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死者の名を汚さず、己の責を引き受けよ


一、原文と現代語訳(逐語)

原文抄(聞書第八)

中野将監切腹後、内蔵允、楢村清兵衛両人は将監付役にて候故、将監仕方一々御尋ねこれあり候。

「将監殿が未だ存生にて候はば、少々は其の仰せにて候と申す儀もこれあり候はん。
然れども、今は故人に候間、死人へ罪を着せ、自身の責を遁るる事、武士の本意に候や」

重役方ども感じ入られ、何の御糾問もこれ無く候。

現代語訳(逐語)

中野将監が切腹したのち、その配下であった石井内蔵允と楢村清兵衛の二人が、将監の処遇について取り調べを受けた。
内蔵允は、将監の指示だった可能性がある件についても、
「故人となった今、その方に罪を押しつけて、自分の責任を逃れるのは武士の本意ではない」と答えた。
その潔さに、取り調べを行った重役たちは皆感じ入り、内蔵允に対しては何の処分もなされなかった。


二、用語解説

用語解説
切腹武士の名誉ある最期。罪や責任を引き受ける象徴的な行為。
本意真の意志。武士の心構えや精神的原則。
糾問問いただし、責任を追及すること。取り調べ。
感じ入る心から感銘・共感すること。内蔵允の姿勢に心を打たれた様子。

三、全体の現代語訳(まとめ)

内蔵允は、すでにこの世にいない上司・将監の名誉を守るため、自らが責任を引き受けた。
たとえ将監の指示であったことでも、「死人に罪をなすりつけて自分を守るようなことは、武士の本意ではない」と言い切ったのである。
その潔さが、かえって周囲の信頼を得て、罪を問われることなく終わった。
一方で、言い訳を重ねた楢村清兵衛は隠居を命じられた。


四、解釈と現代的意義

この逸話に込められているのは、**“責任の所在”と“死者への礼節”**という二つの深いテーマです。
現代においても、過去の上司や前任者のせいにすることで自分を守ろうとする風潮は珍しくありません。
しかし、『葉隠』が示すのは次のような考えです:

  • 責任は“生きている者”が引き受けるべきもの。
  • 死者の名誉を守ることは、自らの誠実さの証でもある。
  • 言い訳よりも“覚悟ある姿勢”が、信頼を生む。

この精神は、単なる「忠義」ではなく、**“己の行いを潔く受け止める強さ”**なのです。


五、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)

項目解釈・適用例
プロジェクト責任失敗時に前任者や部下の責任にせず、自らの統括責任として引き受ける姿勢が信頼を生む。
退任上司やOBの扱い退職者や亡くなった人の悪評を言うのではなく、その功績や姿勢を尊重することが組織文化を守る。
危機管理自ら矢面に立ち、部下や故人の名を守る責任感が、リーダーの器量を示す。
品格事後処理や対外説明において、誠実で潔い態度が、結果として自分を最もよく守る。

六、補足:「死者の名を汚さず」という覚悟

この章句が伝える「死者に罪を着せぬ」という心は、
単に故人をかばうというよりも、自らの在り方を問う哲学です。

「私は生きている。だから責任をとる。
死者の名誉にすがって生き延びるようなことはしない。」
それが、常朝の考える武士としての“本意”=あるべき姿です。


七、まとめ:この章句が伝えるメッセージ

  • 武士とは、責任から逃げない人間である。
  • 死者の名誉を守ることは、己の信義を守ることでもある。
  • 弁解せず、覚悟をもって己の失態を認めた者こそ、周囲の信頼と尊敬を得る。
  • 誠実な姿勢は、最終的に“処分”よりも“感銘”を生み出す。

目次

🔚現代への置き換え:

「誰かのせいにせず、去った人の名誉を守る」――それが、潔さと信頼の源である。


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