節義に生きる烈士は、たとえ大国の王位を譲られても辞退する。
一方で、欲深い者は、ほんの一文の金を得るためにも激しく争う。
その人柄は天地の差ほど異なる。
しかし、「名誉を求めること」も「利益を求めること」も、
本質的にはどちらも「欲」に縛られているという点で同じである。
また、天子は天下国家を治め、
乞食はその日暮らしの食を求めて声を上げる。
立場の違いはまさに天地の差であるが、
どちらも「悩む」ことには変わりがない。
――前者は国をどう治めるかに悩み、後者は一食をどう得るかに悩む。
悩みの大きさや対象は違えど、悩むという人間の本質は変わらないのだ。
「烈士(れっし)は千乗(せんじょう)を譲(ゆず)り、貪夫(たんぷ)は一文(いちもん)を争(あらそ)う。人品(じんぴん)は星淵(せいえん)なり、而(しか)れども名(めい)を好(この)むは、利(り)を好むに殊(こと)ならず。天子(てんし)は家国(かこく)を営(いとな)み、乞人(こつじん)は饔飧(ようそん)を号(さけ)ぶ。位(くらい)の霄壌(しょうじょう)なり、而れども思(おも)いを焦(こ)がすは、何(なん)ぞ声(こえ)を焦がすに異(こと)ならん。」
人は誰しも、自分の立場や状況に応じた「欲」と「悩み」を抱えている。
それが人間の性であり、どこまでも無縁でいられる者などいない。
だからこそ、他人を見下したり、羨んだりせず、
自分の欲を見極め、どう向き合っていくかが大切なのである。
※注:
- 「千乗(せんじょう)」…兵車千乗を出せる大国。権力の象徴。
- 「星淵(せいえん)」…天と地。人柄の差が非常に大きいことの比喩。
- 「饔飧(ようそん)」…朝食と夕食。つまり日々の糧のこと。
- 「霄壌(しょうじょう)」…霄は空、壌は地。位の高低が極端であること。
- ※補足として、「名誉を求めること」も一種の欲であるが、その質や動機によっては尊いものともなりうるという指摘もある(例:西郷隆盛の人望)。
原文
烈士讓千乘、貪夫爭一文。
人品星淵也、而好名、不殊好利。
天子營家國、乞人號饔飧。
位霄壤也、而焦思、何異焦聲。
書き下し文
烈士は千乗を譲り、貪夫は一文を争う。
人品(じんぴん)は星淵(せいえん)なり、而れども名を好むは、利を好むに殊ならず。
天子は家国を営み、乞人は饔飧(ようそん)を号ぶ。
位分は霄壌(しょうじょう)なり、而れども思いを焦がすは、声を焦がすに何ぞ異ならん。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
「志ある人物は、千乗の国を譲るほど潔く、貪欲な人は一文銭を奪い合う」
→ 真に高潔な人物は、国家の地位すらも他人に譲るが、貪欲な者はわずかな金でも執着する。
「人格が天と地ほどに違っていても、名誉を好む者は利益を好む者と変わらない」
→ 名誉に執着する人も、実は利欲に執着している人と本質的に変わらない。
「皇帝は国家の運営に心を砕き、乞食は今日の食事を叫ぶように求めている」
→ 立場は天と地の差があるが、どちらも煩悩や心配に追われている点では変わらない。
「位階が霄壌(=天と地)のように隔たっていても、悩みによって心を焦がすことは同じだ」
→ 身分の高低にかかわらず、人はみな執着によって心を悩ませる点では共通している。
用語解説
- 烈士(れっし):節義を守る高潔な人。
- 千乗(せんじょう):千台もの戦車を擁する国。転じて、国家権力の象徴。
- 貪夫(たんぷ):貪欲で小さな利益に執着する人。
- 星淵(せいえん):天と地ほどの隔たり。人格や器の差が極めて大きいことの比喩。
- 名を好む:名誉・評判を得ようとする心。
- 利を好む:金品や実利に対する執着。
- 天子(てんし):皇帝。国家の最高権力者。
- 乞人(こつじん):物乞い。社会的最下層の人。
- 饔飧(ようそん):朝食と夕食の意。転じて、一日食べて生きること。
- 霄壌(しょうじょう):天と地ほどの高低差。身分の格差の比喩。
- 焦思/焦聲:心を焦がすこと。悩み苦しむさま。
全体の現代語訳(まとめ)
志ある人物は国家の権力すらも譲るが、欲深い者はわずかな金でも争う。
人格には天と地ほどの差があるが、名誉を追い求める者は利益を貪る者と本質的には同じである。
皇帝が国家の運営に苦悩し、物乞いが一食を叫び求める。
身分の差は天と地ほどあるが、執着に心を焦がす点では皆同じなのだ。
解釈と現代的意義
この章句は、**「表面上の差ではなく、執着の本質を見よ」**という鋭い洞察を示しています。
- 立場・身分・人格にどれほど差があっても、“執着する心”という点では皆同じである。
- 「名誉に執着する人」も、「お金に執着する人」と本質的には変わらない。
“欲に駆られる”という構造は同一である。 - 高潔な人は、「地位」も「名誉」も捨てられる人。つまり、真に自由である。
ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
1. 「ポジションの高低にかかわらず、人は同じように悩む」
経営者も新入社員も、“心を焦がす悩み”があるという点では同じ。
その意味で、誰しもが「心の修行者」である。
2. 「名誉欲=利欲の裏返し」
「評価されたい」「表彰されたい」といった**“承認欲求”も、利得への執着と本質は同じ**。
それを自覚すれば、称賛や競争に振り回されなくなる。
3. 「成果や立場に関係なく、自分の心を整えることが第一」
「社長だから安心」「部長だから偉い」ではなく、“何に執着しているか”が人の質を決める。
この章句は、**リーダーにも部下にも等しく向けられる“内省の鏡”**となる。
ビジネス用の心得タイトル
「執着の形は違えど、苦しみの本質は同じ──地位や名誉に惑わされぬ心を持て」
この章句は、身分・地位・財産といった「外側の差」ではなく、
“執着心の有無”こそが人を苦しめる本当の原因であることを指摘しています。
“なぜ焦るのか”“なぜ競うのか”を問い直すとき、
私たちは名利に縛られず、自由で誠実な働き方に近づくことができます。
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