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死を前に語られた、為政者への三つの戒め

― 君子は、礼をもって己を律し、世を導く

危篤の床に伏した曾子(そうし)は、魯国の重臣・孟敬子(もうけいし)の見舞いを受け、最後の言葉として「為政者にとって大切な三つのこと」を語った。

「鳥が死ぬ間際に発する声は哀しく、人が死を前にして語る言葉には真実がある」との言葉を引きながら、次の三点を説いた。

  1. 身体の動作や表情は、礼にかなっていれば他人の粗暴を遠ざける。
  2. 顔色に誠実さを湛えていれば、信頼され、欺かれない。
  3. 言葉遣いが礼にかなっていれば、道理に外れた言葉から自らを守れる。

そして、礼の細部、例えば祭器の取り扱いなどは専門の役人に任せればよいと、実務と本質のバランスについても言及した。

君子たる者は、自らを律する姿勢によって、自然と人々の心を動かす――
曾子の言葉は、リーダーたる者への不朽のメッセージである。


原文と読み下し

曾子(そうし)、疾(やまい)有(あ)り。孟敬子(もうけいし)、之(これ)を問う。曾子、言(い)いて曰(い)わく、鳥(とり)の将(まさ)に死(し)なんとするや、其(そ)の鳴(な)くこと哀(かな)し。人(ひと)の将に死なんとするや、其の言(こと)善(よ)し。君子(くんし)の貴(たっと)ぶ所、三(み)つあり。容貌(ようぼう)を動(うご)かしては、斯(すなわ)ち暴慢(ぼうまん)に遠(とお)ざかる。顔色(がんしょく)を正(ただ)しくしては、斯に信(しん)に近(ちか)づく。辞気(じき)を出(い)だしては、斯に鄙倍(ひはい)に遠ざかる。籩豆(へんとう)の事(こと)には、則(すなわ)ち有司(ゆうし)存(そん)す。


注釈

  • 孟敬子(もうけいし):魯の重臣・仲孫捷(ちゅうそん・しょう)。敬子は諡(し)の名。
  • 君子(くんし):為政者、人の上に立つ者の理想像。
  • 容貌(ようぼう)を動かす:身のこなし・振る舞い。これが礼にかなっていれば、粗野な者も近寄らない。
  • 顔色(がんしょく)を正しくする:顔に誠実さを湛えることで、人を欺く者も近づかない。
  • 辞気(じき):言葉遣いや語調。礼に沿った言葉は、道理を欠く者の干渉を遠ざける。
  • 鄙倍(ひはい):品がなく、道理に外れたこと。
  • 籩豆(へんとう):祭祀に使う道具類のこと。形式的な詳細事項は、担当官に任せるべきと説く。
  • 有司(ゆうし):専門の役人・係の者。

原文:

曾子有疾、孟敬子問之、曾子言曰、鳥之將死、其鳴也哀、人之將死、其言也善、君子貴乎三者、動容貌、斯遠暴慢矣、正顏色、斯近信矣、出辭氣、斯遠鄙倍矣、籩豆之事、則有司存。


書き下し文:

曾子(そうし)、疾(やまい)有り。孟敬子(もうけいし)、之(これ)を問(と)う。曾子、言(い)いて曰(いわ)く、
「鳥の将(まさ)に死なんとするや、其(そ)の鳴(な)くこと哀(かな)し。人の将に死なんとするや、其の言(ことば)善(よ)し。
君子(くんし)の貴(たっと)ぶ所の者(もの)三(みっ)つあり。容貌(ようぼう)を動(うご)かしては、斯(すなわ)ち暴慢(ぼうまん)に遠(とお)ざかる。顔色(がんしょく)を正(ただ)しくしては、斯ち信(しん)に近(ちか)づく。辞気(じき)を出(い)だしては、斯ち鄙倍(ひはい)に遠ざかる。籩豆(へんとう)の事には、則(すなわ)ち有司(ゆうし)存(そん)す。」


現代語訳(逐語/一文ずつ訳):

  • 「鳥の将に死なんとするや、其の鳴くこと哀し」
     → 鳥は死を迎えるとき、その鳴き声は哀れ深くなる。
  • 「人の将に死なんとするや、其の言うこと善し」
     → 人もまた死を前にして語る言葉は善意に満ちているものだ。
  • 「君子の貴ぶ所の者三あり」
     → 君子(人格者・理想の人)が重視するものが三つある。
  • 「容貌を動かしては、斯に暴慢に遠ざかる」
     → 外見・態度を慎めば、横柄さから遠ざかる。
  • 「顔色を正しくしては、斯に信に近づく」
     → 表情を整えれば、誠実さが伝わる。
  • 「辞気を出だしては斯に鄙倍に遠ざかる」
     → 言葉遣いや口調を整えれば、卑しさ・軽薄さから遠ざかる。
  • 「籩豆の事には、則ち有司存す」
     → 供物などの礼儀作法の細部は、専門の役人が担当する。

用語解説:

  • 孟敬子(もうけいし):魯の大夫。曾子を見舞いに訪れた人物。
  • 将に死なんとする(まさにしなんとする):まさに死を迎えようとしている状態。
  • 辞気(じき):言葉と口調。話す内容とその語り方。
  • 鄙倍(ひはい):卑俗・粗野・軽薄な態度。
  • 籩豆(へんとう):儀礼の際に使う食器(供物を載せる器)。礼法の象徴。
  • 有司(ゆうし):礼法・儀式を専門に司る官人。

全体の現代語訳(まとめ):

曾子が病に倒れたとき、孟敬子が見舞いに訪れた。曾子はこう語った:

「鳥が死を迎えるとき、その鳴き声は哀れに満ちている。人もまた死を前にすれば、その言葉には善意が宿る。
君子が大切にすべきことは三つある。
第一に、外見や仕草を慎めば、傲慢から遠ざかる。
第二に、顔色や表情を整えれば、誠実さが表れる。
第三に、言葉と口調を正せば、卑しさを避けられる。
儀式の細かいことは、役人に任せればよい。」


解釈と現代的意義:

この章句は、**「人としての最終的な品位」**について曾子が語った、まさに遺言的な教えです。

表面の礼儀作法(儀式の器など)よりも、人間の内面からにじみ出る“礼”、つまり「態度・表情・言葉遣い」にこそ人格が宿るという信念が込められています。

また、死を前にした言葉という「最も偽りのない瞬間」に、人生の本質的な指針を残す──まさに曾子が体現した「慎独の完成形」です。


ビジネスにおける解釈と適用:

1. 「外見・表情・言葉が、人格を伝える」

  • プレゼンの内容よりも、態度・目線・語調で信頼されるかが決まる。
  • 上司としての威厳も、部下との信頼も、礼儀が支える

2. 「細部の儀式より、誠実な振る舞いが要」

  • マニュアル通りの接客や形式美よりも、本心からの対応が印象を決める。
  • 社内の式典や規則も、「本質は人を尊重する態度」にある。

3. 「死を前に語るように、無駄のない善意を言葉に」

  • あいまいな言葉や装飾よりも、まっすぐな誠実な表現が人の心に届く。
  • リーダーの発言には「重み」と「温かさ」が必要──それは“死の直前の言葉”のように、無駄のない善意であるべき。

ビジネス用心得タイトル:

「態度・表情・言葉が信頼をつくる──礼の本質は“人間のふるまい”に宿る」


この章句は、礼儀やマナーの本質が「型」ではなく「心とふるまい」にあることを明確に示します。
経営者の訓話、エチケット研修、CS(顧客対応)教育、あるいは離職面談やエンディングメッセージのような場面にも応用可能です。


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