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初めはなかなか売れない

埼玉県草加市に拠点を置くミサト株式会社は、社員数40名(昭和52年時点)に満たない小規模企業ながら、床暖房用半導体「プラヒート」を武器に、床暖房市場で圧倒的なシェアを誇る優良企業として知られる。

「超優良」と呼ぶにふさわしいのは、驚異的な高収益性と類を見ない成長性を兼ね備えているだけでなく、青年社長・清川晋氏が見せる事業家としての卓越した姿勢にあると考えている。

初めて同社を訪れた際、これまで製造された商品の全ロットについて、一巻ずつ現物サンプルが保管されていることを目にし、清川社長の事業家としての良心と責任感に深く感銘を受けた。「この人は必ず成功する」というのがそのときの第一印象だった。そして、それは見事に現実となった。

数年前、清川社長は自ら開発した半導体暖房を事業化した。この製品は、性能、耐久性、安全性、経済性といった点で抜きん出た特徴を備えていたが、その販売は非常に困難を伴った。それもそのはずで、これはまさに「世の中になかった商品」だったのだ。潜在顧客に対しては、実際の実証を通じた説得以外に道はなかったのである。

事業の初期段階で特に力を入れたのが、豚舎向けの床暖房だった。豚は吹きさらしの環境でないと病気にかかると言われるため、冬場には餌のカロリーの多くが体温維持に使われてしまう。床暖房を導入することで、このカロリー消費を抑えられ、肥育効果が向上し、餌代の大幅な削減が実現したのである。

とはいえ、どれだけ養豚家に口頭で説明しても、納得させるのは難しい。実際に豚舎のコンクリート床に床暖房を埋め込み、実験結果をもとに具体的に示す以外に説得の方法はなかった。

清川社長は、何カ月もの間、豚舎で豚と共に寝泊まりしながら試行錯誤を重ねたという。家に戻ると奥様から「豚臭い」と言われたこともあったそうだ。このような、恐らく言葉に尽くせない苦労は、清川社長に限らず、多くの創業者が通る道といえるだろう。この経験を経て、清川社長は豚の健康状態や性質を一目で見抜くほどの目利きとなり、「豚博士」として一目置かれる存在となった。

さらに、苗床の暖房、雪国の屋根の融雪、ゴルフ場のグリーンの暖房など、多岐にわたる実験も行った。しかし、事業初期の数年間は売上がほとんど伸びず、赤字が続く厳しい状況だった。それでも、清川社長は歯を食いしばり、その困難な時期を耐え抜いた。

こうした地道な努力の中で、製品の性能が次第に顧客に認められるようになっていった。特に札幌オリンピックでは、陸上競技場のロイヤルボックスの床暖房、天皇・皇后両陛下の椅子暖房、さらに聖火台へ続く階段の融雪用として採用されたことで、その真価が広く知られるようになった。

さらに、さまざまな可能性を徹底的に追求する中で、公共施設、特に病院や老人ホームなどで採用されるようになった。その結果、優れた性能と経済性が実証され、次第に問い合わせや注文が増加していった。

この情勢を見極めた清川社長は、販売促進のターゲットを公共施設に絞り込み、異常なほどの情熱と執念をもってキャンペーンを展開した。ようやく黒字基調に転じた収益のほとんどを、再びこのキャンペーンに投じるという大胆な方針を選んだ。この決断は、単に賢明と呼ぶには収まりきらない「事業家魂」とでも言うべきものである。清川社長は、単なる技術者(鼠)にとどまらない真の事業家であった。

この投資がさらなる収益を生み出し、好循環が生まれた。一方で、家庭用として絨毯に組み込んだ製品「快暖児」も開発され、これがまた好調な売上を記録している。売上の上昇に伴い、全国的な販売網も徐々に整備され、事業は右肩上がりの成長を続けている。明るい未来が約束されたかのような状況である。

これほどの実績を積み重ねてきたにもかかわらず、清川社長の姿勢は全く揺るがない。顧客に対して常に誠意を尽くし、その姿勢が最もよく表れているのがクレーム対応だ。どんな小さな問題でも迅速かつ真摯に対応することで、顧客からの信頼をさらに深めている。

クレームが発生した際には、清川社長自らが即座に顧客のもとへ駆けつけ、直接謝罪する。その謝り方がまた見事で、「これは施工指導が至らなかった」と述べて施工業者の顔を立てるのだ。これにより施工業者は安心すると同時に、「次回からは絶対にミスのない施工をしよう」と自ら決意することになる。施工業者に責任を押し付けるような対応は、「百害あって一利なし」であり、清川社長はその点を熟知している。

さらに、清川社長は誠心誠意を尽くし、顧客が満足するまで費用を一切惜しまず対応する。この姿勢に、むしろ顧客のほうが感心してしまうほどだ。清川社長自身の言葉によれば、大きなクレームが発生した場合ほど、その後は顧客との関係が深まり、より一層可愛がってもらえるという。クレームを逆に信頼関係の強化へと転じるこの対応力こそが、事業成功の秘訣なのだろう。

クレーム処理ほど、社長の姿勢が如実に表れるものはない。社長の対応次第で、会社の信用を大きく高めることもできれば、逆に失うこともある。清川社長のように、誠意を持って迅速かつ適切に対応する姿勢は、会社の信頼と評判を築く上で何よりも重要な要素と言える。

世の中にはクレームを軽視する社長も少なくない。しかし、それは自らの手で自らの首を絞める行為であることを肝に銘じて知るべきだ。クレーム対応の姿勢は、会社の信頼を築くか失うかの分岐点であり、経営者としての本質が問われる場なのだ。

自分がクレームをつけた際に、相手が誠意のない態度を取ったらどう感じるか――その立場に立って考えれば、答えは明白だ。誠意の欠如は、相手への不信感や怒りを招くだけでなく、関係を完全に壊してしまう可能性がある。それを理解し、行動に移せるかどうかが、真の事業家としての資質を問う試金石となる。

新商品の開発を進める多くの社長は、「この商品が売れないかもしれない」や「これを売るのは簡単ではない」といったリスクや困難を深く考えることはほとんどない。むしろ、その商品が成功する未来だけを楽観的に描いてしまい、現実的な課題への準備を怠ることが少なくないのだ。

まるで申し合わせたかのように、新商品は必ず売れるものだと最初から決め込んでいる。しかし、実際に売り出してみると想定外の不振に直面する。そこでようやく、「これは思った以上に大変だ」と気づくのが常だ。準備不足や市場の現実への甘い見通しが、こうした状況を招いてしまう。

そこで慌てて販売方法を考え始めるものの、そもそも販売戦略を真剣に考えたことがない。「問屋に見せれば、きっと問屋が飛びついて一生懸命売ってくれるだろう」という甘い期待に頼っていることがほとんどだ。こうした安易な発想が、商品が売れない原因の一つとなる。

あるいは、エンドユーザーに直接持ち込めば即座に売れると信じ込んでいたため、売れない現実に直面すると途方に暮れる。そして、「これは宣伝不足が原因だろう」と考え、カタログやチラシ、ポスターを作り、新聞や雑誌に広告を掲載する。しかし、それだけでは問題の根本が解決せず、売上が劇的に伸びることはない。

それでも売れなければ、今度は「テレビコマーシャルを打たなければならない」と考え始める。その思考のパターンは驚くほど似通っている。一方で、「価格が高すぎるのではないか」という不安にも苛まれる。流通業者から「高いから売れない」と断られる現実が、その心配に拍車をかけるからだ。しかし、こうした対応は多くの場合、問題の本質に迫れていない。

それにもかかわらず、血のにじむような販売努力は一切行わない。ただ広告や価格調整に頼り、安易に売れることを期待している。しかし、こんなやり方で成功するほど世の中は甘くない。売れるためには、現場での粘り強い活動や顧客との直接的な信頼構築が不可欠なのだ。

新商品の販売においては、「新商品ほど販売が難しいものはない」という基本認識を持つことが不可欠だ。たとえ現在圧倒的な市場占有率を誇る製品であっても、成功までの道のりは決して平坦ではない。たとえば、フクバのホーキー(手押掃除機)も、初めての一台を売るまでに数か月を要したという。そのとき、福場社長は喜びのあまり乾杯したというエピソードが象徴するように、新商品の販売には並々ならぬ努力と忍耐が必要なのだ。

岩塚製菓のドル箱商品「お子様せんべい」は、それまでのせんべいの常識を打ち破り、醤油を使わないという新しい発想で生まれた。しかし、その結果、色が地味で食欲をそそらず、初めの2年間は素晴らしい味にもかかわらず売上が惨憺たるものだった。それが3年目頃から徐々に評価され始め、一気に同社のトップ売上商品へと成長した。このエピソードは、新商品の成功には時間と忍耐が必要であることを物語っている。

高松電気の「Qヒューズ」(詳細は141ページ「不可能に挑戦する」を参照)は、比類のない高性能と小型化という大きな強みを備えた製品だった。しかし、真に売上が軌道に乗り始めたのは、発売から5年目のことだった。この事例もまた、優れた新商品であっても市場で認知され、評価されるまでには相当の時間がかかることを示している。

「世の中になかったもの」とは、最初のうちはこうした苦難がつきものだ。採算に乗るまでには、長く続く苦しい努力と、相応の費用が必要になる。それを理解し、覚悟を持つことが、新商品を手がける者にとって最初の必須条件だ。成功を収めるためには、この現実を直視し、乗り越える意志が欠かせない。

その覚悟を踏まえた上で、正しい販売活動を行う必要がある。それは、価格政策の策定に始まり、販売網の構築、販売促進の計画、さらには市場戦略の展開に至るまで、決して生半可な取り組みではない。このためには、市場原理や販売の法則・手法を深く理解しなければならない。加えて、販売態勢をしっかり整備し、社長自らが先頭に立って奮闘することが不可欠である。経営者としての覚悟と行動が、成功を左右するのだ。

価格政策、市場原理、販売法則や手法などの基本事項については、拙著「販売戦略・市場戦略」篇を参考にしていただきたい。ここでは、それら基本原理を踏まえた上で、具体的にどのように新商品を販売し、新事業を軌道に乗せるかについて述べてみたい。新しい挑戦を成功させるための実践的なアプローチを解説する。

新商品の販売開始に際しては、「売れないことを前提に準備を進める」という慎重な心構えが非常に重要です。以下のような手順と覚悟が必要になります。

1. 販売が難しいことを理解し、初期の苦労を想定する

  • 新商品は、世の中にない価値を提供する一方で、顧客にその価値を理解してもらうための実証や説明が必要です。清川社長の「プラヒート」や、フクバのホーキー、岩塚製菓の「お子様せんべい」なども、最初の売上げを伸ばすために長い年月と試行錯誤が必要でした。

2. 実際の使用環境でテストと実証を繰り返す

  • 特に新しい技術や今までにない製品では、口だけの説明で顧客を納得させることは難しいため、試験販売や現場での実証が欠かせません。例えば、清川社長は豚舎で直接製品の効果を実証し、ユーザーに具体的なメリットを示しました。

3. 販売促進には「情熱」と「投資」が必要

  • 実績が出始めた段階で、清川社長が公共施設への販売促進に全力を注いだように、効果が見える市場へ資金を投入して顧客にアピールすることが重要です。こうした戦略的なキャンペーンへの投資が長期的な収益につながります。

4. クレーム処理の徹底と顧客満足の追求

  • 新商品には、使用方法の誤解や機能に対するクレームがつきものです。清川社長のように、社長自ら迅速に対応し、誠意を示して顧客満足を徹底することが信頼構築につながります。

5. 価格政策や販売戦略を綿密に計画する

  • 新商品の価格設定や販売促進方法は、顧客にアピールしながら収益を確保するための戦略です。広告に頼りすぎるのではなく、カタログ、チラシ、流通業者との関係構築を通じた販売網の構築に力を入れるべきです。

6. 市場に根付くまでの長期的な覚悟

  • 「世の中になかったもの」の場合、売上が軌道に乗るまでに数年かかるケースが多いです。清川社長のように、長いスパンで事業を育てる覚悟と持続的な努力が欠かせません。

これらの戦略は、「新商品は売れるもの」という甘い考えを捨て、最初から慎重に進めることが、長期的な成功を支える要因となります。

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