静岡県清水市には、スター精密株式会社という企業がある。この会社は精密ネジと小型自動旋盤を主力製品とする優れたメーカーだ。会社の営業案内によれば、従業員数は約450人、月商は8000万円に達している。その主要製品が占める市場シェアは以下の通りだ。
- 精密自動旋盤:40%
- 腕時計用巻真:80%
- 時計用ネジ類:42%
- 時計用竜頭:32%
- エスケープメント:80%
これほどまでの数字を誇るとは、驚くべき実績だろう。
しかも、この数字は偶然の産物ではない。「やっているうちにこうなった」のではなく、明確な意志と戦略によって作り上げられたものだ。スター精密の主力製品は、業界占有率30%以上を目標に掲げており、それを実現するための取り組みの結果がこれらの数字に表れている。
新たな製品を手がける際、まず総需要(トータルマーケット)が徹底的に調査される。そして、「この市場で自社の力で30%以上の占有率を獲得できるか」が慎重に検討される。30%以上の占有率を達成できないと判断された場合、その製品には一切手をつけない。この徹底した姿勢には驚かされる。占有率という指標が、製品の成否、さらには会社そのものの運命を左右する重大な要素であることを深く理解しているからこその戦略だ。
占有率が一定水準を下回る企業は「限界生産者」と呼ばれる。限界生産者の立場に陥ると、価格を自らコントロールする力を失い、大手メーカーに追随せざるを得なくなる。結果として、常に低価格での競争を強いられるのだ。さらに、需要者の多くも大手メーカーの製品を選ぶ傾向が強くなり、市場での存在感はますます薄れていく。
それだけでは終わらない。真に恐ろしいのは、市場の変化に伴う影響だ。不況期には、商社や問屋が在庫を縮小する際、真っ先に切り捨てられるのは限界生産者の製品である。一方、景気が回復して在庫を増やす際には、大手メーカーの製品が優先される。このサイクルが繰り返されるたびに、企業間の格差はますます広がり、やがて限界生産者は市場から淘汰される運命に直面する。
自由化によって外国製品との競争が激化する場面でも、最初に追い詰められるのは限界生産者だ。市場での競争力が低く、価格や品質で差別化が難しい限界生産者は、外部からの圧力に耐えきれず、早々にピンチに陥ることになる。
自由化によって外国製品との競争が生じるとき、最初に危機に直面するのは限界生産者だ。競争力の乏しさから、外国製品との価格競争や品質競争に対応できず、市場からの淘汰が加速する。
マスター万年筆が倒産に追い込まれた背景には、万年筆の自由化がある。自由化によってモンブランやシェーファーといった海外ブランドが国内市場に流入したが、販売の現場であるデパートや文房具店の陳列ケースのスペースは変わらない。この限られた陳列スペースの中で、限界生産者であるマスター万年筆は競争に勝てず、市場から消えることになった。
その結果、陳列ケースから限界生産者の製品は姿を消し、その代わりにモンブランやシェーファーといった海外ブランドが並ぶようになった。こうした状況の中で、マスター万年筆のような限界生産者の売上は急激に減少し、ついには完全に途絶えてしまった。これが、自由化による淘汰の現実である。
だからこそ、企業を存続させる使命を背負う経営者にとって、占有率を一定以上に保つことは最重要課題であり、絶対的な命題だ。占有率に関して注意すべきリスクは二つある。これらを見落とせば、企業の未来が危うくなる可能性が高い。
一つ目のリスクは、限界生産者に陥ることだ。具体的に占有率何パーセント以下が限界生産者かという明確な基準はないが、一般的には10パーセント以下であれば限界生産者と見なされると考えるべきだ。理想的な占有率は30パーセント以上であり、最低でも20パーセントは確保しなければ、安定した市場地位を維持することは難しいだろう。
もう一つのリスクは、占有率が徐々に低下していくことだ。たとえ現在高い占有率を持っていたとしても、それが年々減少していけば、いずれ限界生産者の域に達してしまう。このことが意味するのは、単に売上の増加だけを見て安心してはいけないということだ。たとえば、売上が伸びていても、その成長率が業界全体の成長率を下回っていれば、結果的に占有率は低下していることになる。この動向を見逃せば、企業の市場地位は着実に危うくなる。
大きな占有率を持つことは、必ずしも大企業でなければ達成できないわけではない。鍵となるのは市場の規模だ。市場が大きければ、その中で一定の占有率を得るためには相応の売上額が必要になるが、小さな市場であれば、比較的小さな売上でも高い占有率を確保することが可能だ。つまり、企業規模ではなく、ターゲットとする市場の選び方が占有率に大きく影響するのである。
このことは、企業の規模がそのまま製品分野の選択を左右することを示している。大企業であれば大規模な市場をターゲットにし、高い売上を求める必要がある。一方、小規模な企業は、自社の規模に見合った小さな市場を選び、その中で高い占有率を目指すことが現実的な戦略となる。つまり、企業規模に応じた市場選択が、競争力の鍵を握るということだ。
大企業は基礎資材や大衆消費材、特に高度な技術が求められる分野を得意とする。一方、小企業は、大企業の下請けとして活動するか、自社製品においては生産財や比較的容易に製造可能な消費財を扱うのが基本的な構図だ。この明白とも言える原則だが、実際には意外なほど理解されていないことが多い。現場では、この原理に反する選択をして苦境に立たされる企業が少なくない。
数年前、芝電機がラジオ付きテレビを売り出して失敗した例がある。この失敗の根本原因は、テレビのような巨大な市場に対して、芝電機の企業規模があまりにも小さかった点にある。市場の規模と企業の力量が釣り合っていなければ、いかに魅力的な製品であっても競争に勝つことは難しい。このケースは、企業規模に見合った市場選択の重要性を如実に示している。
家庭用換気扇を日本で最初に販売したのは、栗田電機という小企業だった。初めは成功を収めたが、すぐに大企業にその市場を奪われてしまった。栗田電機が失敗した理由は、大企業が支配する製品分野に手を出したことにある。大企業には規模や資源で勝てず、競争に巻き込まれることになった。このように、市場選択において企業規模に見合った戦略が必要であることが分かる。
企業の製品は、企業の規模に見合った市場を持つ必要がある。その市場とは、企業が高いシェアを獲得できるだけの規模を指す。この点を常に意識することが重要だ。
しかし、中小企業の製品分野では統計データが乏しいことが多く、業界の状況を把握するには断片的な情報をつなぎ合わせて判断するしかないことが多い。これが、占有率への関心が低い要因の一つとなっている。
状況がつかみにくいからこそ、経営者はあらゆる手段を駆使して業界の情報を収集し、占有率を推定する努力を怠ってはならない。
企業が持続的に成長し、変化の激しい市場で生き残るためには、業界内での占有率を高く保つことが不可欠です。占有率が低い限界生産者は、市場の変化や不況に弱く、競争が激化したり不況期に入ったりすると、真っ先に淘汰されるリスクが高まります。また、占有率が低いと価格設定の自由度が制限され、常に大手と比較して低価格を余儀なくされるため、収益が圧迫されやすいのです。
占有率の重要性は、企業の規模にかかわらず、いかなる市場でも同様です。中小企業であっても、自社の規模に見合った小規模の市場であれば、高い占有率を獲得しやすく、競争の影響を受けにくくなります。市場規模が大きくなればなるほど、企業もそれに応じた規模が求められ、高い占有率の維持が困難になります。
また、占有率の低下はやがて限界生産者への転落を意味し、企業の存続に深刻な影響を与えます。業界全体の成長率を上回る占有率の維持を目指し、日々変わる市場環境や競合の動向に即応する柔軟性が求められます。
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