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設備投資の不利な点を知れ

設備投資は企業の成長に欠かせない要素とされていますが、その一方で見過ごされがちな危険も潜んでいる。

A製作所の事例を通じて、専用設備への依存がどのように柔軟性を失わせ、リスクを増大させるかが浮き彫りになる。

さらに、武藤工業やS印刷など、柔軟で効果的な経営戦略を持つ企業の実例も取り上げ、現代の経営における「工場を持たない選択肢」について考察する。

目次

1. 設備投資の影と危険性

A製作所は、オートバイ用ハブやブレーキに特化したメーカーであり、宮田自転車の「オンリーさん」として取引を続けていた。

多量生産の宿命ともいえる競争に打ち勝つため、親会社からの定期的な値下げ要求に応え続けなければならなかった。

そのため、A製作所は次々と新しい機械や自動機を導入し、最終的には専用機の導入へと進まざるを得なかった。

こうした流れの中で、その設備はもはや「プラント」と呼ぶにふさわしいものとなっていた。

異なる種類の仕事には全く対応できない、専用の生産ラインに特化していたからである。

ようやくの思いでプラント化を完了し、「これでやっと収益が上げられる」と安堵したのも、束の間のことだった。

宮田自転車は経営破綻し、松下電器の傘下に入ることとなった。松下電器は宮田工業と名前を改め、再建に着手した。そして最初に打った手が、「アサヒ号」の切り捨てであった。

A製作所は、一瞬にしてすべての仕事を失ってしまったのだ。私がA製作所を訪れたのは、その出来事からおよそ一年後のことだった。私を見かけた専務は、嘆きながらこう語った。

「一倉君、俺たちはいったいどうしたら安心して生きていけるんだろうな。必死になって設備投資をして、効率化しなければやっていけない。でも、その努力が、状況が変わった途端に無駄になるかもしれないんだ。今やっと見つけた新しい仕事だって、ハブ・ブレーキのときみたいに、いつかまた失うことになるんじゃないかという保証なんて、まったくないんだよ」と専務は嘆いた。

工場へ足を運ぶと、かつてA製作所の誇りだったハブ加工の専用機群が、すっかり稼働を停止し、黒々とほこりをかぶったまま並んでいるのが目に入った。

社長や専務は、この光景を見るたびに、まるで内臓をえぐられるような痛みを感じているに違いなかった。

その後、A製作所はおよそ五年間懸命に持ちこたえたものの、ついに倒産の道をたどった。

ハブとブレーキ事業で受けた打撃があまりにも大きく、その後に手掛けた事業ももともと低収益であったため、人件費の上昇を支えきれなくなってしまったのである。

2. 変化に翻弄される製造業の現実

設備は確かに優れた武器である。しかし、そのために設備投資の効用ばかりが大きく声高に語られ、その裏に潜む危険性はほとんど無視されてきた。この点にこそ、大きな落とし穴があるのだ。

多くの経営者は、「設備投資こそが生産性を向上させ、企業を繁栄に導く」という権威者(?)の言葉を信じ、ひたすら設備の増強に努めてきた。

行政もまた、「設備近代化資金」を無利子で貸し付けたり、「合理化モデル工場」としてお墨付きを与えたりして、これを後押ししてきた。

その結果、「設備投資は良いことだ」と信じ込まされ、設備の増強に突き進むうちに、知らず知らずのうちに大きな危険地帯に足を踏み入れてしまうのである。

設備投資の第一のデメリットは、設備資金の金利や減価償却費、維持費に加え、設備を運用するための人件費などが固定費として増加し、損益分岐点が上昇してしまうことである。

第二のデメリットは、設備資金の返済が資金繰りを圧迫する点である。

不況による売上減少時には、こうした負担が骨身に染みる思いをした経験を持つ経営者も少なくないだろう。

設備は、順調に稼働してこそ武器となる。

しかし、稼働しなくなった設備ほど厄介なものはない。

そしてその危険は、常に外部に潜んでいる。

市場は絶えず変化し、お客様の好みも移り変わるし、得意先の方針が変わることもある。

設備投資により金利、減価償却費、維持費などが増加し、損益分岐点が上がるため、収益を上げるのが難しくなります。また、固定費の増加により、売上が減少した際の資金繰りも苦しくなります。

3. 設備投資による柔軟性の喪失

第三にして最も重大なデメリットは、変化に対応する機動力と柔軟性が失われていくことだ。

自社の設備で作られた商品が、いつ陳腐化したり、まったく売れなくなったりするかは予測がつかない。

市場の多様化によってロットサイズが小さくなり、高性能機の能力を十分に発揮できなくなる可能性もある(前章の塗装プラントの例がまさにこれである)。

こうした状況では、設備の弱点が一層顕著になる。高能率を発揮できないだけならまだしも、全く使いものにならなくなる危険さえある。

特に、それが高度に自動化された機械や専用機であれば、そのリスクはさらに増す。高性能機であるほど、その危険度が高まることを忘れてはならない。

危険は外部から強制的にやってくるものだけではない。自社が方針転換や革新を図る際にも、設備がかえって手かせ足かせとなる場合がある。

以上のようなリスクを理解せず、「現在の状態は続く」と思い込み、現状を前提に設備投資を行う経営者は少なくない。

特に好況期やブームの時には、この誤りを犯しやすいものだ。その例がI化学の倒産である。同社はプラモデルのメーカーで、「鉄人28号」の大ヒットに続き、「サンダーバード」のブームが到来した。

社長はこのブームに酔いしれ、いずれブームが去ることを忘れてしまい、大規模な設備増設に踏み切った。これが命取りとなったのだ。

ブームが過ぎ去り、売上が急落すると、その減少した売上では多額の設備資金の返済ができなくなってしまったのである。

小野田セメントが多額の資金を投じて設置した「改良焼成炉」は、導入直後にさらに高性能な炉が開発されるという事態に直面した。

しかし、すでに巨額の投資がなされたため、簡単に取り替えることもできず、小野田セメントは長期にわたり不利な立場に置かれ、業績不振に苦しむこととなったのである。

設備投資のリスクはますます拡大している。それだけでなく、最近の地価や物価の高騰により、必要な資金も際限なく上昇している。

場合によっては、近隣住民から公害問題で非難を浴びることさえあるかもしれない。

こうして設備投資の不利益は増大する一方だ。では、私たちはどのように考えるべきなのか。具体的な実例から学んでみよう。

4. 成功事例に学ぶ「工場を持たない経営」

武藤工業株式会社は、東京都世田谷区に本社を置く企業で、設計製図機械「ドラフター」の開発・販売で知られている。

市街地に立地しているため、売上の増加に伴う工場の拡張が難しく、部品の多くを外部に委託している。

社内では治工具の製作と最終組立を担当し、優れた開発力と販売力を活かして高収益を実現している。

S印刷は、工場を一切持たず、すべてを外注でまかなっている。

しかし、その優れた企画力と営業力を活かし、独自の経営スタイルを築いている。

社長の考え方として、S社が提供するのは単なる印刷物ではなく、「印刷物の宣伝効果」を売ることにある。

実は、S印刷もかつては工場を保有していたが、その当時は工場を稼働させるために、不利とわかっていても仕事を受けざるを得なかったという。

S印刷にとって、特色を発揮する上で工場はむしろ「お荷物」だったのだ。現在では、その「お荷物」がなくなり、存分に自社の強みを活かせる行動の自由を手にしている。

U工業では、創立以来、小型部品やネジ類を除くほとんどの製造を社内で行ってきた。

事業が発展するたびに、土地を購入し、建物を建て、機械を導入し、人員を増やすという手法を繰り返してきたのである。

しかし、最近になって社長はこのやり方に疑問を抱くようになってきた。

第一に、その手法を続けるために、社長をはじめとする幹部たちの時間と労力がますます大きく割かれるようになり、その負担が非常に大きなものとなってきたからである。

第二の問題は資金である。資金調達は何とかできているものの、その返済に追われ、常に資金繰りに苦しんでいる状態だ。

会計上は固定資産が増えているものの、それは増大する借金と相殺されているため、実質的な資産とは言い難い。

こうした苦労やリスクを抱えながら、果たして次々と設備投資を続けるべきなのか、という疑問が浮かんできたのである。

社長はいろいろと考えた末に、どうしても社内でなければできない作業だけを内製化し、それ以外は外注にすればよいという結論に達した。

そして私に意見を求めてきた。私もこの考えに賛成した。

社長は自信を持ってこの方針を推進した。その結果、まず第一に、これまで確保できなかった新事業に必要な設備の設置スペースがすぐに確保でき、新事業推進の見通しが立った。

第二に、外注工場群の整備が進んだことで、会社全体の生産能力が大きく向上し、売上の増加ペースが加速した。

第二に、外注工場にはそれぞれ特定の品種だけを担当させるようにしたため、これまで社内で段取り替えを行いながら生産していたときに比べて、生産性が格段に向上した。

その結果、増加した外注費は減少した人件費以下に収まり、工場増設のための労力や資金も不要となった。こうして、良いこと尽くしの結果が生まれたのである。

わずかな管理コストと外注管理のための少しの労力増加という、ほんのわずかな代償で、これだけの成果を得られたのである。

私の理想的な経営構造の一つに「工場を持たないメーカー」がある。

設備を所有し、材料を仕入れて加工するという形態は、自社商品であろうと下請け加工であろうと、その本質は工賃稼ぎに過ぎない。

この方法では、いつまでたっても業績が飛躍しないだけでなく、増設・増員や増資の苦しみ、そして変化に対応できない硬直化のリスクにも常にさらされることになる。

どう考えても上策とは言いがたい。

5. 頭脳集団経営へのシフト

むしろ、必要最低限の設備以外は一切持たず、強力な営業力と優れた事業開発力を備えた「頭脳集団による経営」を目指すことが賢明である。

生産は、作ることに特化した職人会社に任せれば良いのだ。

このような経営構造であれば、増設に伴う苦しみやリスクがないだけでなく、損益分岐点も上がらず、変化に対応する機動力と柔軟性を常に維持することができる。

理想の形に完全には到達できなくとも、その方向性を踏まえ、頭脳集団化へと一歩ずつ進むべきだ。

内作中心主義を捨て、まずは外注や購買の比率を高めることから始めるべきだろう。

メーカーにとって重要なのは、社内の生産能力ではなく、外注や購買を含めた総合的な供給力である。

この姿を実現するためには、高い収益性を備えた事業や商品を開発し、販売することが必要である。

こうした基本的な姿勢こそが、経営者として重要なのである。

まとめ

設備投資は一見、企業にとっての武器となりますが、過度な投資や専用設備への依存は、経営に大きな負担をもたらし、時には致命的なリスクをも伴う。

市場の変化に対応するためには、内製主義から脱却し、柔軟な外注活用と企画力を活かした経営が重要である。

高い収益性と安定した成長を目指すために、頭脳集団による経営へのシフトこそが、現代企業に求められる理想的な戦略といえる。

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