企業経営において、特定の取引先への依存は大きなリスクを伴う。
外部情勢や取引先の方針転換により、突然業績が悪化したり、受注が減少したりする可能性があるため、依存関係のリスク管理は非常に重要である。
ここでは、リスク分散の重要性と取引先構成の工夫、さらには社長としての経営判断のあり方について探る。
T木工やH社の事例から学ぶべきポイントは何か、取引先依存のリスクを避けるための方針と戦略を考察する。
セクション 1: 取引依存のリスクと防止策
G社は、R社の専属取引先であった。R社が順調に発展している間は、特に大きな問題もなかった。せいぜい、R社のG社担当者から度々接待の要求があることが、G社にとって少し煩わしい程度の不満に過ぎなかった。
しかし、業界内での競争が激しくなるにつれ、R社からの値下げ要求が次第に厳しさを増してきた。G社は親会社の無理な要求を断ることができず、やむを得ず従わざるを得なかった。この状況に不満が募り、やがてその不満はR社への批判や反感へと変わっていった。
批判や反感が表面化する程度であれば、まだ事態は修復可能だった。しかし、ついにG社にとって生死を左右する決断を迫る大問題がR社から突きつけられた。それは、R社によるG社の吸収合併の提案であった。
G社長は悩み抜き、苦しんだ末、自らの信念としてこの提案を拒絶し、「独自の道を進みたい」という強い意志を固めていた。
しかし、G社長はこの選択について、自らの意向を伏せたまま社員にその可否を問いかけるという、大きな誤りを犯してしまった。
社長としての最も重大な過ちは、「会社の将来の方向性を社員に委ねる」ということである。
社員たちの反応はさまざまだった。おろおろする者もいれば、我関せずとばかりに平静を装う者、独自の嗅覚で社長の本心を察して「G社の旗を守れ」と叫ぶ者、冷静に事態を分析し合併賛成を説く者もいた。その結果、仕事は全く手につかず、来る日も来る日も果てしない議論が繰り返されることになった。
最終的に、社長は意を決して自らの意志を表明し、G社としての独立を守るために、合併の提案を拒否することを決断した。
その結果、R社は予想通り、G社の仕事を取り上げる行動に出た。まず、半年後に注文が三分の一に減らされ、そして一年後には、完全に取引を打ち切られてしまったのだ。
G社は合併を拒否する決断をしたが、この重要な選択には、将来の「事実」としてR社からの注文減少や取引終了を見据え、その対策を立てておくべきだった。しかし、G社にはその備えが全くなかったのである。
当時、私はG社の社員だったが、今振り返ると、あの場面では単なる社員としてではなく、経営者の視点に立つべきだったと痛感している。
私が第一章で挙げた実例を通して、「一倉は人間不信に傾倒しているのではないか」と感じられた読者もいるかもしれない。
しかし、私が伝えたいのは、人間不信ではない。人間というものは、その置かれた立場や環境次第で、同じ人でありながら、まるで別人のように考え方や行動を変える存在である、という点である。
セクション 2: 一業一社方針の重要性
話を元に戻そう。G社の運命は「倒産」に終わった。創業以来、ずっと「オンリーさん」として親企業に依存してきたため、自社の力で商品を生み出し、それを自力で販売する能力が備わっていなかったからである。
倒産までにかかった時間はわずか二年余りであった。この間、会社の将来に見切りをつけた社員たちが次々と退職していった。特に、先に辞めた人々の中には、つい昨日まで「G社の旗を守れ」と叫んでいた者も少なからずいたのである。
逆に、新商品を開発し、どうにか会社を生き延びさせようと奮闘した人々は、かつて「G社の旗を守れ」と叫んでいた人たちから「社賊」の烙印を押された、いわゆる「合併賛成派」だったのだ。これが世の中の現実というものなのだろう。
G社の実例は、「オンリーさん」として依存することの危険性を如実に示している。
その最大の危険は、独自の自主性を欠いていることにある。
親会社がピンチに陥ればその影響をまともに受け、親会社の方針転換にも対応できる術が全くないのだ。
会社といっても、その実態は親企業の「分工場」に過ぎない。
本当の分工場であれば、親会社の都合で配置転換などの対応をしてもらえるが、下請け企業はそうもいかず、必要がなくなれば容赦なく切り捨てられてしまう。
「お互いの信頼関係に基づいて」などという美辞麗句も、親企業の調子が良い時にだけ通用する言葉であり、ひとたび状況が変われば無情に切り離されるのが現実だ。
一業一社とは?
「一業一社」とは、特定の業界ごとに一社のみを主要な取引先とする方針を意味する。つまり、ある業界内で複数の企業と取引するのではなく、業界ごとに特定の一社に絞って取引関係を構築することである。
たとえば、H社の場合は、家電業界では「コロムビア」、自転車業界では「宮田工業」、事務機業界では「リコー」、計量器業界では「トキコ」と、それぞれ異なる業界で一社ずつと取引している。このようにすることで、以下のメリットが得られる。
- 機密保持の強化:同じ業界内で複数の企業と取引をしないため、機密情報が漏洩するリスクが低減され、取引先からの信頼が得やすくなる。
- リスク分散:各業界で異なる一社と取引することで、ある業界が不況や業績悪化に陥っても他業界の取引先には影響が少なく、経営の安定性が高まる。
この方針は、特定の取引先への依存を避けると同時に、取引先からの信頼を確保するための戦略的な取引構成と言えるる。
セクション 3: 主力取引先の適切な組み合わせ
かつての不況期、超優良企業と称されていたT社は、北陸地方に多くいたオンリーさんの機屋を容赦なく切り捨てた。
当時の状況が厳しくなるにつれ、T社はあらゆる手段でコスト削減を進め、長年にわたり関係を築いてきた下請け企業である機屋も例外ではなかった。
好調な時期には、T社はこれらの機屋を「優良協力工場」として社内に招き、T社長自らが感謝状を手渡していた。両者は「お互いの信頼関係に立って、末永く協力し合おう」と誓い、固く握手を交わしていた。
しかし、不況の波が押し寄せると、その長年の協力関係は一変し、T社は一切の情けをかけずにこれらの協力工場を切り捨ててしまったのである。
私が主張したいのは、T社の道義的責任を問うよりも、むしろT社の甘言に感激し、全面的な協力を誓ってしまった機屋の社長こそ、批判されるべきだということだ。
容易に甘言を信じ、独自の自立性を失ってしまった結果、彼らは自らの危険を招き寄せてしまったといえる。
とはいえ、T社のやり方が免責されるわけではない。何よりもその後の結果が物語っているように、北陸地方におけるT社への不信感は根強く残り、人々の心に拭い去れない汚点として刻まれている。
次に、T木工の倒産について考察してみよう。同社は売上の90%をM電器に頼っており、事実上、唯一の取引先に依存する形となっていた。
しかし、その切り替えに伴う損失は一切認められなかった。これは、日本の下請け工場が甘受せざるを得ない宿命とも言える。この損失にさらに追い打ちをかけたのが輸出品である。輸出品は価格が低い上、検査が厳格であるため、多額の赤字を生むことになり、この赤字が切り替えによる損失に上乗せされ、ついには倒産に至ったのである。
T木工の例などはまだましな方だ。私が知る限り、親企業が巧妙かつ悪質な手段を使って下請け企業を乗っ取るケースは数多くある。
その常とう手段とは、技術に長け、製造に専念する「職人社長」が経営する職人会社を標的にし、まずは魅力的な条件を提示して取引を増やし、依存関係を深めた上で、徐々に圧力をかけて締め上げていくというものだ。
この手口は「判で押したように」どのケースでも一致している。親企業にとって、オンリー化した下請け企業を乗っ取ることなど、まるで赤子の手をひねるように容易いことなのだ。
セクション 4: 安全性を優先する経営判断
オンリーさんのリスクを防ぐために最も迅速かつ効果的な手段は、言うまでもなく、オンリーさんの状態を避けることである。
その典型的な例がH社である。H社長の方針は、「当社の売上の30%以上を特定の一社に依存させない」というものである。
H社では、この方針を取引先に説明し、理解を得ている。そのため、H社には親企業からのオンリー化要請や資本参加による実質的な乗っ取りの圧力がかかることはない。
H社の取引先構成を見てみると、家電業界では「コロムビア」、自転車業界では「宮田工業」、事務機業界では「リコー」、計量器業界では「トキコ」、家具業界では「岡村」、自動車業界では「車輪工業」と、それぞれ異なる業界で一社ずつの取引先を持っている。
セクション 5: 社長の役割としてのリスク管理
一業一社の方針には非常に重要な意味がある。
まず第一に、リスクの分散が図られることは言うまでもない。
実際に、H社の取引先であるコロムビア、宮田工業、リコーの三社が破綻や赤字転落で倒産寸前の危機に陥るという事態が発生している。
もしH社がこれらの会社のいずれか一社に依存していたならば、H社自身がどうなっていたか分からない。しかし、H社は取引先を分散していたため、打撃は受けたものの、会社を倒産に追い込むほどの影響は免れることができた。
さらに、三社の破綻は同時期に発生したわけではなく、それぞれ異なる時期に打撃を受けたため、その影響も分散される形となった。
第二に、下請け企業にとって取引先が同じ業界に集中している場合、取引先側が特に懸念するのは、新商品発売までの機密保持である。
同業界内で複数の企業と取引を行う下請けにとって、技術情報や製品計画などの機密を確実に守ることが求められるため、得意先からの信頼確保が難しくなる可能性がある。
通常、新商品の試作発注は、将来的に量産を担当する予定の会社に対して行われる。このため、同業他社と取引している下請け企業に試作や量産を発注することは、機密保持の観点から見ても望ましくないとされる。
取引先にそうした懸念を抱かせることは、下請け企業にとって不利であることは言うまでもないだろう。
H社は一業一社の方針を採用しているため、取引先は機密保持について全く心配する必要がない。この点でも、H社の方針は非常に優れていると言える。
取引先の組み合わせを考える際に重要なのは、まず第一に、主力となる取引先を三社以上持つことが望ましく、さらに一業界につき一社に限定するのが理想である。
第二に、どれほど大きな取引先であっても、売上の30%以上を依存しないようにすることである。
第二に、主力取引先の中に限界生産者が含まれているとリスクが高まる点に注意が必要である。
社長として、まずは我が社の収益増大を図るのは当然だが、それに先立ち、会社の安全性を確保するための対策を講じておかなければならない。
外部の情勢はいつどのように変わるかわからず、その変化の影響で、取引先の業績が大幅に悪化する可能性もある。また、取引先自体が方針を転換することで、我が社の受注が減少することもあり得る。
将来のリスクに備えて、今のうちに手を打つことこそ、社長に求められる重要な役割の一つである。
まとめ
取引依存のリスクを避け、企業の安全性を確保するためには、主力取引先を分散させ、一業界一社の方針や依存度を抑える工夫が欠かせない。
また、将来の不確実なリスクに備え、社長として適切な手を打つことが経営の安定に不可欠である。外部の影響が予期しにくい現代において、事前のリスク管理こそが企業の持続的成長を支える鍵となる。
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