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政治は分担で成り立つ。心を労する者、力を労する者

人はそれぞれの場所で、社会を支えている

前章までで、孟子は「すべてを自分でやる」という許行の教えの非現実性を明らかにした上で、ここで一気に結論を提示する。

「もし天下を治める者が、自ら耕して全てをまかなうというのなら、それこそ不自然な話だ」

社会には、上に立って人を治める**「大人(たいじん)」の仕事と、さまざまな業に従事する「小人(しょうじん)」の仕事**がある。

そして、それは一人の身体を見れば明らかだ。
衣服や道具、器や冠――あらゆる物が、無数の職人たちの手によって作られている。

もし、それらすべてを「自分で作ってからでないと使ってはいけない」となれば、天下中の人々が疲れ果ててしまう。

だから、古より言われているのだ:

「ある者は心を労し、ある者は力を労す」

  • 心を労する者は、人を治める役目
  • 力を労する者は、人に治められる役目

人に治められる者は、その労働で治める者を養い、
人を治める者は、その知恵と政で、民を支える。
これこそが天下の道理であり、自然の秩序である。


引用(ふりがな付き)

故(ゆえ)に曰(い)わく、或(ある)いは心(こころ)を労(ろう)し、或(ある)いは力(ちから)を労(ろう)す。心を労する者は人を治(おさ)め、力を労する者は人に治めらる。治めらるる者は人を養い、治(おさ)むる者は人に養われる。これ、天下の通義(つうぎ)なり。


簡単な注釈

  • 大人(たいじん):ここでは、道をもって政治を行う統治者・指導者層のこと。人格者・リーダーを意味する。
  • 小人(しょうじん):政治を行う立場ではなく、現場で生活と生産を担う民衆層。人格を卑しむ意味ではない。
  • 労心・労力:心を使う(計画・判断・統治)ことと、体を使う(作業・労働)こと。両者の役割分担を肯定する言葉。
  • 通義(つうぎ):世間一般に通用する普遍的な道理・原則のこと。

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この章は、孟子が描く**「仁政」とは現実社会における役割と相互扶助の理解に基づいてこそ成立する**という思想の頂点とも言える部分です。

人は「独立」して生きるのではなく、「役割を違えながら共に生きる」。それを政治の正統性として表現した名言が、ここにあります。

1. 原文

然則治天下,獨可耕且為與?大人之事,小人之事。
且一人之身,而百工之所為備。如必自為而後用之,是率天下而路也。
故曰:或勞心,或勞力。勞心者治人,勞力者治於人。治於人者食人,治人者食於人,天下之通義也。


2. 書き下し文

然らば則ち、天下を治むるに、独り耕し且つ為すべけんや。

大人の事あり、小人の事あり。

且つ、一人の身にして、百工の為す所を備う。もし必ず自ら為して、しかる後に之を用いんとせば、是れ天下を率いて路(ろ)するなり。

故に曰く、或いは心を労し、或いは力を労す、と。

心を労する者は人を治め、力を労する者は人に治めらる。

人に治めらるる者は人を養い、人を治むる者は人に養われる。これ、天下の通義なり。


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

  • 「然らば則ち、天下を治むるに、独り耕し且つ為すべけんや」
     → そうだとすれば、天下を治める者が、自ら耕し自ら働かねばならぬというのか?
  • 「大人の事あり、小人の事あり」
     → 立場や役割によって、指導者(大人)としての仕事と、庶民(小人)としての仕事は異なる。
  • 「一人の身にして、百工の為す所を備う」
     → 一人の人間でありながら、百工(様々な職人たち)の仕事の成果を使って生きている。
  • 「もし必ず自ら為して、しかる後に之を用いんとせば、是れ天下を率いて路するなり」
     → もしすべてを自分で作ってからでないと使わないのだとしたら、天下の人々すべてに“物々交換時代”に戻らせるようなものだ。
  • 「故に曰く、或いは心を労し、或いは力を労す」
     → だからこそ言われるのだ。「ある者は心を労し(思考し)、ある者は力を労す(肉体労働する)」と。
  • 「心を労する者は人を治め、力を労する者は人に治めらる」
     → 思考をもって職務にあたる者は人を治め、労働をもって働く者は人に治められる。
  • 「人に治めらるる者は人を養い、人を治むる者は人に養われる」
     → 働く者は政治家を支え、政治家は働く者に養われている。これが社会の自然なしくみ(通義)である。

4. 用語解説

  • 大人(たじん):道徳と権威を備えた指導者・為政者。
  • 小人(しょうじん):庶民や民間の人々。地位ではなく役割を表す。
  • 百工(ひゃっこう):さまざまな職人、技術者層。分業社会の象徴。
  • 率天下而路(ろ)する:天下を昔の物々交換・自給時代に逆戻りさせるということ。
  • 通義(つうぎ):普遍的な道理、社会の自然な秩序。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

それならば、天下を治める者が、自ら農作業をして自ら全てをこなさねばならないのか?

為政者には為政者の仕事があり、庶民には庶民の仕事がある。

一人の人間が使っているものは、さまざまな職人の仕事の成果で成り立っている。
もし全ての物を、自分で作ってからでなければ使わないというならば、世の中全体を“原始生活”に引き戻すようなものだ。

だからこう言われる:「心を使って働く者もいれば、身体を使って働く者もいる」
心を労する者は人を治め、力を労する者は人に治められる。

そして、働く者は政治家を養い、政治家はまた働く者によって養われる。
これが、天下の普遍的な道理なのだ。


6. 解釈と現代的意義

この章句は、孟子による分業の正当性と職分倫理の宣言です。

  • 政治・経営における“指導者の正当性”を理論化
     為政者や経営者が“働かずして支配する”のではなく、思考や判断、決断という「心の労働」をもって社会に貢献しているという立場。
  • 社会は“役割の共存”であり、“対立”ではない
     農民と官僚、労働者と経営者がそれぞれに他者を支え、同時に支えられている。搾取ではなく共生の関係。
  • 全自給思想(許行)の限界を現実的に指摘
     「すべて自分で作るべきだ」という思想は、分業社会に適応しない。かえって社会の停滞を招く。

7. ビジネスにおける解釈と適用

「職務と責任を明確に──“役割の差”は“価値の差”ではない」

  • 現場とマネジメント、営業と企画、作業と設計──それぞれが必要不可欠なパートである。
  • 組織内の“労心”と“労力”の区別は、差別ではなく最適化のための設計。

「分業こそが効率と創造を生む」

  • 全員が全てを担う必要はない。むしろ分業と専門性の発揮が、社会と組織の機能性を高める。
  • 委託・協働・コラボレーションは“怠惰”ではなく“信頼に基づく共生”である。

「“心を労する者”の責務は、深い倫理と感謝を持つこと」

  • 経営者やマネージャーは、“上に立つ人”ではなく“支えられている人”という自覚が必要。
  • 食われる者ではなく、養われている者であるという謙虚な視点が、健全な統治を生む。

8. ビジネス用心得タイトル

「分業は共生──支え合いが組織と社会を前に進める」


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