K社は、従来は下請け加工業を主な業務としていたが、その枠を超えて自社製品の開発に挑戦した。市場には既に先行する成功例が存在しており、その中での新製品投入は大きな期待と覚悟を伴うものだった。
商品自体の開発には成功したものの、販売は困難を極めた。有望な販路は既に先行する数社が激しい競争を繰り広げており、割り込む余地はほとんどなかった。そこで、新たな道を切り開くために、大手プロパン業者であるM社と総代理店契約を結ぶという戦略に踏み切った。
しかし、販売開始から1年が経過しても、月商はわずか千台に留まり、目標としていた採算ラインの月商三千台には遠く及ばなかった。状況を打開するため、私はK社長に直言した。「自社の商品は自分たちの手で売らなければ意味がない」と。だが、K社長は不満げな表情を浮かべ、納得しきれない様子だった。
「販売は総代理店に委託しており、さらに1台あたりの販売促進費まで負担している以上、M社が売るのが当然だ。自分たちは製造に専念すれば十分だ」というのがK社長の考えだった。
私は改めてK社長に訴えた。「総代理店だからといって、我が社の商品を積極的に売ってくれると思い込むのは完全に誤りだ。確かにM社と契約を交わしたが、だからといってM社が売上げに対する責任を感じているわけではない。ましてや、熱心に売り込もうとするセールスマンなど一人もいない現実を直視すべきだ。」
「M社が考えているのはあくまでM社自身の業績であって、あなたの会社の業績ではない。M社が総代理店を引き受けたのは、『もしかしたら自社の業績にプラスになるかもしれない』と期待したからに過ぎない。決してあなたの会社のために、あなたの会社の商品を売ろうとしているわけではないのだ。だからこそ、自社の商品を売る責任は、自分たちで負わなければならないのだ」と強く訴えた。
私の言葉は、K社長にとって完全に理解しきれない部分もあったようだが、少なからず衝撃を与えたようだった。どれだけM社が売るべきだと信じていても、現実の売上が伸び悩んでいる状況に直面し、私の指摘にも一理あると考え始めたようだった。
結局、私の提案を受け入れ、K社長は自ら販売に乗り出す決断をした。その手法として採用したのがトラック・セールスだった。セールスマンがトラックに商品を積み込み、M社の営業所を訪問。まずはその晩に営業所のスタッフと酒を酌み交わし、親睦を深めた上で、翌日には営業所員と一緒に現場を回り、同行セールスを行うという戦略だった。
このトラック・セールスを2台体制で実施した結果、わずか3カ月で月商5,000台を達成するという大きな成果を上げた。この成功を通じて、K社長は初めて「販売とは何か」を実感し、その重要性を深く理解するに至ったのである。
T社を訪問した際、売上が伸び悩んでいる状況が明らかだった。T社長は「穴熊」のように会社に籠りがちで、積極的な行動を避けていた。そこで、私の提案で問屋を回る営業を始めたところ、「自社の商品を積極的に持ち歩いて売ってくれる問屋は一軒もいなかった。これまで問屋が売ってくれると信じていたのは、完全に誤りだった」と気づき、T社長は自らの考えを改めるきっかけを得たのだった。
S社長はこう語った。「創業当初は、全国に販売網を持つ大手問屋が最適だと思い、大手4社と代理店契約を結びました。しかし、全然売れていなかったんです。仕方なく、自社でサブ店や再販店を回り、直接売り込むしかありませんでした。当時は正直、腹立たしい思いもしましたが、今では割り切っています。結局、自分の会社の商品は、自分の手で売らないとダメなんだと痛感しましたよ」と。
Q社を訪問した際、ひと際目を引く「シンデレラ」的な商品に出会った。私の第六感が「これは面白い」と反応しただけでなく、その商品は販売手法との相乗効果によって、実績面でもまさにシンデレラストーリーを体現しているような成功を収めていた。
私はその商品の可能性を社長に伝え、「もっと力を入れて売り込んでみてはどうですか」と勧めた。しかし、社長は「それなら全国的な販売網を持つ業者に任せよう」と言った。それを聞いて、私はすかさず指摘した。「全国的な販売網を持つ業者に依頼すれば、自社の商品も全国で売れると思い込むのは大きな間違いです。彼らの販売網がそのまま自社商品の売上に直結するわけではありません」と。
私はさらに説明を続けた。「規模が大きい業者ほど、取り扱う商品が多岐にわたるため、個々の商品に細やかな配慮をする余裕はなくなります。一方で、Q社の商品には、地域占有率の高い専門業者が最適です。そうした業者は地域密着型であり、自社商品に対する深い理解と熱意を持って販売に取り組む可能性が高い。だからこそ、そのような業者と契約することをお勧めします」と提案したのだ。
多くの会社が、「代理店と契約すれば、その代理店が我が社の商品を積極的に売ってくれる」と誤解している。そして、「全国的な販売網を持ち、広範に事業展開している大手の会社こそ最適な代理店だ」と思い込んでいる。しかし、これらの考え方は完全に「天動説」的発想に過ぎない。現実は、自社の努力なくして商品が売れることなどあり得ないのだ。
流通業者が忠誠を尽くしている相手は、代理店契約を結んだメーカーではなく、あくまで自分自身の会社だ。彼らがメーカーと代理店契約を結ぶのは、多くのメーカーの商品を扱う中で、自社の業績向上に寄与する商品や取引先がいくつか見つかるだろう、という合理的な期待に基づくものだ。決して、メーカーに対して忠誠や専心を示すためではない。この現実を理解せず、流通業者に依存するのは危険だ。
その理由は単純だ。多くの会社が、代理店契約を結べば商品が売れるという幻想を抱いているからだ。しかし、実際には代理店は収益に寄与しない商品には関心を持たない。代理店契約を結んでいる商品であっても、それが「儲かる商品」でなければ、積極的に売ることはない。代理店が力を入れて売っている場合、それはその商品が利益を生むからであり、代理店契約そのものが理由ではない。この現実を理解せず、流通業者を安易に代理店として利用する企業が多いこと自体が、多くの企業の販売戦略に潜む問題を浮き彫りにしている。
しかしながら、代理店を利用することには確かに大きな利点がある。それは、代理店が既に持っている広範な販売網を即座に活用できる点だ。自社で一から販売網を構築するには膨大な時間とコストがかかるが、代理店を通じれば、これらを効率的に省略できる。この販売網の活用は、特に市場参入や拡大を迅速に行いたい場合に、大きな武器となる。もっとも、その利点を最大限に生かすには、代理店が商品に利益を見出せる仕組みを整えることが不可欠だ。
自社の商品を売るための販売網を自ら構築しようとすれば、莫大なコストと膨大な時間が必要になる。その手間を一切省く手段が、代理店との契約だ。代理店に支払うマージンは、いわば「販売網の利用料」であり、「販売手数料」とは異なる。販売活動そのものは、あくまでも自社の責任と役割に基づいて行うものだ。
自社の商品を売るための販売網を自ら構築しようとすれば、莫大なコストと膨大な時間が必要になる。その手間を一切省く手段が、代理店との契約だ。代理店に支払うマージンは、いわば「販売網の利用料」であり、「販売手数料」とは異なる。販売活動そのものは、あくまでも自社の責任と役割に基づいて行うものだ。
これを理解できないのは、「天動説」に囚われている状態と同じだ。その思考から抜け出せない限り、販売が軌道に乗ることは決してない。代理店に「販売網の利用料」を支払い、そのネットワークを活用して自社で販売する。この姿勢こそが、本来あるべき正しいアプローチなのだ。
この考え方は、小売店に対しても全く同様に当てはまる。小売店に支払うマージン(問屋を通じて支払う場合も含む)は、「販売手数料」ではない。その本質は、「売場を借りるための使用料」である。
自前で小売店舗を作るには、再び多額の費用と膨大な時間が必要になる。それを避ける手段が、既存の小売店を利用することだ。そこで当然支払うのが「売場借用料」である。小売店の売場を借り、そのスペースで自社の商品を自ら販売する。これが正しい在り方だ。
「天動説」の考えを捨て、自社の商品は自社の努力によって売るという姿勢こそ、企業が生き残るための基本的な態度だ。この責任を他者に委ねるのではなく、主体的に取り組むことが重要である。
この基本的な態度を「例え」で考えてみよう。ここに油タンク(間屋)があり、その中には油(我社の商品)が入っている。このタンクの油を減らさなければ、新たな油を補充することはできない。では、どうすればタンクの油を効率よく減らせるだろうか?
いくら頻繁にタンクの油の減り具合を確認しても、それだけでは油の減少速度を上げることはできない。ただ減り具合を把握するだけで、それが売上の「促進」につながるわけではない。これは単なる「監視」にすぎず、実際の販売活動を進める行動とは別物である。
タンクの油を減らす唯一の手段は、「蛇口」をひねることだ。この蛇口とは、小売店そのものを指す。つまり、小売店の売上を増大させることこそが、本当の意味での販売促進である。
では、蛇口から流れ出る油の量を最大化するためにはどうすればいいのか。これは、小売店が商品を売りやすくなる環境を整えたり、需要を喚起する仕組みを作ったりすることに尽きる。適切なサポートとマーケティングを通じて、蛇口の流れをスムーズにし、より多くの商品を流通させることが鍵となる。
多くの間屋が注力するのは、「蛇口の数を増やす」ことだ。これが、結果として「我社の商圏内にある全ての小売店に我社の商品を置く」という考え方や行動につながっていく。しかし、蛇口の数を増やすだけでは、本質的な問題を解決できない。重要なのは、蛇口が実際にどれだけ効果的に油(商品)を流し出せるかという点であり、数を増やすこと自体が目的化してしまえば、真の販売促進には結びつかない。
こうした考え方が、間屋にとって「新規開拓」という一種の「神話」を生み出している。そして、この神話が、一つの小売店に対して数多くの問屋のセールスマンが次々と売り込みをかけるという、無意味な過当競争を引き起こしているのだ。これは全くばかげた現象であり、資源の浪費に他ならない。競争の名のもとに行われているが、実際には効率的な販売促進からはほど遠い行動にすぎない。
販売促進とは、本質的に「小売店の数を増やすこと」ではなく、「販売金額」や「販売数量」を増やすことに他ならない。しかし、このごく当たり前の原理が理解されていないのが現状だ。蛇口の数を無闇に増やすことではなく、一つ一つの蛇口からどれだけ効率的に流せるかを考えるべきなのだ。この基本に立ち返らなければ、真の販売促進は実現しない。
蛇口から流れ出る油の量を増やす最も効率的な方法は、蛇口そのものを大きくすること、そして蛇口を開いている時間を増やすことである。理想的な状態とは、「たれ流し」に近い形で、途切れることなく商品が流れる状況だ。
この仕組みがうまく機能すれば、蛇口の数、つまり小売店の数は必要以上に多くなくても問題ない。むしろ、少ない蛇口でも十分に対応できるほうが効率的であり、それこそが望ましい販売の在り方だ。数を追うのではなく、質を高めることに注力するのが、真に持続可能な戦略と言える。
そのために必要なのは、小売店に対して効果的な販売促進を仕掛けることだ。この戦略を「蛇口作戦」と呼ぶ。この蛇口作戦こそが、販売促進の本質的な姿である。
さらにこの蛇口作戦を突き詰めていけば、最終的には直接消費者に働きかける段階に到達する。小売店を通じた間接的な手法だけでなく、消費者の心に直接訴えかける活動を行うことで、販売促進は真に意味のあるものとなる。販売促進とは、小売店で終わるものではなく、消費者に届いて初めて完結するのである。
「そんなに直接的な販売促進まで行うなら、間屋は必要ないのではないか」とか、「それでは間屋の存在を軽視しているのではないか」という考えを持つ人がいるかもしれない。しかし、そうした捉え方は誤解に基づいている。
間屋の役割を否定するわけではなく、むしろ間屋が持つ販売網や流通の仕組みを最大限に活用するために、小売店や消費者への直接的なアプローチが必要なのだ。間屋はあくまでも販売を補完する存在であり、主役は商品の価値を伝える自社の活動にある。その両者が連携してこそ、真の販売促進が実現できるのである。
そう考える人は、小売店の実態を理解していない。「小売店が我社の商品を積極的に売ってくれる」と思い込むのは、まさに「天動説」に囚われた発想だ。
現実の小売店は、多数の企業から仕入れた膨大な種類の商品を扱っている。その中で、特定の会社の商品に特別な力を入れて販売することなど、基本的には期待できない。彼らにとって重要なのは、棚を埋め、売れる商品を効率的に回転させることだ。だからこそ、自社の商品が目立ち、選ばれ、手に取られるための努力は、企業自身が行わなければならない。それを怠れば、商品は埋もれるだけである。
小売店が忠誠を誓っているのは、メーカーや問屋ではなく、自らの事業そのものだ。彼らの関心は、自分たちの店舗でいかに利益を上げるかという点に尽きる。そのため、小売店が力を入れるのは「売れる商品」であり、メーカーがどこであろうと、それが売れるものであれば問題ない。
つまり、メーカーにとって重要なのは、自社の商品を「売れる商品」として認識させることである。その努力をせず、小売店に依存しているだけでは、商品が埋もれてしまうのは当然の結果だ。メーカーや問屋が小売店との関係を築くためには、商品自体の魅力や売れる仕組みを作り出すことが何よりも重要なのである。
つまり、小売店は決して我社の商品を「売る」わけではない。ただ単に、商品を売場に並べているだけなのだ。販売という行為は、積極的に売り込むことを含むが、小売店においてはそうした積極性は期待できない。実際には、商品が「売れてゆく」状態を作り出しているにすぎない。
だからこそ、メーカー側が「売れる仕組み」を作ることが必要だ。商品が自然と手に取られ、消費者に購入されるような環境や動機づけを提供しなければ、小売店に並んだ商品は単なる「在庫」と化してしまう。真の販売促進とは、この「売れてゆく」状態を意図的にデザインすることなのだ。
小売店が我社の商品を売らないのに、なぜ利用するのか。それは、小売店が売場を持ち、その売場を利用できるからだ。
この最も効率的な売り方を、多くのメーカーは誤解し、最も効率の悪い方法だと思い込んでいる。その結果、効率の悪いどころか、ただの販売監視に過ぎない問屋訪問に時間と労力を浪費しているのが現状だ。
そこで、この章では、効率的な販売の鍵となる「蛇口作戦」について、具体的な事例を通じて考察していく。その前に、この項目の内容を簡単にまとめておこう。
自社の商品は、いつ、どんな場合でも、自らの手で売らなければならない。流通業者は我社の商品を売ってはくれない。問屋の販売網を活用し、小売店の売場を借りて、自ら販売するという基本認識が必要だ。この考えに基づいてこそ、販売は成功する。そして、販売の成功こそが事業の成功を支えるのだ。
以上は消費財や業務用品について述べたが、生産財についても「蛇口作戦」の考え方は全く同じだ。流通業者に販売を任せ、自社は製造だけに専念するという姿勢では、販売の成功は望めない。エンドユーザー、つまり実際に商品を使う相手に対して、根気よく、定期的に働きかけることこそが、成果を生み出す鍵となる。
「流通業者に依存せず、自社の商品は自らの手で売るべき」という考え方は、販売における基本的な認識です。ここでのポイントを整理します。
基本的な認識
- 流通業者は自社商品を売ってはくれない
- 流通業者や代理店は、多くの商品を扱っており、各メーカーの商品を特に優先して売ろうとはしません。彼らが販売に力を入れるのは、自社に利益がある場合や売りやすい商品だけです。
- 代理店や流通業者はあくまで自社の利益を最優先しているため、メーカーの業績や販売拡大には直接の興味はありません。
- 代理店や小売店に払うマージンは「販売手数料」ではなく「利用料」
- 代理店に支払うマージンは、販売手数料ではなく「販売網利用料」です。同様に小売店に支払うマージンは「売場借用料」であり、彼らが販売活動を積極的に行う手数料ではありません。
- 自社の商品は自ら売る
- 代理店の販売網や小売店の売場を活用しつつ、自社商品は自社の手で売り込むことが必要です。これが、販売を成功させる唯一の方法であり、「天動説」的な誤解を捨てることが重要です。
販売促進のための「蛇口作戦」
「蛇口作戦」とは、小売店や最終顧客に直接働きかけて、売上を最大化する方法です。流通業者や代理店を単に商品の「監視」役にするのではなく、小売店の売場を借りて直接消費者にアプローチすることが成功への鍵です。
- 販売促進は小売店の数を増やすことではなく、販売量を増やすこと
- 効率的な方法は、小売店の売場をうまく活用し、「蛇口を開けて」消費者が商品を手に取る機会を増やすことです。これは、小売店での販売促進活動を強化し、消費者へのアプローチを密にすることに他なりません。
- 効率的な売り方としての直接販促
- 可能な限り、小売店を通じて消費者に直接販売促進をかけることが、最も効率的な売り方です。小売店が単に売場を提供しているだけの状況から脱却し、消費者が「買いやすい」状態を作ることが理想です。
実行へのアドバイス
- 小売店との協力体制を強化し、小売店の売場での販促活動に積極的に関与します。
- 直接消費者に働きかけるイベントやキャンペーンを計画し、消費者に商品の魅力を伝え、購入意欲を高めるような体制を作ります。
- 販売状況のモニタリングを行い、在庫状況や販売速度を確認し、随時対応することで機会損失を防ぎます。
流通業者や代理店に頼るのではなく、販売網や売場を利用して自社で売り込むことで、販売の成功が企業の成長につながるのです。
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