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正と邪を見極める力が、政治の根を支える

— 君主の公平さこそが、忠臣を呼び寄せる

貞観十四年、特進の魏徴は、君主による人材見極めの重要性と、公正な褒賞・処罰がもたらす国家の秩序について、詳細な上奏を行った。

彼は冒頭で「臣下を知るのは君主に勝る者はなく、子を知るのは父に勝る者はない」と述べ、君主が臣下の人柄を見抜けなければ、国家は治まらないと断言した。堯や舜、文王・武王らが称賛されるのは、皆「人を知ること」に長けていたからであり、八元八愷・周公・召公といった賢臣たちが、時代を照らしたという。

そして魏徴は、「過去に賢臣がいたのは、時代の運ではなく、君主が賢才を求めたからである」と指摘する。貴重な宝石や動物でさえ、はるか遠方から中国に集まるのは、求める者がいるから。まして忠臣が道義で召されるなら、必ず応じると説いた。

さらに、『説苑』から六正と六邪を引用して、「どういう臣下が国を支え、どういう臣下が国を滅ぼすか」の具体例を挙げた。その要点を下記に整理する。


六正(政治を支える六つの徳)

  1. 聖臣(せいしん):兆しを察知し、未然に危機を防ぎ、君主を栄誉に導く。
  2. 良臣(りょうしん):心を尽くして正道を勧め、主君の短所を補う。
  3. 忠臣(ちゅうしん):勤勉で賢才を推挙し、主君の意志を鼓舞する。
  4. 智臣(ちしん):事態を察し、危機を封じ、災いを転じて福とする。
  5. 貞臣(ていしん):職務に忠実、贈賄を受けず、質素を貫く。
  6. 直臣(ちょくしん):乱世でも諂わず、主君の顔色を恐れず過ちを諫める。

六邪(国家を損なう六つの害)

  1. 具臣(ぐしん):官位に安住し、職務を怠り、流行に迎合する。
  2. 諛臣(ゆしん):主君に媚びへつらい、耳目を喜ばせて害を見ない。
  3. 奸臣(かんしん):口先が巧みで、善人を妬み、賞罰を乱す。
  4. 讒臣(ざんしん):争いを起こし、骨肉や朝廷を離間させる。
  5. 賊臣(ぞくしん):権力を私し、私腹を肥やし、命令を偽って地位を得る。
  6. 亡国の臣:主君に諂い、誤った道に引き込み、善悪の判断を喪失させる。

正邪を見分けるための実践的観察法

魏徴は、人物を見抜く方法として次のような観察法を提案する:

  • 貴き者は、誰を用いるかで測る。
  • 富む者は、誰を養うかで測る。
  • 家にいる者は、何を好むかで測る。
  • 学ぶ者は、その発言で測る。
  • 貧しき者は、何を受け取らないかで測る。
  • 卑しき者は、何を行わないかで測る。

こうして「材に応じて採り、能に応じて任じ、長所を活かし、短所を抑える」ことが真の人材登用であるとした。


真の公平とは何か

魏徴はまた、愛する者を罪から逃し、憎む者を罪なく罰するような不公平がまかり通れば、いかに言葉が正しくても意味がないと厳しく指摘する。

「正しい言葉を掲げていても、行動が誤っていれば、それは邪道である」
「賞が功によらず、罰が罪によらなければ、善は奨励されず、悪は懲罰されない」

このような状況では、いかに君主が努力しても政治の成功は望めない。


『礼記』の引用と結語

魏徴は『礼記』の言葉を借りて、「正しい尺度(礼法・法制)があれば、奸詐を見抜ける」と結び、人を知るのは実は難しくないのだと強調した。

そして、官位の濫用をやめ、実力ある者に与え、情実によって忠良の士を退けることがなければ、自然と官僚は感化され、短期間で政治に効果が現れるだろうと訴えた。

目次

『貞観政要』巻一「貞観十四年 魏徴上疏」より

(第1段落:「知臣莫若君」~「在乎求與不求、好與不好耳」)


1. 原文

貞觀十四年、特魏徵上疏曰、
「臣聞、知臣莫若君、知子莫若父。父不能知其子、則無以睦一家。君不能知其臣、則無以齊萬國。萬國咸寧、一人有慶、必藉忠良作弼。俊乂在官、則庶績其凝、無為而治矣。故堯・舜・文・武見稱于載、咸以知人則哲。多士盈朝、元・凱有巍巍之功、周・召有煥乎之美。然則四岳・九官・五臣・十亂、豈惟生之於曩代、而獨無於當今者哉。在乎求與不求、好與不好耳」。


2. 書き下し文

貞観十四年、特に魏徴(ぎちょう)上疏して曰く、
「臣、聞くところによれば、臣を知るは君に若くはなく、子を知るは父に若くはなし。
父、もし其の子を知らずんば、以て一家を睦(むつ)まじくすること無し。
君、もし其の臣を知らずんば、以て万国を斉(ととの)うること無し。
万国咸(ことごと)く寧(やす)くして、一人の慶(けい)有るは、必ず忠良を藉(か)りて弼(たす)けと為す。
俊乂(しゅんがい)官に在りて、庶績(しょせき)其れ凝(こご)りて、無為にして治まるなり。
故に堯・舜・文・武、載(の)せられて称せらるるは、咸(みな)人を知ること哲(さと)しと以てなり。
多士(たし)朝(ちょう)に盈(み)ちて、元(げん)・凱(がい)は巍巍(ぎぎ)たるの功有り、周(しゅう)・召(しょう)は煥乎(かんこ)たるの美有り。
然(しか)らば則ち、四岳・九官・五臣・十乱は、豈(あ)に曩(さき)の代に生じて、独(ひと)り当今に無き者ならんや。
在(あ)るは、これを求むるに在り、好(この)むに在り」。


3. 現代語訳(逐語・一文ずつ)

  • 「貞観十四年、魏徴が特別に上奏文を奉りました」
  • 「私はこう聞いています。『家臣を知るのは君主に勝る者はなく、子を知るのは父親に勝る者はいない』と」
  • 「父が自分の子を理解できなければ、一家を円満に保つことはできない」
  • 「同様に、君主が家臣を理解できなければ、国家を平穏に統治することはできない」
  • 「天下がすべて安らぎ、国家に慶事が訪れるのも、忠義に厚い優秀な家臣の補佐があってこそだ」
  • 「有能な人材が官職についていれば、あらゆる施策が滞りなく進み、君主が何もしなくても国は自然と治まる」
  • 「だからこそ、堯や舜、文王や武王といった名君たちが賞賛されているのは、皆、人を見る目(知人の哲)を備えていたからである」
  • 「彼らのもとには人材が満ちあふれ、伊尹や傅説(ふえつ)は大きな功績を挙げ、周公や召公は輝かしい徳を見せた」
  • 「そうであるならば、過去の四岳・九官・五臣・十乱のような傑物が、古代だけに生まれて、現代に存在しないと考えるのは間違いである」
  • 「問題は、君主が“人を探そうとするかどうか”“人材を好むかどうか”だけなのだ」

4. 用語解説

  • 知臣莫若君:臣下を最も理解すべきは、その主である君主。
  • 庶績其凝(しょせきそのこごる):多くの行政施策や業務が一貫して整い、落ち着くこと。
  • 無為而治(むいにしておさまる):「為政者が特別に手を加えずとも、良き制度と人材により自然と国が治まる」状態。
  • 四岳・九官・五臣・十乱:古代中国の神話・伝説・歴史に登場する賢臣・官職の総称的な表現。
  • 元・凱・召光:殷や周の時代の名臣(例:伊尹、傅説、周公旦、召公奭など)。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

魏徴はこう進言した──

「家臣の本質を見抜けるのは君主に他ならず、子供の本性を理解できるのは父親である。
もし父が子を知らなければ家庭は乱れ、君主が臣下を知らなければ国は治まらない。
天下を安定させ、慶びに満ちた政治を実現するには、忠義で有能な人材を補佐につけることが不可欠である。
有能な者が任に就けば、自然と政治は整い、統治者が力まなくても治まるものである。
古の名君たちは皆、人を見る目があったからこそ多くの人材を登用し、国家を繁栄させた。
だからといって、偉大な人材は過去にしか存在しないなどとは思ってはならない。
肝要なのは、“求める心があるか”“人材を好む姿勢があるか”である」。


6. 解釈と現代的意義

この段は、統治者の根本的な責務──**「人を見る目(知人則哲)」**の重要性を説いています。

特に、

  • 「古の賢臣は過去にのみ生まれたのではない、今も存在する」
  • 「求めれば人材は得られるが、求めなければ存在しないのと同じ」
    という、人材観の根本を揺さぶる言葉は現代にも極めて通用します。

魏徴は、君主が「人材を見つけられない理由」を人材の不足ではなく、「君主の見抜く努力の不足」に置いています。
この視点は、リーダー自身の姿勢と意識の重要性を強く突きつけています。


7. ビジネスにおける解釈と適用

A. 「人がいない」は“探さない”ことの言い訳

  • 魏徴の言葉は、採用や登用で「適任者がいない」と嘆く前に、「自分が本気で探しているか」を問い直すべきことを示唆します。

B. 評価とは“育てる覚悟”の起点である

  • 見抜くことは、任せる覚悟であり、失敗も許容した上で人を信じる行為でもある。
    組織の中で「任せられる器」が育たないのは、「育てる前提の評価眼」が足りない可能性がある。

C. 古典的人材観=人材は“時代が育てる”のではなく“求める者が引き出す”

  • 「今は人材がいない」と嘆く前に、「その人材を本気で求めているか」という視点を持つことが、組織の成長に不可欠。

8. ビジネス用の心得タイトル

「人材は“求める姿勢”に応じて現れる──見る眼なき者に名臣なし」



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