孔子が儀(ぎ)の国境を通過する際、そこの役人が「君子がこの地を通るとき、必ず拝見している」として、孔子との面会を求めた。
面会ののち、役人は弟子たちに向かって語った。
「皆さんは先生が世に受け入れられていないことを嘆いているようだが、心配にはおよばない。
今、天下には道(みち=正しい政治)がなくなって久しい。天はまさに先生を『木鐸(ぼくたく)』とし、諸国を巡って正しき教えを広めさせようとしているのだ」と。
「二三子(にさんし)、何(なん)ぞ喪(うしな)うを患(うれ)えんや。天下(てんか)の道(みち)無(な)きや久(ひさ)し。天、将(まさ)に夫子(ふうし)を以(も)って木鐸(ぼくたく)と為(な)さんとす」
志ある者が世に受け入れられないのは、天がより大きな役割を与えようとしているからかもしれない。巡り歩くのは流浪ではなく、使命である。
原文
子語魯大師樂曰、樂其可知也。始作翕如也、從之純如也、皦如也、繹如也、以成。
書き下し文
子(し)、魯(ろ)の大師(たいし)に楽(がく)を語りて曰(いわ)く、楽(がく)は其(そ)れ知(し)るべきなり。
始(はじ)め作(な)すや翕如(きゅうじょ)たり。
之(これ)に従(したが)うこと純如(じゅんじょ)たり、皦如(こうじょ)たり、繹如(えきじょ)たり。
以(もっ)て成(な)る。
現代語訳(逐語・一文ずつ)
- 「子、魯の大師に楽を語りて曰く、楽は其れ知るべきなり」
→ 孔子は魯の音楽を司る官職「大師」に音楽の本質について語って言った。「音楽の良し悪しは、きちんと理解できるものだ」 - 「始め作すや翕如たり」
→ 「演奏が始まるときは、息を合わせるように一斉に整って調和している」 - 「之に従うこと純如たり、皦如たり、繹如たり」
→ 「その進行は、ひたすら純粋であり、澄みきっており、流れるように途切れず続いていく」 - 「以て成る」
→ 「このようにして、音楽として完成するのである」
用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
魯大師(ろのたいし) | 魯国の楽官長。宮廷音楽を司る重要な官職。 |
楽(がく) | 単なる音楽ではなく、「音律を通して心と社会の調和を図る儒教的教化手段」。 |
翕如(きゅうじょ) | 「翕」は「合わせる・閉じる」の意。ここでは、皆が一斉に呼吸を合わせる調和的な開始を表す。 |
純如(じゅんじょ) | 濁りがなく一貫していること。 |
皦如(こうじょ) | 明るく澄んだ様子。「透明感のある響き」の比喩。 |
繹如(えきじょ) | とぎれず流れるように続くこと。「織物の糸のように連続する」の意。 |
全体の現代語訳(まとめ)
孔子は、魯の音楽長官に向かってこう語った:
「音楽というものは、その良し悪しがわかるものだ。
演奏の始まりには全員が調和して整然とし、
その後の流れもひたすら純粋で、清らかで、途切れることなく続いていく。
こうして初めて、音楽は完成するのだ」
解釈と現代的意義
この章句は、孔子の音楽観=礼と調和の象徴としての音楽を語った重要な言葉です。
- 儒教における「楽」は、単なる娯楽ではなく、社会秩序や人心を調和させる精神文化の核心とされます。
- 音楽の始まりから終わりまで、調和・清明・持続という構成が、人間社会のあるべき姿を象徴しています。
- 孔子は、**「本物の音楽には道徳的秩序と美がある」**と考えており、それが「知るべき」=理解できると述べています。
- 言い換えれば、**“美しいものには、理由がある”**という思想です。
ビジネスにおける解釈と適用
「チームワークは“音楽”と同じ──調和・純粋・持続が成功を生む」
- プロジェクトのスタート(翕如)では、全員が呼吸を合わせて同じ方向を向くことが重要。
- 実行プロセス(純如・皦如・繹如)では、透明性・一貫性・継続性が求められる。
- 最後に「完成(成)」に至るには、過程の美しさと秩序が鍵。
「成果物(製品・サービス)は“構造的な美”を持つべき」
- 優れた製品・デザイン・体験には、わかる人には“秩序と理由”が感じられる。
- 孔子の「楽は可知なり」は、表現の中に内在する論理性や倫理性の重要性を示している。
「“本質的な調和”を大切にする経営」
- 利益追求一辺倒ではなく、組織のリズム、社会との和、顧客との調和が持続可能な成功の基盤となる。
まとめ
「美しい成果は、調和・透明・持続の上に成る──“楽の完成”に学ぶプロジェクト論」
この章句は、孔子の「音楽は礼の完成形である」という思想をよく表しており、美と秩序が一体となった文化的理想を語っています。
現代のビジネスにおいても、“整っていて、美しい成果物”は、内なる調和と一貫性の賜物であり、そこに“可知なり”といえる構造があるという、極めて普遍的な示唆を与えてくれます。
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