第4表の例題をもとに説明する。本社工場と分工場を有するある会社について、X期とY期の損益計算を比較したものだ。この計算は、企業会計原則に忠実に基づいて行われている。
この表では、製造原価が変動費と固定費に分けられている。変動費は原材料費に加えて、製造経費の中の外注費を含む形で計上されている。一方、固定費は製造経費から外注費を差し引いたもので構成されている。
X期では、本社工場と分工場の状態を完全に同一に設定している。これは、特定の条件変化が与える影響を正確に把握するためには、全く同じ二つのサンプルを用意し、一方をそのまま維持しつつ、もう一方に変化を加えることで、その比較から初めて正確な影響を評価できるからだ。
このような意図に基づき、Y期では本社工場のみを変更し、分工場はX期と同じ状態を維持した。これにより、二つの表を比較し、本社工場の変更が全体に与える影響を明確にすることが目的である。
この表を注意深く検討すると、奇妙な点に気づくだろう。それは分工場の損益計算に関するものだ。X期とY期のいずれにおいても、分工場の売上高と製造原価の総額は全く変化していない。それにもかかわらず、Y期では利益が増加し、一台当たりの原価が低下している。この矛盾を解明することが重要である。
いったい、これは何を意味するのだろうか。このような違いが生じた理由は、本社費の配賦方法が異なっていたからである。
Y期では、本社工場の売上が増加したことにより、本社費の配賦が売上高比例で行われた(これは一般的な配賦基準の一つであり、詳細は後述)。その結果、総額400万円の本社費のうち、本社工場が240万円、分工場が160万円を負担する形となった。この配賦の変更により、分工場が負担する本社費がX期より40万円減少し、その分利益が増加して140万円となった。
このような配賦方法は原価計算の原則に基づいているが、実際には明らかな誤りである。理由は、部門別損益計算の目的に反しているからだ。部門別損益計算の本来の目的は、それぞれの部門の損益状況を正確に明らかにすることである。そのためには、各部門の活動効率や収益性を独立して把握する必要がある。しかし、「すべての費用は商品や部門に配賦され、最終的に補償されなければならない」という原価計算の原則に従い、各部門の活動と直接関係のない本社費までを配賦してしまっている。この結果、部門の実態を正しく反映しない損益計算が行われてしまうことになる。
この配賦の結果、本社工場の売上が増加したことで本社工場への配賦額が増加し、その分だけ分工場への配賦額が減少した。結果として、分工場の利益が増加するという現象が生じた。しかし、この利益増加は分工場の活動とは全く無関係であり、本社工場の売上変動が分工場の利益に影響を及ぼすという、極めて奇妙な状況が生まれてしまったのだ。
つまり、「特定部門の損益が、その部門とは直接関係のない他部門の変化によって左右される」という結果が、原価計算の原則に従った配賦方法によって引き起こされているのである。これは、部門別損益を正確に評価するという目的に照らして、明らかに不適切な状況だといえる。
このような原価計算は、単に役に立たないだけでなく、会社にとって大きな危険を伴うものだ。部門別の実態を正しく反映しないため、誤った経営判断を引き起こす可能性がある。この「危険な誤り」が現実で見過ごされる理由は、実際にはX期とY期で全く同じ数字が出ることは稀であり、そのためにこうした矛盾が表面化しにくいからだ。
異なる条件の下で数字がばらつくと、問題の根本が見えにくくなり、この不合理な配賦方法がそのまま受け入れられ続ける。結果として、正確な損益評価ができず、経営の健全性を損なうリスクが増大することになる。
このような「危険物」が堂々とまかり通っているのが、「全部原価計算」の世界であることを認識しなければならない。部門の実態とかけ離れた損益計算が行われる中で、誤った経営判断が繰り返される可能性がある。この問題は単なる理論上の課題ではなく、現実の経営に深刻な影響を及ぼしかねないものである。
部門別損益計算の課題とリスク:本社費配賦の問題点
部門別損益計算の主な目的は、各部門の活動効率や収益性を正確に把握することである。しかし、伝統的な原価計算の原則では、本社費用を各部門に配賦することで、部門ごとの純粋な収益性が歪められるケースが生じる。この配賦方法が、経営判断における危険な誤りにつながりかねないことが明らかになっている。
配賦基準による問題:本社費の売上高比例配賦
本社費の配賦は通常、売上高や部門の製造数量に比例して割り振られる。しかし、売上高比例配賦が行われた場合、ある部門の売上増加により他の部門の配賦額が減少し、結果的にその部門の利益が増加するという現象が起こる。今回の例で説明すると、次のようなことが起きている:
- X期とY期の分工場の状態
分工場の売上、製造原価などの指標は、X期とY期で全く同じであった。しかし、Y期で本社工場の売上が増えたことで、本社費の配賦額が本社工場側に多く割り当てられた結果、分工場の本社費配賦額が減少し、その分だけ分工場の利益が増加した。 - 配賦額が部門の収益性に及ぼす影響
本社工場の売上が増えただけで、分工場の利益が増加するという矛盾が発生する。この結果、分工場の収益性が実際以上に高く見えてしまい、経営判断を誤る可能性がある。
全部原価計算の危険性
部門別損益計算で本社費を配賦する「全部原価計算」方式には以下の問題がある:
- 部門の独立した収益性の把握が困難:本社費のような部門と直接関係のないコストが配賦されることで、部門独自の収益性や効率性が見えにくくなる。
- 他部門の変動による利益の変動:ある部門の収益や活動が変わることで、無関係の部門の損益が変動し、実際の部門収益性が不明確になる。
- 誤った経営判断のリスク:分工場の利益が一時的に増加しても、その原因が本社費配賦額の変動にあると気づかない場合、分工場の活動や経費を見誤り、誤った投資や改善策を講じてしまう可能性がある。
解決策:独立部門の収益性を重視した原価計算
この問題を解決するには、部門ごとに独立した損益を把握するために、部門の活動と直接関連のない費用(本社費など)を配賦しない、もしくは別枠で管理する方法が効果的である。これにより、各部門の活動効率や収益性を純粋に評価でき、より精度の高い経営判断が可能となる。
結論
部門別損益計算で本社費の配賦が引き起こす誤りは、経営における大きなリスクである。全社費用を各部門に分配することで生じる利益の歪みを避けるためには、配賦方式を再検討し、各部門の独立した収益性を正確に把握できる方法を採用することが重要である。
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