A社は特定の専門商品を手がけるメーカーで、国内市場での圧倒的なシェアを持ちながらも、輸出事業の採算性が大きな課題となっています。国内販売が売上全体の約3分の2を占め、輸出が残りの3分の1を構成している状況にあり、国内市場ではシェア90%を達成しています。競合する製品は実質的に存在せず、残りの10%は低価格帯の商品が占めているため、事実上市場を独占しているといえるでしょう。
しかし、輸出事業の収益性については、長年にわたり社内で議論が続いています。経理部長をはじめとする多くの社員は、「輸出は赤字だから停止すべきだ」と主張しています。一方で、社長は輸出事業の戦略的価値を信じ、不況期における経営安定や国内市場の限界を踏まえて、輸出を維持する必要性を訴えています。
輸出の損益構造と経営課題
輸出事業の損益は、社内の対立を引き起こす主因となっています。〈第44表〉に基づくモデルケースでは、総売上高を1,000万円とした場合、輸出におけるコスト構造は次の特徴を持っています。
- 輸出費用は国内費用の半分
製造工程は国内市場と共通であるため、輸出品の製造原価は国内販売と同等です。しかし、「FOB」決済方式の採用により、輸出に伴う営業外費用は国内よりも小さいという点が特徴です。 - 輸出価格の低さ
国内価格に比べ、輸出価格は大幅に低く設定されており、売価比率は「3対1」。この価格差が輸出事業の赤字を引き起こす主要因の一つとなっています。 - 外部仕入れ費用の影響
輸出に含まれる材料費および外注費などの外部仕入れ費用が全体の収益性を圧迫しています。
社内の板挟み状態
社内では、「輸出事業の停止」に関する意見が対立し、議論が硬直化しています。
- 経理部門の主張
経理部長は、「輸出は明確に赤字であり、会社全体の収益を圧迫している」と指摘。輸出停止を強く主張しています。 - 労働組合の不満
労働組合は、赤字部門の存在が社員のボーナス削減につながっているとし、不満を募らせています。 - 輸出課の苦境
輸出課長は、事業拡大を任務としながらも、「努力すればするほど会社全体の赤字が膨らむ」と感じ、意欲を失っています。
社長の考えと輸出事業の戦略的価値
社長は、多くの社員とは異なる視点から輸出事業を見ています。確かに、損益計算書の表面上は赤字が目立ちますが、社長は輸出の長期的な価値と戦略的重要性を重視しています。
- 不況時の経営安定
過去の経験から、不況期には輸出が会社を支える役割を果たしてきたことを認識しています。国内市場が停滞しても、輸出による売上が一定の収益基盤を維持してきた実績があるのです。 - 国内市場の限界
A社の国内シェアは90%に達しており、さらに市場を拡大する余地はほとんどありません。この状況では、売上を伸ばすためには輸出を強化するしかないという結論に至っています。
輸出事業の再評価に向けた次の一手
A社の輸出事業は表面的な損益だけで判断するのではなく、その長期的な価値を増分利益分析などで定量的に評価する必要があります。以下のポイントに基づく再評価が重要です。
- 増分計算の活用
輸出を停止した場合に失われる付加価値や固定費の負担分を具体的に算出し、輸出事業の真の収益性を評価します。 - 価格戦略の見直し
輸出価格の設定が会社全体の利益にどのように影響しているかを再検討し、価格調整や新規市場開拓の可能性を探ります。 - 固定費削減の現実性
輸出停止時に期待できる固定費削減額を精査し、実際にコスト削減が可能かどうかを明らかにします。
結論
A社の輸出事業をめぐる課題は、単なる収益性の問題にとどまらず、経営戦略全体に関わる重要なテーマです。短期的な赤字に注目するだけではなく、不況期の経営安定や国内市場の限界を踏まえた長期的視点が求められます。
輸出事業の真価を見極めるには、感覚的な判断ではなく、データに基づく冷静な分析が不可欠です。増分利益分析などの手法を活用することで、輸出が会社全体にどのような価値をもたらしているかを正確に評価し、持続可能な経営戦略を構築する道筋を探るべきです。
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