孟子は、世の政治が乱れるとき、多くの者が**「小人(しょうじん)=つまらない人物」や枝葉末節の政策**を非難するが、それは本質を見誤っていると説く。
◆ 小人や細かな政策を責めても意味はない
「小人が上に立っているからといって、それを責めるのは取るに足らない。
政策の善し悪しをあげつらっても、本質は変わらない」
孟子の目はもっと本質――君主の心に向けられている。
◆ 大事なのは、君の心を正せる「大人(たいじん)」の存在
「ただ、大徳を持つ立派な人物=大人のみが、
君主の誤った心を**“格(ただ)す”=正すことができる」
それができてこそ、国は変わる。
なぜなら、君主の人格と行いは、そのまま国全体を映し出す鏡だからである:
- 君が仁であれば、国中が仁に染まる
- 君が義であれば、国中が義に向かう
- 君が正しければ、国中が正しくなる
つまり――
「一たび君を正せば、国は定まる」
これは、「トップの器が組織の器」であるという、現実に即した鋭い洞察でもある。
原文(ふりがな付き)
孟子(もうし)曰(いわ)く、
人(ひと)は与(とも)に適(せ)むるに足(た)らざるなり。
政(まつりごと)は間(かん)するに足らざるなり。
惟(た)だ大人(たいじん)のみ、
能(よ)く君(きみ)の心の非(ひ)を格(ただ)すことを為(な)す。
君仁(じん)なれば、仁ならざること莫(な)く、
君義(ぎ)なれば、義ならざること莫く、
君正(ただ)しければ、正しからざること莫し。
一(ひと)たび君を正して、而(しか)して国定(さだ)まる。
注釈
- 人(ここでは小人):つまらない者。徳も識見もないが、偶然上に立つ者。
- 与に適(せ)む/間する:共に議論したり、政策を非難したりすること。
- 格す(ただす):心や行いを根本から正すこと。王陽明の「格物致知」にも通じる。
- 大人(たいじん):人格・道徳・識見を兼ね備え、君主を導くことのできる理想的人物。
- 定まる:安定する、治まる。ここでは国全体の秩序・平和を指す。
パーマリンク案(英語スラッグ)
- correct-the-leader-fix-the-nation(君を正せば国が定まる)
- great-men-change-kings(大人こそ王を変える)
- virtue-at-the-top-virtue-everywhere(トップが仁なら皆が仁)
- no-policy-matters-without-moral-leadership(政策より人格の指導)
この章は、孟子の王道政治思想の結びとも言える核心的教訓です。
国や組織の混乱を「下」や「制度」ではなく、「上」の心に帰着させ、
それを動かせる人物は、徳ある者=大人しかいないという信念を力強く語っています。
原文
孟子曰、人不足與也、政不足閒也、惟大人爲能格君心之非、
君仁莫不仁、君義莫不義、君正莫不正、一正君而國定矣。
書き下し文
孟子曰(いわ)く、
人は与(とも)に適(ゆ)くに足らざるなり。政は閒(かん)するに足らざるなり。
惟(た)だ大人のみ、能(よ)く君の心の非を格(ただ)すことを為す。
君仁なれば、仁ならざること無し。
君義なれば、義ならざること無し。
君正しければ、正しからざること無し。
一たび君を正しうして、国定まる。
現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 「人は与に適(かな)うに足らず」
→(小人物の)人と争う価値はない。 - 「政は閒するに足らず」
→(枝葉末節の)政策にあれこれ口出す必要はない。 - 「ただ大人物だけが、君主の誤った心を正すことができる」
→真の賢者のみが、トップの誤りを正すことができる。 - 「君が仁であれば、誰も仁に背かない」
→リーダーが仁の徳を持てば、部下もそうなる。 - 「君が義であれば、誰も義に背かない」
→リーダーが義に生きれば、組織も義を重んじる。 - 「君が正しければ、誰も不正をしない」
→上が正しければ、下もそれに倣う。 - 「君主を正せば、国も自然と安定する」
→トップの心が正しくなれば、国政も整う。
用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
人 | ここでは小人物・表層的な存在を指す。 |
与に適む(ゆく) | 対等に議論・対決すること。 |
政 | 表面的な政治施策・技術的な統治のこと。 |
閒する | 干渉する、口を挟む。 |
大人(たいじん) | 道徳的に高い人格者、真のリーダーや賢者。 |
格 | 正す・矯正すること。 |
全体の現代語訳(まとめ)
孟子は言う。
「小人物といちいち争ったり、政策の細部に口を出したりする必要はない。
大切なのは、真の賢者が君主の誤った心を正すことにある。
君主が仁を持てば、民は皆仁に倣い、
義を持てば、民は皆義を重んじるようになり、
正しければ、誰も不正をしようとはしない。
つまり、リーダーひとりが正しければ、国は自然と安定するのだ」と。
解釈と現代的意義
この章句は、**「トップの姿勢と人格こそが全体の質を決める」**という、
リーダーシップの本質を説いたものです。
1. 小事に囚われず、大義に焦点を
- 人間関係の些細な衝突や、政策の細部に目を奪われるのではなく、
組織の核(=リーダーの姿勢)を正すことが最も根本的な改革。
2. トップダウンの徳の影響力
- 組織のリーダーが「仁・義・正(ただしさ)」を備えていれば、
その徳が波紋のように下へと広がり、自然と秩序と善が行き渡る。
3. 真の改革者は「大人(たいじん)」である
- 部下が上司を諫めるには、人格・見識・勇気が必要。
それを成す者こそ、組織を根本から変える力を持つ。
ビジネスにおける解釈と適用
1. リーダーの姿勢が組織文化をつくる
- トップの不誠実さはすぐに浸透し、部下も見習う。
逆に、リーダーが倫理的で真摯であれば、現場もそうなる。
2. “制度より人格”の経営論
- 制度(政)をいくら整えても、リーダーの人格が乱れていれば、機能しない。
逆にリーダーが正しければ、制度は後からでも整う。
3. 部下は“大人”たれ
- 上司を正しく導く勇気と見識を持った部下こそ、組織変革の鍵。
ただし、真の敬意と誠意が前提。
ビジネス用心得タイトル
「トップが正しければ、組織は整う──“大人の諫言”が未来を創る」
この章句は、人格的なリーダーシップの決定的な重要性を説く名言です。
リーダーは己を正すことが最初の務めであり、
部下は「大人」としてそれを支えるべき存在なのです。
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