫曰、子之持戟之士、一日而三失伍、則去之否乎。曰、不待三。
2. 書き下し文
孟子、平陸(へいりく)に之(ゆ)き、其の大夫に謂(い)いて曰く、
「子(なんじ)の持戟(じげき)の士、一日にして三たび伍(ご)を失わば、則ちこれを去(す)つるや否(いな)や。」
曰く、「三たびするを待たず。」
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「孟子之平陸」
→ 孟子が平陸という地に赴いたとき、 - 「謂其大夫曰」
→ そこの大夫(地方官)に向かってこう言った。 - 「子之持戟之士、一日而三失伍」
→ 「あなたの下にいる戟(ほこ)を持つ兵士が、一日に3回も隊列を乱したら」 - 「則去之否乎」
→ 「その兵士を免職にするか?」 - 「曰、不待三」
→ 大夫は答えた。「3回を待たずに処分します。」
4. 用語解説
- 平陸(へいりく):古代中国の地名。孟子が巡回中に訪れた土地。
- 大夫(たいふ):地方の高級官僚、あるいは諸侯の家臣。
- 持戟之士(じげきのし):戟(ほこ)を持つ兵士、衛兵のこと。
- 伍(ご)を失う:隊列を乱す、集団行動の統制を失う。軍規違反。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子が平陸に行った際、その地の大夫に問いかけた:
「あなたのもとにいる兵士が、一日に三度も隊列を乱したら、罷免するか?」
大夫は即座に答えた:
「三度を待たずに罷免します。」
6. 解釈と現代的意義
この章句自体では、大夫の答えのみが記されており、孟子の痛烈な反論は直後に続く文脈で語られます(「然則天下之民皆失伍矣、王何以待之哉」等)。
しかしこの場面だけでも、孟子が言おうとしているのは次の通りです:
- 兵士のような末端の者が小さな規律違反を犯せば、すぐに責任を問われる。
- 一方で、為政者や上位者が国家・社会を混乱させるような過ちを犯しても、責任を問われないのはおかしい。
つまり、孟子はここで「上に立つ者こそ、より厳格な責任感を持つべきだ」ということを、比喩と誘導的質問によって浮き彫りにしているのです。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「現場に厳しく、上には甘い組織は崩れる」
- 社員のミスは厳しく責め、管理職の判断ミスには言い訳を許す。
- これは不信と不満を生むだけで、組織としての信頼を損なう。
✅ 「上に立つ者の方が、より高い自己責任が求められる」
- ミスの影響範囲が大きいのはリーダー側。
- 部下には“3回まで猶予”を与えても、リーダーの1回の失策が大局を壊すことがある。
✅ 「現場の規律を語る前に、自らの統治・指導の在り方を省みよ」
- 組織の乱れ、チームの混乱は、現場ではなくリーダーの責任から生じていることが多い。
8. ビジネス用の心得タイトル
「規律を問うなら、上から正せ──責任の順序が組織を支える」
この短い章句は、上に立つ者が自分に甘く、部下に厳しいという矛盾を鋭く突くものです。
孟子は、道徳的な権威がなければ統治は成立しないという思想を貫いており、この一節は現代の組織論にも大きな示唆を与えます。
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