事業経営において重要な会計資料の基盤となるのが、いわゆる直接原価計算である。この方法が考案された背景については、全部原価の矛盾に気づいた会計学者による発想なのか、それとも「原価には全部原価以外の考え方もある」という学者の分類意識によるものなのか、詳しい事情は明らかではない。
いずれにせよ、直接原価計算は事業経営を理解していない学者の発想から生まれたものであることは間違いない。その証拠が「原価」という言葉の選び方に表れている。事業経営において本質的に重要なのは「原価」ではなく「収益」である。しかし、発想の方向性が誤っているとはいえ、この方式を使うことで「収益」の計算が可能になる点は見逃せない。
それは、
売上 – 直接原価 = 収益
という算式が成立するからだ。しかし、本来注目すべきはこの算式の答えである「収益」だ。にもかかわらず、学者たちは「直接原価」に焦点を当ててしまっている。その視点のズレこそが、いかにも学者らしい発想といえる。
学者が何をどう考えようが、それは学者に任せておけばいい。われわれにとって重要なのは、この算式の「収益」に焦点を当てることだ。したがって、本書では以降、直接原価計算方式を活用するにあたっても、直接原価を計算するのではなく、収益を計算するための手段として捉えてほしい。
では、直接原価計算がどのようなものかを説明しよう。具体的な例として〈第19表〉を参照してほしい。題材は、饅頭屋の経営だ。この身近な例を通じて、直接原価計算の仕組みとその実用性について理解を深めていこう。
ここであらかじめ理解しておいてほしいのは、饅頭屋のような流通業者は、もともと直接原価計算方式を採用しており、全部原価計算方式を用いることはないという点だ。しかし、今回は例題であるため、説明の便宜上、仮に全部原価計算方式を採用した場合にどうなるかを示し、それを直接原価計算方式と比較することで理解を深めやすくしている、という意図があることを念頭に置いてほしい。
例題の直接原価計算の方を見てみると、「売上が1か月20万円、仕入れが21万円で粗利益が9万円、総経費が6万円かかったので利益は3万円である」という形になる。この計算は実に素朴で、常識的であり、誰にでも直感的にスンナリと理解できる方法だといえる。
一方、全部原価計算の方では、「売上が1か月で30万円、売上原価が27万円なので利益は3万円」という計算になる。この売上原価という数字は、一個当たりの原価が9円とされており、30,000個販売した場合に27万円になる、という意味だ。だが、この一個当たりの売上原価というのは、事業経営の中で実際に発生した数字ではなく、計算によって導き出されたものにすぎない。(その計算が表に示されている単位当たり原価だ。)
どうして、そんな面倒な手間をかけて、現実には存在しない数字をわざわざ作り上げる必要があるのか、まったく理解に苦しむ。そして、そのようにして得られた数字を基にすると、真実の姿が全く見えなくなり、経営者の判断を大きく誤らせる危険性が生じる。この点については、前章でいくつもの具体例を挙げて証明したとおりだ。
観念論というものは、常にこのように独断的で誤りが多く、その上抜け穴だらけだ。たとえば製造業では、「すべての経費は商品に割り振られて補償されなければならない」という前提に基づき、一般管理費や販売費までも商品に割り振る。しかし、流通業ではこの原則が適用されない。まさに一貫性のない理屈であり、こうした矛盾が観念論の本質を物語っている。
なぜ、自社製造品であれば製造経費はもちろんのこと、一般管理費や販売費まで商品に割り付ける一方で、仕入商品になると一般管理費を割り付けないのだろうか。この矛盾した扱いには、合理的な説明が見当たらない。製造品と仕入品で原価計算の基準を変える理由は不明確であり、一貫性を欠いた論理としか思えない。
事業経営において、自社製造品と仕入商品にどのような違いがあるというのか。どちらも最終的には顧客に提供される商品であり、その役割に違いはない。経営の目的は顧客に価値を届けることであり、製造の有無によって商品の本質が変わるわけではない。それにもかかわらず、原価計算の扱いが異なるのは、経営の現実から乖離した恣意的な区別に過ぎない。
この疑問に答えられる理論など存在しない。というより、学者たちはそもそもこの問題について考えたことすらないのではないか。工業会計と商業会計は異なるものだと言うのなら、その違いに基づいて、製造経費のうち製造に特有の部分だけを商品に割り付けるのであれば、まだ筋は通る。しかし、現状のように一方的にすべてを割り付けるのは、合理性に欠けるとしか言いようがない。
それなのに、一般管理費までも商品に割り付けるというのだから驚くほかない。会計学者というのは、本当に不思議な思考回路を持っているものだ。だが、私がこうした愚にもつかない話をわざわざ長々と書くのは、決して会計学者を皮肉りたいからではない。事業経営の本質を誤解しているのは、実は会計学者だけではない。事業の経営者にも同じ誤解をしている者が決して少なくないのだ。だからこそ、この問題を明らかにしておく必要がある。
こうした経営者たちに、正しい経営の本質を理解してもらうための一つの説明として、これを書いているのだ。それは、事業とは「顧客に対する活動」であるという認識を持ってもらうためである。顧客にとって重要なのは、提供される商品そのものであり、その商品が仕入れ品であろうと、自社製造品であろうと、そんなことは顧客にとって何の関係もない。経営者がまずこの点を正しく理解することが、事業成功の鍵なのだ。
社内のすべての活動は、その内容が何であれ、究極的には顧客に対するサービスを目的としている。つまり、本質的には製造、販売、管理といった区別は存在しない。それらはすべて、顧客に価値を届けるための手段に過ぎず、どれも等しく重要な役割を果たしているにすぎないのだ。
製造という活動だけを特別扱いすること自体が、根本的におかしい発想だ。企業の内部活動は、どれも顧客に価値を提供するための一部に過ぎない。したがって、それらすべてを「顧客サービスの原価」として捉えることこそが、本質を見失わない正しい考え方だ。製造、販売、管理といった区分は、あくまで便宜的なものであり、実際には顧客に向けた一つの統一された活動なのである。
この認識に立って、改めて直接原価による計算を見てほしい。売上と仕入れとの差――つまり粗利益は、顧客サービスに対する報酬を意味する。一方、諸経費は顧客サービスを提供するためにかかった費用を表している。そして、これらの差額こそが、事業の損益を示しているのだ。このように考えれば、直接原価計算が顧客中心の経営の本質をより明確に反映していることがわかるだろう。
このような認識こそが、経営において最も重要である。それは、会計の理論に適い、常識的に理解可能であり、さらに正確で誤りのない判断を下す基盤となるからだ。この視点に立つことで、会計が本当の意味で事業経営の役に立つツールとなり、顧客中心の経営を支える真の指針となるのである。
この実証については次の節で詳しく述べることにし、ここではさらに少し説明を加えたい。仕入れは変動費に該当し、総経費は固定費に分類される。また、変動費は会社の外部から調達するコストであり、固定費は会社の内部で発生するコストである。この関係を図解すると、前頁の図のような構造が見えてくる。これを踏まえ、固定費と変動費の特性が経営判断にどのような影響を与えるのかを掘り下げていく必要がある。
会社の売上高そのものは収益、つまり会社が生み出した純粋な経済的価値ではない。それは、売上高の中に外部から仕入れた経済的価値が含まれているからだ。したがって、売上高から外部仕入れ分を差し引いた残りが、実際に会社が創出した収益となる。この視点で売上を捉えることで、収益の本質を正確に理解することができ、経営の健全性をより適切に評価できる。
この収益は、流通業では「粗利益」(あるいは「荒利益」でもよい)、製造業では「付加価値」「限界利益」「加工高」などと呼ばれる。それぞれの用語が異なるように、厳密には若干の定義の違いがあるが、本質的にはすべて同じ概念を指している。つまり、これらはすべて「企業が生み出した経済的価値」を表しているのだ。この共通点を理解することで、業種や言葉の違いに惑わされず、経営の本質を正しく捉えることができる。
しかし、学者たちはこのような本質的な意味を理解せず、様々な解釈を持ち込むことで、無用な混乱を引き起こしている。学者の説によれば、限界利益とは「売上から直接原価(製品原価)を引いたもの」と定義されている。そして、直接原価は「売上に比例して増減する費用」、すなわち変動費だと捉えられている。このように、限界利益を狭義の定義で説明することで、収益の本質が曖昧になり、経営判断に悪影響を及ぼしている。
学者たちは、売上から直接原価を差し引いたものを限界利益と称するだけであり、それを企業の「収益」と捉える考え方をしていない。限界利益という概念を単なる計算上の指標として扱い、その本質的な意味――企業が生み出した経済的価値としての収益――を見失っているのだ。このような表面的な捉え方が、経営の本質から遠ざける原因になっている。
単に「原価には変動費と固定費という性質の異なる費用があるため、それを一緒に考えるのは適切ではない。だから、まず売上から変動費を差し引き、それを限界利益と呼び、そこから期間原価である固定費を差し引いて損益を求める」という程度の考えに過ぎないらしい。このような説明では、限界利益の本質や経営上の意義が十分に伝わらず、単なる計算プロセスとして扱われているにすぎない。
どうやら、製品原価と期間原価を分離して計算する都合上、その中間的な概念として「限界利益」という言葉を使う必要がある、ということらしい。つまり、限界利益は計算上の区分を示すための便利なラベルとして扱われているに過ぎず、その経営的な本質や意義が深く考慮されているわけではない。このような扱いでは、限界利益の真の役割や価値が見過ごされてしまう。
そこには「企業の収益」という考え方はまったく含まれていない。だからこそ、企業内部の費用から変動費に該当するものを苦労して探し出し、正確性を追求しようとするような無駄な努力が繰り返されている。このような作業は、経営の本質的な問題解決にはほとんど寄与しない。さて、話を元に戻そう。
直接原価方式は、学者の理論的な寝言に振り回されることなく、われわれが実際に必要とする会計データを提供してくれる。具体的には、「売上から外部仕入れを差し引いて企業の収益を算出し、その収益を得るために企業内部で行われた活動の原価を差し引いて利益を計算する」という、非常に実用的で明快な計算法である。この方法は、企業活動の本質を直観的に捉え、実務に即した判断を可能にする。
この計算法を巧みに駆使し、実際の経営に活用することで、われわれの事業経営に大いに役立てることができる。直接原価方式は、経営の実態を的確に反映し、正確かつ迅速な意思決定を支える強力なツールとなる。経営者として、この方法を理解し活用することが、健全な事業運営の鍵となるのだ。
直接原価計算(ダイレクト・コスティング)の意義と有効性
直接原価計算(ダイレクト・コスティング)は、事業経営に役立つ実用的な収益計算法です。全部原価計算のように、すべての費用を商品に割り振る方法ではなく、変動費(外部仕入れ)と固定費(内部費用)を区別し、企業の「収益」に焦点を当てることで、経営の実態を反映しやすくなります。この方法は「過去計算」ではなく、未来に向けた意思決定のための財務情報を提供します。
全部原価計算と直接原価計算の違い
従来の全部原価計算では、固定費をすべての商品に割り振るため、正確な商品別収益やコストを把握しづらく、事業の意思決定に適しません。一方、直接原価計算は、以下の算式を基に計算し、収益を把握する手法です:
[ \text{収益} = \text{売上高} – \text{外部仕入れ費用(変動費)} ]
この方法により、売上高から外部に支払った分を除き、純粋に企業が生み出した価値(収益)を明確にできます。この算式の結果は「粗利益」「限界利益」などと呼ばれ、企業が提供する商品やサービスの価値を示しています。
直接原価計算のメリット
- 経営の実態を正確に把握
直接原価計算では、外部の仕入れと内部の固定費を明確に区分し、企業の「本当の収益」を捉えます。これにより、内部で生み出される収益と支出のバランスが明確になり、経営の実態がわかりやすくなります。 - 未来の意思決定に活用できる
直接原価計算では、企業が生み出す収益と内部の固定費を基に収益構造が明らかになるため、次の戦略を考える際に具体的な判断材料として活用できます。企業が新規事業を始める場合や、外部仕入れのコストを見直す場合でも、この収益構造に基づいて計画を練ることができます。 - ムダな計算作業が不要
全部原価計算では、製品ごとに細かい固定費や間接費を割り当てる必要がありますが、直接原価計算ではその必要がありません。変動費と固定費を分けて簡潔に計算するため、効率的に財務状況が把握できます。
事業経営における「収益」の考え方
すべての活動は顧客に対するサービスのためであり、顧客から得た対価が収益です。仕入れを含まない収益を算出することで、企業が自ら生み出した価値が正確に見え、経営の本質的な課題に取り組む基盤となります。
直接原価計算は、事業経営における収益の本質を捉え、未来の意思決定に生かせる会計手法であり、経営の健全性を確保するための基礎となります。
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