自分の中にひそむ私欲に打ち克ち、欲望を制するには、
まずそれが欲であると早く気づき、見極めることが第一である。
しかし、たとえ気づいたとしても、意志の力が弱ければ実行には移せず、
結局、欲望に流されてしまう。
つまり、「これは欲だ」と照らし出す自覚の力は、
**魔を暴く明るい珠(照魔の明珠)**であり、
「断ち切る」と決断し行動する意志の力は、
**魔を斬る名剣(斬魔の剣)**のようなもの。
この二つは、どちらか一つが欠けても成し得ない。
自分に打ち克つには、認識と実行、心と行動の両輪が必要なのである。
原文(ふりがな付き)
私(わたくし)に勝(か)ち欲(よく)を制(せい)するの功(こう)は、識(し)ること早(はや)からざれば力(ちから)易(やす)からずと曰(い)う者(もの)有(あ)り。識(し)り得(え)て破(やぶ)るも忍(しの)び過(す)ごされずと曰う者有り。蓋(けだ)し識は是(こ)れ一顆(いっか)の照魔(しょうま)の明珠(めいしゅ)にして、力は是れ一把(いっぱ)の斬魔(ざんま)の剣(けん)なり。両(りょう)つながら少(か)くべからざるなり。
注釈
- 私に勝ち欲を制する:自らの私心や欲望に打ち克つこと。『孟子』や『老子』も「寡欲(欲を少なくすること)」を徳の基本とする。
- 識ること早からざれば力易からず:「早く気づけなければ、それに打ち克つことは難しい」という意味。自覚の遅れが判断を鈍らせる。
- 識り得て破るも忍び過ごされず:気づいていても、意志が弱ければ実行できず、結局欲望に負けてしまう。
- 照魔の明珠:魔(=私欲)を照らし出す知の象徴。冷静な認識力。
- 斬魔の剣:魔を斬るための意志の象徴。行動と断固たる意志の力。
※ベンジャミン・フランクリンや吉田松陰など歴史上の人物も、若い頃から私欲を抑える訓練に努め、自覚と意志の鍛錬を通じて人格を磨いてきたと語っています。
パーマリンク(英語スラッグ)
discipline-mind-and-will
(心と意志を鍛える)see-and-slay-desire
(欲を見抜き、断つ)clarity-and-courage
(明晰さと断行の力)
この条文は、人間が自らを制御し、成長するために欠かせない二本柱――
「自覚力」と「意志力」について、具体的かつ象徴的に示した教えです。
私たちがつまずく原因の多くは、気づかなかったか、気づいても実行できなかったかのどちらかです。
それを克服するための**光(知)と刃(力)**を持て――この教えは、現代における自己成長やセルフコントロールにも直結する力強い指針となります。
1. 原文
私制欲之功、有曰識不早力不易者。
有曰識得破而不忍者。
蓋識是一顆照魔明珠、力是一把斬魔利劍。
兩不可少也。
2. 書き下し文
私(わがまま)に勝ち、欲を制する功夫には、
「早く識らねば、力を用いるのは容易ではない」と言う者もあり、
「識り得てこれを破ろうとしても、忍び難い」と言う者もある。
思うに、識とは一つの魔を照らす明珠であり、
力とは一振りの魔を斬る利剣である。
両者ともに欠かすことはできない。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 私に勝ち欲を制する功夫には、「識らねば力は尽くせない」と言う人がいる。
→ 欲に勝つためには、まず早くそれに気づかなければ、力を発揮することは難しいという人がいる。 - 「気づいても断ち切るのは忍びない」と言う人もいる。
→ 欲の正体に気づいたとしても、実際に断ち切るのはつらくて耐えがたい、という人もいる。 - 識は、魔を照らす一顆の明るい珠であり、
→ 気づき(識)は、心の闇にひそむ魔を照らす光の玉である。 - 力は、魔を斬る一振りの鋭い剣である。
→ 意志力(力)は、迷いや欲を断ち切る鋭い剣である。 - どちらも必要であり、欠かしてはならない。
→ 欲を制するためには、「気づき」と「断ち切る意志」の両方がそろってこそ成り立つ。
4. 用語解説
- 私(し):私心、自我、自己中心的な欲望。
- 制欲(せいよく):欲望を制御し、抑えること。
- 功(こう):修養の力、鍛錬、修行、工夫。
- 識(しき):気づき、認識、洞察力。
- 破(やぶ)る:見破る・断ち切る。
- 忍(しの)ぶ:耐えること、心を鬼にすること。
- 照魔明珠(しょうまのめいじゅ):心の中の魔(邪悪や迷い)を照らし出す明るい珠。
- 斬魔利剣(ざんまのりけん):迷いや悪念を断ち切る鋭利な剣=決断の意志力。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
欲望を抑えるための修行には、
「早くその正体に気づかなければ、意志を働かせるのは難しい」と言う人もいれば、
「気づいたとしても、実際に断ち切るのはつらい」と言う人もいる。
確かに、気づきとは心の魔を照らす光の玉であり、
意志力とはそれを断ち切る鋭い剣である。
どちらが欠けても、欲望には打ち勝てないのである。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、人間が欲望を乗り越えるには、「洞察」と「実行」の両輪が必要だという、非常に実践的な教えです。
- 「気づく」だけでは足りない
→ 欲望や迷いの本質を見抜く洞察力(識)は出発点だが、それだけでは現実は変わらない。 - 「断ち切る」だけでも難しい
→ 意志力(力)だけで挑んでも、見誤っていれば空回りする。 - 照らす珠と斬る剣──精神の両道具
→ 欲望・迷いという内なる魔を克服するには、「知」と「勇」のバランスが欠かせない。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
● 「問題の“正体”を見抜く力(識)がなければ、対策は誤る」
失敗の原因、組織の停滞、個人の惰性──
それを**“何となく”で処理している限り、行動しても効果は薄い**。
「識」は分析力・観察力・反省力の結晶である。
● 「見抜いても、断ち切る“決断力(力)”がなければ意味がない」
“これはいけない”と分かっていても、ズルズル先延ばしにしてしまう。
実際に断ち切るには、痛みを受け入れる勇気と実行力が必要。
習慣の改革、業務の見直し、無駄な会議の廃止…どれも“力”がいる。
● 「真に行動するリーダーとは、“照らし、斬る”人である」
迷いを見抜き、断ち切る──
「照魔の珠」と「斬魔の剣」を心に携えることが、リーダーの条件。
観察と行動、気づきと勇断、その両方を使える人が信頼を集める。
8. ビジネス用の心得タイトル
「見抜いて、断て──“照らす智”と“斬る勇”が自己変革を導く」
この章句は、自律的な人間形成の核心=気づきと行動の統合を、明快なたとえで教えています。
“欲”や“迷い”は現代でも多くの場面で立ちはだかります。
その克服の鍵は、心に「珠」と「剣」を同時に備えることにあるのです。
コメント