孟子は、衛の北宮錡(ほっきゅうき)から周王朝における爵位や俸禄の制度について問われた際、
「詳しくはもう聞くことができない」と嘆いた。
その理由は、諸侯たちが周の制度を嫌い、制度を記した書物(典籍)を自ら破棄してしまったからである。
孟子は「それでも、私はかつてそのおおまかな話を聞いたことはある」と語り、
歴史的制度の知識の価値と、それを失うことの重大さをさりげなく指摘している。
これは、歴史を学ばない者は制度を誤るという孟子の姿勢を象徴する一節でもある。
原文と読み下し
北宮錡(ほっきゅうき)問うて曰(いわ)く、
「周室(しゅうしつ)爵禄(しゃくろく)を班(わか)つや、之を如何(いかん)せん」。孟子(もうし)曰く、
「其の詳(つまび)らかなるは、聞くことを得べからざるなり。
諸侯(しょこう)其の己(おのれ)を害(そこな)うを悪(にく)みて、皆(みな)其の籍(せき)を去れり。
然(しか)れども軻(か=孟子の名)や、嘗(かつ)て其の略(りゃく)を聞けり」」
解釈と要点
- 北宮錡の問いは、「周王朝における爵位や俸禄の分配制度とはどういうものだったか?」という制度の基本構造に関する問い。
- 孟子は、「詳しくはもう知ることができない」と答える。
- 理由は、制度を守ると勝手ができなくなるため、諸侯たちが制度の書物を破棄してしまったから。
- これは、法や制度がない状態=無秩序の招来を意味し、歴史的知識を大切にする孟子の価値観がにじむ。
- 孟子自身は、その制度の「略(りゃく)=概要、概略」だけは聞いたことがあると語り、
このあと実際にその概要について述べていく。
注釈
- 周室(しゅうしつ):周王朝のこと。制度の根幹を築いたとされる。
- 爵禄(しゃくろく):爵位と俸禄。官位と報酬のこと。
- 班(わかつ):配分すること。制度に基づいて分け与える行為。
- 籍(せき):制度が記載された書物・記録=典籍。
- 軻(か):孟子の名。姓が「孟」、名が「軻」。
パーマリンク(英語スラッグ)
destroyed-history-lost-order
→「歴史を壊せば秩序も失われる」という教訓的表現です。
その他の案:
without-records-no-rules
(記録なきところに規律なし)lost-laws-lost-lessons
(制度が失われ、教訓も失われる)principles-buried-with-books
(原則は書物とともに埋もれる)
この章は、歴史的記録の価値と、制度・秩序の崩壊を招いた原因を明快に伝える短いながらも深い章です。
孟子はここで、知識や典籍の保存の意義を静かに強調し、過去を学ばずに現在を治めようとする者への警鐘を鳴らしています。
原文
北宮錡問曰、周室班爵祿也、如之何、孟子曰、其詳不可得聞也、諸侯惡其害己也、而皆去其籍、然而軻也、嘗聞其略也。
書き下し文
北宮錡(ほくきゅうき)、問(と)うて曰(いわ)く、
「周室(しゅうしつ)爵禄(しゃくろく)を班(わか)つや、之(これ)を如何(いかん)せんや。」
孟子(もうし)曰く、
「其(そ)の詳(しょう)は聞(き)くことを得(え)ざるなり。
諸侯(しょこう)、其の己(おのれ)を害(そこ)なうを悪(にく)みて、皆(みな)其の籍(せき)を去(す)てり。
然(しか)れども軻(か)や、嘗(かつ)て其の略(りゃく)を聞(き)けり。」
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 北宮錡が孟子に問うた。「周王朝が爵位と俸禄(地位や給与)を分配したということについて、どう思いますか?」
- 孟子は答えた。「その詳細については、私も聞いたことはない。
- 諸侯たちは、自分たちの利益が損なわれることを嫌って、その制度(=籍)をみな捨ててしまったのだ。
- しかし、私・軻(孟子)は、その大まかな仕組みについては聞いたことがある。」
用語解説
- 北宮錡(ほくきゅうき):孟子に質問した人物。文献上の詳細は少ないが、知識人あるいは諸侯の家臣と思われる。
- 周室(しゅうしつ):周王朝。古代中国における「王」の正統を担う中央王朝。
- 爵禄(しゃくろく):爵位(身分)と禄(俸給・土地)。官職や地位を与える制度。
- 班(わかつ):分配する。上から下に授ける意。
- 籍(せき):登録簿・名簿。爵禄制度を記録・管理するものと考えられる。
- 害己(がいこ):自分に不利益をもたらすこと。
- 軻(か):孟軻。孟子の本名。
全体の現代語訳(まとめ)
北宮錡が孟子に質問した:「周王朝が爵位や俸禄を分配していた制度について、どう思いますか?」
孟子はこう答えた:「その詳細については、私も知ることはできない。諸侯たちは、自分たちに不利益となるのを嫌って、その制度をみな捨て去ってしまったからだ。しかし、私(孟子)は、そのおおまかな制度についてはかつて聞いたことがある。」
解釈と現代的意義
この章句は、理想の制度が存在しても、権力者たちの私利私欲によって形骸化してしまったという現実を孟子が語る場面です。
- 孟子は、かつての理想的な「爵禄の分配制度」があったことを認めながらも、それが現実には「利害対立により廃止された」事実を指摘しています。
- 孟子が強調したいのは、制度それ自体の善悪よりも、制度を受け入れる器=為政者の徳と志の有無です。
- 「知らない(詳しく聞いていない)」という表現の奥にあるのは、「制度を生かす文化・精神が失われた」ことへの嘆きとも読み取れます。
ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
- 「制度の良し悪しではなく、それを活かす姿勢の問題」
→ どれほど優れた評価制度やコンプライアンスを整備しても、それを自らの利害で曲げるリーダーがいれば、制度は崩壊する。 - 「組織変革における“利害関係者の壁”」
→ 旧来の権益を守ろうとする中間管理職や役員の抵抗は、変革の最大の障害となり得る。 - 「過去の理想を知ることの価値」
→ 「制度の原型・理想の理念」を知っていれば、現代に合う形で復活・改善できる可能性がある。 - 「変革推進者の限界と慎重さ」
→ 軻(孟子)も“略しか知らない”と述べ、知ったかぶりをせず、慎重な知的誠実さを保っている。
ビジネス用の心得タイトル
「制度は器次第──理念を活かすのは、徳と志である」
この章句は、「制度の有無よりも、それを受け止め運用する“人間の在り方”こそが本質である」という孟子の哲学を、控えめながら鋭く伝えています。
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