MENU

浩然の気:天地に満つる、義の積み重ねから生まれる力

― 外に求めず、内に恥じず ―

公孫丑は孟子に改めて問いを投げかけた。
「先生は、どういう点で告子よりも優れているのでしょうか?」

孟子は答えた。
「私は人の言葉を深く理解し、そして『浩然の気』を善く養っているからだ」。

さらに、公孫丑は尋ねた。
「では、その“浩然の気”とは何なのですか?」

孟子は慎重に言う。
「言葉で説明するのは難しい。しかし一言で言えば、それはこの上なく大きく、剛く、正義の道によって養われる気であり、傷つけることなく育てていけば、天地の間に満ちるほどの力になる」。

この「気」は、義(ただしきこと)と道(みちびく理)に適って初めて成り立つ。
つまり、この気は正義の積み重ねによって内側から生成されるものであり、外から借りてきた義でつくられるものではない

だからこそ、もし自分の行いに一片のやましさがあれば、この気はたちまち衰え、飢えてしまうのだ。
孟子はこう断じる――
「告子は“義”を知らない。なぜなら彼は、義を内面から湧くものではなく、外にあるものと考えているからだ」と。

孟子にとって、「浩然の気」とは単なる精神論や気力ではない。
義の実践が積み重なって初めて育つ、生きた力なのである。


原文(ふりがな付き引用)

「敢(あ)えて問(と)う、夫子(ふうし)悪(いず)くにか長(た)る。
曰(いわ)く、我(われ)言(げん)を知(し)り、我善(よ)く吾(わ)が浩然(こうぜん)の気(き)を養(やしな)う。
敢て問う、何(なん)をか浩然の気と謂(い)う。
曰(いわ)く、言(げん)い難(がた)し。其(そ)の気たるや、至大(しだい)至剛(しごう)、
直(なお)きを以(もっ)て養(やしな)い、害(がい)すること無(な)ければ、則(すなわ)ち天地(てんち)の間(あいだ)に塞(み)つ。
其の気たるや、義(ぎ)と道(みち)とに配(くみ)す。是(こ)れ無(な)ければ餒(う)う。
是(こ)れ集義(しゅうぎ)の生(しょう)ずる所(ところ)の者(もの)にして、義を襲(かさ)ねて之(これ)を取(と)るに非(あら)ざるなり。
行(こう)い心(こころ)に慊(う)からざる有(あ)れば、則ち餒う。
我故(ゆえ)に曰(いわ)く、告子(こうし)は未(いま)だ嘗(かつ)て義(ぎ)を知(し)らず、と。
其(そ)の之(これ)を外(そと)にするを以(もっ)てなり。」


注釈(簡潔版)

  • 浩然の気(こうぜんのき):天地に満ちる正気・精気。義の実践を重ねることで内に満ちる力。
    → 外から得るのではなく、日々の道義ある行動から自然と育まれる。
  • 至大至剛(しだいしごう):この上なく大きく、強く折れない。
  • 直を以て養う:「正しさ」や「真っすぐな心」で養うこと。
  • 餒う(うう):飢える、弱る。行いにやましさがあればこの気は衰える。
  • 義を外にする:義(ただしさ)を外的な規範や評価に依存する態度。孟子はこれを否定し、内から湧くべきだと説く。

パーマリンク(英語スラッグ案)

  • cultivate-heroic-energy(浩然の気を養え)
  • righteousness-builds-strength(正義が力を育む)
  • inner-virtue-over-external-approval(外より内の義を)

この章は、孟子が語る自己修養の核心であり、単なる知識や形式ではなく、「日々の実践によって義を積み上げていくこと」こそが、強く大きな“気”を生み出す道であるという明確な教えです。

「浩然の気」は、現代的に言えば「信念の持続力」「ブレない軸」「行動に裏打ちされた自己肯定力」などにも近い概念です。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次