市場戦略の地域を選定する際に、まず重視すべきポイントは、自分たちの力だけで必要なシェアを確保できる地域に絞ることだ。この原則を無視すれば、無駄な損失が膨らむだけで、実際の成果はほとんど得られないという事実を肝に銘じておく必要がある。
この原則を守る限り、軽率な「拡大主義」に走ることはないはずだ。不用意に規模を広げようとする行動は、結局のところ何も得られないまま終わる危険性が高い。
M社は北陸三県で圧倒的なシェアを誇り、その占有率はおそらく40%に達する有力な業者だった。数年前、M社は長年の目標であった東京エリアへの進出を果たした。しかし、競争の激しい市場に足を踏み入れたことで、多くの優秀な人材と巨額の販売促進費を投入せざるを得ない状況となった。
その結果、地元への対応が疎かになり、長年かけて築き上げてきた基盤を他社に奪われてしまった。これにより、M社は北陸三県での占有率を大幅に失う事態に陥った。
その事態に気づいたときには、既に東京地区から手を引くわけにもいかず、「打つべき手があっても打てない」という窮地に追い込まれてしまった。
せっかく築き上げた占有率を、不用意な拡大主義によって失うとは、実に惜しい話だ。自分たちの実力を正しく理解せず、市場占有率の基本原則を軽視したことが招いた失敗に他ならない。
では、「自らの力の限界」を踏まえた上で、具体的にはどのような着眼によって戦略地域を選定したらいいのだろうか。
まず重要なのは、「激戦地を避ける」ことだ。激戦地とは、主に経済や行政の中心地を指す。このような地域は「需要が多い」ために魅力的に映り、需要が多ければ売上も上がると考えた業者がこぞって参入を目指す。その結果、百の需要に対して二百もの供給が集中するような過剰供給の状態が生まれ、必然的に激しい競争が繰り広げられる場所となるのだ。
ほとんどの企業が真っ先にこれらの都市に支店や営業所を構えようとする。その際、自らの実力や資源の限界を振り返ることはほとんどない。そして、その結果として多くの企業が期待するような成果を得られずに苦戦を強いられているのが現実だ。
市場占有率の原理を理解していれば、市場規模の大きさに惑わされ、このような無謀な行動を取らずに済む。限られた自社の資源を最大限に活用し、効果的な成果を上げるための第一歩は、何よりも激戦地を避けることである。
次に重要なのは、「占有率の高い地域をさらに伸ばす」ことだ。占有率が高いというのは、すなわち「自社の強みが発揮されている地域」ということである。こうした地域をさらに強化することは比較的容易だ。少ない追加資源で大きな成果を得られるだけでなく、地域内での存在感を高め、基盤をさらに強固なものにする効果があるからだ。
ランチェスター理論に基づけば、自社がトップの占有率を持ち、他社が互いに大差のない「ドングリの背くらべ」の状態にある地域こそ、最も戦いやすい場となる。いわゆる「弱い者いじめ」に近い形だが、効率的に成果を上げる戦略として理にかなっている。このような地域では、他社の抵抗を最小限に抑えながら、自社が主導的な占有率である40%をいち早く確保することが優先課題となる。
しかし、多くの経営者は占有率の高い地域には十分な力を入れず、むしろ占有率の低い地域を優先して強化しようとする傾向がある。これは一体どういうことだろうか。おそらく、「これまで力を入れてこなかった地域だから、そこに注力すれば売上を伸ばせる余地がある」と考えるからだろう。だが、この思い込みは往々にして現実を無視しており、結果的にリソースを無駄にすることが多い。
この考え方自体、まったく理解できないわけではない。しかし、それは「競争市場」の存在を忘れた、一種の「一人よがり」に過ぎない。他社が同じくその地域に力を入れていない状況であれば、自社が注力することで一定の売上増は期待できるかもしれない。だが、この仮定が成立するのは、競争がほとんどない場合に限られる。現実には、多くの場合、他社も同じように市場拡大を狙って動くため、想定通りの成果を得ることは難しい。
しかし、実際にはこうした地域では、既に他社が高い占有率を握っている場合がほとんどだ。そこに戦いを挑むことは、強敵との消耗戦に突入することを意味する。たとえ資源を投入して多少の成果を上げることができたとしても、投入した労力やコストに見合わないケースが大半だ。結果的に、いたずらに貴重な資源を浪費することになり、他の有望な地域にリソースを振り向ける機会を失ってしまう。
そもそも、いろいろな理由で後回しになった地域には、それ相応の理由がある。つまり、その地域は最もやりにくく、効果を上げるのが難しい場所だからこそ、これまで優先度が低かったのだ。過去の判断を無視して、そうした地域に新たに注力するのは、冷静な市場分析を欠いた行動と言わざるを得ない。
その「最もやりにくい地域」に、都合がついたからといって、より「やりやすい地域」を後回しにして力を注ぐのは、明らかに非合理的だ。効率よく成果を上げられる可能性の高い地域を優先するのが当然であり、やりにくい地域にリソースを浪費するのは、戦略的な判断として誤りと言わざるを得ない。
もっと「やりやすく効果が上がる地域」を優先するのが正しい選択だ。特に、占有率が高い地域ほど戦いが有利であり、効率よく成果を上げることができる。したがって、まずはやりやすい地域に力を注ぎ、確実に効果を上げることが最も合理的であり、長期的な競争力強化にもつながる。
第二には、「占有率は低くともやり易い地域を攻める」ということである。これにはいろいろある。
○ 地元はやりやすい
同郷意識が強く、親戚や知人が多い上に、コネが作りやすく事情にも精通している。距離的な利点も加わり、好条件が揃っている。「地の利」を活かさない理由はない。
○ 草刈場はやりやすい
草刈場では、誰が取っても深刻に気にされず、お互いに取り合う状況が常態化している。これが競争の「盲点」となり、攻めやすいポイントとなる。
○ 不便なところはやりやすい
山陰地方などは典型的な例であり、筆者はこれを「シンデレラ・テリトリー」と呼ぶ。高知県や大分県も同様で、競争が少なく手を付けやすい地域である。
○ 「独占的業者」のいる地域は、やりやすい場合もある
通常、独占的業者がいる地域は「やりにくい」とされる。特にその業者の地元では食い込むのが難しく、手を引くのが賢明な判断となる場合が多い。
しかし、注意深く観察すると、食い込みやすい地域が存在する場合もある。独占的であるがゆえに他社が参入を諦め、競争がほとんどないことで、顧客サービスが疎かになり、不満が蓄積している地域だ。このような視点で市場全体を俯瞰し、自社の市場戦略の基本構想を構築していくことが重要である。
それは、以下のような具体的な手順で進めるべきである。
- 三年から五年の市場戦略地域を選定する
戦略地域を短期的な視点ではなく、中長期的な視野で計画的に選定する。 - 優先順位を決める
市場を「第一次地域」「第二次地域」「第二次以降の地域」のように区分し、攻める順序を明確にする。 - 第一次地域の目標占有率を設定する
初期に注力する地域で、具体的な占有率目標(例:40%)を明確にし、進捗を測定可能にする。 - 進出タイミングを決定する
第一次地域が一定の占有率(例:25%)に達した段階で、次の地域への進出を開始するなど、明確な条件を設定する。 - 戦略展開に必要な資源の投入計画を立てる
人材、物資、資金、時間といったリソースをどれだけ投入するかを事前に計画する。 - 商品の供給体制を整備する
戦略地域への安定的な供給が可能な体制を構築し、市場への影響力を強化する。
これらの手順を徹底することで、計画的かつ効率的な市場戦略が展開可能となる。
右のような基本構想を立てるといっても、それは完全に新規の市場に対して行うわけではない。まず適用すべきは、既に自社が進出している地域である。これを基盤として、市場の状況を見直し、戦略を練り直すことになる。つまり、実態としては「市場再整備」を目的とした取り組みだということだ。
新しい市場戦略の視点で既存の市場を見直すと、想像以上に荒れ果てた状態に驚かされることがある。その荒廃した市場を再整備し、効率的に資源を投入して、稔り豊かな沃野へと作り変えていくことが、戦略の本質である。
市場での戦いに勝つためには、社長の意思を中心に全社が結束することが不可欠だ。社長は、自らの経営理念を基盤に会社の未来像を描き、その実現を目指して主体的に市場戦略を策定し、指揮を執る役割を果たす。
そのためには、あらゆる情報の収集に全力を注ぎ、集めたデータを徹底的に分析し、常に世界の動向を正確に把握し続ける必要がある。
全体の状況を見極めた上で、市場制覇のビジョンを描き、そのビジョンに基づく市場戦略を構築する。戦略を決定し、綿密な準備を進め、作戦計画を立案し、部隊を配置し、タイミングを見計らって戦闘を開始する。
戦闘は、戦況に応じた機動力や駆け引きといった用兵の巧みさを発揮して初めて勝利が得られる。社長の一貫した戦略、戦術、そして用兵がなければ、組織はたちまち統制を失い、ただの烏合の衆と化して敗北を余儀なくされる。
そこで、戦略をどのように展開していくのか、筆者は以下の三段階に分けて説明を試みる。具体的には次のような流れとなる。
- 市場戦略地域の選定と占有率目標の設定
まず、狙うべき市場戦略地域を明確にし、その地域における占有率の目標を具体的に定める。 - 戦略地域内での方針決定と流通業者の選定
次に、その地域内での戦略方針を策定し、それに基づいて協力すべき流通業者を選び出す。 - 選定した流通業者との連携による蛇口作戦の展開
最後に、選定した流通業者と緊密に連携し、蛇口作戦を実行することで市場を効率的に攻略していく。
この三段階が、戦略展開の骨子となる。
限られた人員と乏しい資金で最大の効果を短期間で上げるためには、的確な戦略を立案し、それを着実に実行する以外に道はない。
誤った戦略のまま血気に駆られて突き進むのは、決して許されるべきではない。一方で、せっかく練り上げた優れた戦略であっても、社長自身の怠慢によって実行が疎かになれば、それもまた成果を生むことはない。
市場戦略を展開するためには、まず社長のリーダーシップと明確な方向性が不可欠です。市場戦争は、経営者の意思を中心に全社が一丸となって進むべき道を定め、その実行に向かっていくものです。以下では、市場戦略を展開するための三段階のステップについて具体的に解説します。
一、 市場戦略地域を選定し、占有率の目標を設定する
最初のステップは、市場を細分化して特定の地域や市場セグメントを選定することです。この段階では、単に広範囲に戦線を拡大するのではなく、自社の強みを活かせる地域に焦点を絞ります。その地域での占有率を設定し、目標達成に向けた計画を立てることが重要です。
選定した地域で自社が強みを発揮できる市場を特定し、その地域内で競争相手に勝つための占有率目標を設定します。ここでの目標は、「市場占有率をどれくらい確保するか」であり、これが戦略の出発点となります。
二、 戦略地域内の戦略方針を決定し、流通業者を選定する
次に、選定した戦略地域内でどのようなアプローチを取るかを決定します。市場占有率を高めるためには、戦略的にどの流通業者と提携し、どのように販売チャネルを構築するかが重要です。
流通業者の選定は慎重に行うべきであり、単に多くの業者を選ぶのではなく、実際に自社の製品を効率的に取り扱ってくれるパートナーを選びます。また、流通業者には、自社の市場戦略に協力できる体制を整えさせることが必要です。戦略に合った業者と協力することで、販売の効率を最大化することができます。
三、 選定した流通業者と協力し、蛇口作戦を展開する
選定した流通業者と協力して、実際の市場に出て行動を起こす段階です。この時に重要なのが、「蛇口作戦」と呼ばれる戦略です。この作戦は、特定の小売店舗や流通チャネルに対して、自社の商品を優先的に取り扱ってもらうことで、少ないリソースを効率的に活用する戦略です。
「蛇口作戦」では、少数の店舗でも最大限に自社製品を取り扱ってもらい、その地域で占有率を高めることを目指します。例えば、流通業者との関係を強化し、店頭での商品展開を充実させることで、消費者に自社商品を確実に認知させることができます。
戦略実行における重要なポイント
- 戦略の明確化と実行計画
戦略を実行に移す前に、何を目標にどのようなステップを踏むのかを明確にし、周到な準備を行います。戦略の立案だけではなく、その後の実行計画を明確にすることが成功のカギとなります。 - 情報収集と分析
市場戦略を進めるためには、常に市場の情報を収集し、その分析を行うことが重要です。競争相手や市場の動向を把握し、それに基づいて戦略を柔軟に調整することが必要です。 - 社長のリーダーシップ
戦略の成否は社長のリーダーシップに大きく依存します。社長が市場戦略に責任を持ち、全社を一丸にして戦略を推進することで、初めてその効果が発揮されます。 - 着実な実行と改善
優れた戦略があっても、実行が伴わなければ意味がありません。実行段階では、柔軟に戦略を見直し、改善しながら進めることが重要です。社長自らがその過程を監督し、適切な調整を行うことが求められます。
結論
市場戦略を展開するためには、適切な地域選定から始まり、流通業者との協力、そして「蛇口作戦」を通じて市場占有率を高めることが必要です。最も大切なのは、社長が自ら戦略を立案し、全社を引っ張って実行していくことです。正しい戦略と戦術、そして社長のリーダーシップがあってこそ、競争を勝ち抜くことができるのです。
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