証券業界は、市況の影響を強く受ける「市況産業」であり、業績の大部分が市場の動向に左右される現実がある。しかし、D証券はこの宿命的な構造から脱却し、長期的な視点に立った経営へと転換するために「長期事業構想書」の策定に踏み切った。本記事では、D証券がどのように長期計画を策定し、組織全体の変革を実現したのかを紹介する。
市況依存からの脱却:D社長の決意
証券業界では、業績が良くても悪くても「市況が原因」とされることが多い。しかし、D証券の社長はこう語った。
「業績の80%が市況に左右されるとしても、残りの20%に何をするかで長期的な成否が決まる。その20%に取り組まなければ、優良証券会社と凡庸な証券会社の違いは生まれない。」
D社長は証券業界の市況変動を「洪水」と「干ばつ」に例え、長期的な視点で準備を整えることの重要性を強調した。「山に木を植え、ダムを築いて洪水に備え、用水路を整備して干ばつにも対応する」と語り、その比喩を具体的な施策に落とし込んだのだ。
長期事業構想書の骨子
D証券が策定した長期事業構想書は、以下のように明確な目標と戦略に基づいて構築された。
- 基盤強化:「植林とダム建設」
- 営業資産を基盤とし、副次的に債券の活用を進める。
- 資産の充実を図り、市況に左右されない安定した経営基盤を築く。
- 収益源の整備:「用水路の構築」
- 手数料収入、金融収入、売買益の3つを収益の柱とする。
- 特に手数料収入で総費用を賄える経営構造を目指し、それ以外の収入は利益として積み上げる。
- 資産と生産性の目標設定
- 純資産額、増資計画、資本の管理方針を具体化。
- 要員数や給与水準、営業拠点の配置を明確にし、組織の生産性向上を図る。
- 業界内ランクと市場占有率の明確化
- 証券業界における競争力強化を目指し、具体的なシェア目標を設定。
構想書の策定:繰り返しの「磨き上げ」
D社長は構想書の作成に対し、驚くほどの熱意を見せた。初稿の段階から2カ月の間に4度も書き直しを行い、そのたびに社内外の意見を取り入れながら精度を高めていった。
「この作業はまるで尻を叩かれているようでした。でも、この構想書のおかげで、会社の未来像が立派に仕上がり、経営者としての自信がつきました。」
この過程を通じて、D社長自身が「経営者としての覚悟」と「未来像の実現への確信」を強めることができた。
長期構想が生んだ組織の変革
D証券では、構想書を社員全体に共有したことで、組織全体に大きな変化が現れた。
- 幹部社員が自発的に改善案や提案を出すようになった。
- 各部門が未来の目標に向けて具体的な行動計画を策定し始めた。
- 社員一人ひとりが主体的に動くことで、会社全体が活性化した。
D社長もこう語っている。
「社員が本当によく動いてくれるので、株価の動きが全く気にならなくなりました。」
短期的な市況の波に一喜一憂するのではなく、長期目標の実現に向けた「本物の経営」へと移行することで、経営の軸が確立されたのである。
まとめ:未来像の共有が生んだ次元の高い経営
D証券は、長期事業構想書を策定し、それを全社で共有することで、市況依存の短期志向から脱却し、長期的な成長へと大きく舵を切った。
この取り組みは単なる計画書の作成ではなく、
- 経営者の揺るぎない決意の表明。
- 組織全体の主体性と活力の向上。
- 長期的視野を持つ「次元の高い経営」の実現。
を可能にしたのである。
長期計画の本質は、「未来のための現在の行動を定義すること」 にある。D証券の事例は、企業が真の成長を遂げるためには、未来を明確に描き、社員全員がその未来像に向かって動き出すことが不可欠であることを示している。
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