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善意も、冷静な判断と共にあってこそ本物である

あるとき、弟子の宰我(さいが)が孔子にたずねた。

「仁者(じんしゃ)、すなわち最高の人格者であれば、たとえ誰かに『井戸に人が落ちています!』と告げられたとき、
たとえそれが偽りであっても、真っ先に井戸に飛び込んで人を助けようとするのではないでしょうか?」

それに対して孔子は、次のように厳かに答えた。

どうしてそんなことになるのか。
仁者とはいえ、たとえ君子であっても、
“井戸に行かされる”ことはあっても、
“井戸に落とされる”ようなことはない。
だまされることはあっても、見抜けずに欺かれ続けることはない。

この言葉には、「善意」と「愚かさ」は異なるものだという、極めて重要な教訓が込められている。

仁者や君子は、確かに他者を助けようとする気持ちを持つ。
しかしその行動は、冷静な判断と理にかなった理解に裏付けられている。
ただの善意だけで動き、道理や状況を見誤ってしまっては、それは“仁”とは言えない。

善良さは、判断力と共にあるべきである。
思慮なき行動は善を台無しにし、他者にも自分にも害をもたらす。


ふりがな付き原文

宰我(さいが)、問(と)うて曰(いわ)く、
仁者(じんしゃ)は之(これ)に告(つ)げて、井(い)に仁(じん)有(あ)りと曰(い)うと雖(いえど)も、其(そ)れ之に従(したが)わんや。
子(し)曰(いわ)く、何為(なにため)ぞ其れ然(しか)らん。
君子(くんし)は逝(ゆ)かしむべきも、陥(おと)るべからざるなり。
欺(あざむ)くべきも、罔(あざむ)かるべからざるなり。


注釈

  • 宰我(さいが):孔子の弟子。実務的な思考をする人物として描かれることが多い。
  • 仁者(じんしゃ):人間愛と誠実さを兼ね備えた理想的人格者。
  • 君子(くんし):徳と礼を身につけた立派な人物。ここでは“仁者”に準ずる。
  • 逝かしむべきも陥るべからず:誘導されることはあっても、騙されて落ちることはない。
  • 欺くべきも罔かるべからず:一時的には欺けても、本質を見抜く目を持つ者は、長くは騙されない。

1. 原文

宰我問曰、仁者雖告之曰井有仁焉、其從之也。
子曰、何爲其然也。君子可逝也、不可陷也。可欺也、不可罔也。


2. 書き下し文

宰我(さいが)、問いて曰(いわ)く、
「仁者(じんしゃ)は、これに告げて『井(せい)に仁あり』と曰(い)うとも、これに従(したが)わんか?」

子(し)曰(いわ)く、
「何(なん)すれぞ、それ然(しか)らんや。君子(くんし)は逝(ゆ)かしむべきも、陥(おと)すべからざるなり。
欺(あざむ)くべきも、罔(くら)ますべからざるなり。」


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

  • 宰我曰く、仁者はたとえ『井戸に仁がある』と聞かされても、それに従って井戸に行くのだろうか?
     → 「仁者は盲目的に信じて行動するほど愚直なのか」との問い。
  • 孔子曰く、どうしてそんなことがあろうか。
     → 「まさか、そんなことがあるわけがない。」
  • 君子は行かされることはあっても、落とし穴に陥ることはない。
     → 「君子は誰かに促されて行動することはあるが、誤って陥れられるような者ではない。」
  • 騙されることはあっても、本質を見失うことはない。
     → 「表面上は騙されても、最終的には真実を見抜く人物である。」

4. 用語解説

  • 宰我(さいが):孔子の弟子。理屈っぽく、孔子にしばしばたしなめられる人物。
  • 仁(じん):孔子思想の中核。思いやりと誠実、倫理的な人間性。
  • 井(せい):井戸。ここでは非合理な対象の象徴。
  • 君子(くんし):人格者。高い知性と道徳性を備えた理想的人間。
  • 罔(くらます):混乱させる、思考を曇らせる。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

宰我が孔子に尋ねた。
「もし仁者に『あの井戸には仁があるぞ』と教えたら、本当にその人は井戸を見に行ってしまうのでしょうか?」

孔子は答えた。
「そんなことがあるものか。
君子というのは、人に行かされることがあっても、落とし穴に落ちるような者ではない。
一時的に騙されることがあっても、真理を見失うようなことはないのだ。」


6. 解釈と現代的意義

この章句は、「仁者=盲信する人」ではないという、孔子の明確な否定です。

  • 孔子は、仁者とは知性と判断力を備えた人物であり、単なる従順な善人ではないと説きます。
  • 表面的に人に従うように見えても、君子は本質・目的・道理を見極めて行動している
  • つまり、**「真に善き者は、愚かではなく、賢明であれ」**というのがこの章句の核心です。

7. ビジネスにおける解釈と適用

● 「盲目的な従順は“仁”ではない──善意と判断力の両立」

  • 組織で「誠実でいい人」でも、考えずに従う人はリスク要因にもなる
  • 真の信頼される社員・リーダーは、疑問を持ちつつ、理にかなった行動をとる“賢い誠実さ”を備えている。

● 「一時的に騙されても“本質を見抜く”力が君子の資質」

  • 情報や感情に流されても、最終的には判断力・倫理感で正しい方向に戻れる人材が、組織を支える。

● 「リーダーは“見かけの従順”に満足するな」

  • 表面的な同調を評価するより、理をもって是非を判断し、誤りにNOと言える君子的人材を評価すべき。

8. ビジネス用の心得タイトル付き

「従うだけの善より、見抜く力ある誠実を──仁と知の統合が信頼を生む」


この章句は、「善意」だけでは不十分であり、“道理・判断力を伴った誠実さ”こそが本当の仁であるという孔子の核心的思想を伝えています。

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